二部、2章【欲望の海】①
7月12日、金曜日
「水・着・回! でしてよ~!」
夏休みまで残り1週となった今日の放課後、俺たち生徒会は風紀委員と合同で放課後のプールを生徒に開放利用してもらうための管理をいつも通りしていた。
とはいえ解放から3週も経ったこの時期で利用する生徒はあまりいない。
確かに6月よりも暑いし涼みたい心境は強まっているのだが、涼みたいだけであるなら学校のプールに固執する意味もない。
最初は大勢いた利用者も今は殆ど飽きたのか別の涼み方を見出しているようだ。
まあ、プールの有効活用は十分にできた方だろう。
ということで今日から夏休みに入るまで整理券での学年ごとの管理は廃止して必要最低限の注意だけをするスタンスで生徒会役員や風紀委員もプールを利用していこうということとなったわけだ。
それで真っ先に騒いだのはユーハであった。
長い髪をツインテ―ルにまとめ、「ゆーは」と書いた受け狙いのスク水を着用しプールサイドでポーズを取る。
長く細い綺麗な手脚と煌びやかな笑顔は流石モデルというところか。
他の女子たちと比べるとレベルが明らかに違う。
「水泳の授業は3週間前からやっていたよね」
「何言ってますの? あたくしが言っているのは水着回! イベントの話でしてよ。というかキューセイ、あたくしに言うことなくって?」
「言う事って……なんでオタク受け狙いのツインテ―ルとスク水? うちの学校の水着は派手でなければなんでもいいはずだけど」
「あら、こういうの好きじゃなくて?」
「これはこれで様になっているとは思うけれど好きじゃないかな。……学校行事での意図ではないのだろう。とするとユーハの言うイベントって仕事関係かな?」
「ですわ! 実は先日、船田社長が新しい夏のCMを打ち出したいということでオファーが来ましたの。撮影場所は貸し切りの撮影専門の海岸のビーチ! 奮発して二日ほど抑えたそうですから撮影が早く終わればそこで夏の思い出が無料で作れましてよ」
「ああ、そういうこと。だから水着回なわけね。いいよ、夏休みの日取りはまだ全然決めていないし。楽しもうか」
そう答えるとユーハは満点な回答ではないのか不満な顔をして見せる。
「……シュンノスケやリルルも誘う?」
「アイカも誘ってよろしくてよ。魔王なのだから女で囲うくらいの器量を見せなさいまし」
「…………前々から聞きたかったけれど普通は彼女に一途なほうがいいと思うのにユーハは他の女への目移りを許すんだね。どうしてかな?」
それは特に地雷というわけでなく彼女は堂々と答える。
「決まっていましてよ! あの男、母が死んで相当経った今でも他の女に目移りしないんですのよ」
「うん? いいことじゃないの?」
「違いましてよ、しみったれてますのよ。新しい母親が欲しかったとかじゃないんですのよ。切り替えろというか。だから、あたくしはハーレム推奨派なんですの」
言いたいことはなんとなくわかった。
恐らく父親の忍さんは自慰の類でさえ他の女を使わないのだろう。
亡くなった人を思うことは大切だ。
けれど行き過ぎれば歪だ。自ら自由を縛るような姿勢と彼女の眼には映ったのかもしれない。
「仮にだけど俺がアイカやリルルに手を出したらそれを許すの?」
「許しましてよ。あ、でも正妻はあたくしで譲りませんでしてよ」
「う~ん、なんか男向けのハーレムアニメにありそうな価値観だなぁ」
「好きじゃなくて?」
「ハーレムによって起きえる問題は置いておくとして、女を侍らせたいと思わないからなぁ。そんなことしても意味がないというか」
「うわっ、冷めてますわねぇ。知っていましたけど」
「ともかく了解したよ。皆には俺から声をかけておく。詳しい日程を教えて」
……日程は来週の金曜日の午後から日曜日の午後までとのことだ。
夏休み前の最終日と被るが、1学期の閉会式は午前中に済ませられるため問題はない。
◆
アイカ、シュンノスケ、リルルに連絡したところ皆予定が合うようだ。
金堂先輩……はユーハが不機嫌になるのが分かっていたため誘うのはやめておいた。
学校帰りの夕方、俺はユーハと共に船田社長の元へ挨拶に向かった。
水着の話は別として、政権を簒奪した後に話し合える機会もなかったため今のタイミングで近況を話しておこうと思ったためだ。
その道中の駅に入る時、そして駅から降りる時、そのどちらでも普段にはあまりなかったものが目に付いた。
それは活動家たちが高天原を非難する演説であった。
「煩いですわねぇ、吹き飛ばしたいですわ」
「現実で魔法を使うのは止めてね。今は特に神や悪魔がどの人間と契約して潜んでいるかも定かではないから。……意識を視るにあれらの言い分は全て詭弁だね」
身なりからして生活保護の不労者か。
恐らく特定の政治家たちが役所に言い含めて、自身らに有利な昼間の活動をさせられる存在を生活保護の対象にさせていたのだろう。
変則のシフト制の仕事でなければ普通の人間が昼間に政治演説やデモをする時間はない。
またシフト制で働く多くの人間、貴重な休日が昼間にあるならそれを政治関係に使おうとは思わない。
つまりこの手の活動家というのは9割以上が金で雇われた私兵でしかないのだ。
しかし現在、高天原が政権を簒奪し生活保護の申請にもかなりメスが入った。
よってこの手の活動家に血税が使われることはなくなったのだ。
しかし逆に言えば彼らにとっては死活問題だ。
だからこんなことをしているのだろう。
……AIシップエンジニアリングにまでたどり着く。
しかしそこでまた別の活動家たちのデモが行われていた。
「AIシップエンジニアリングは高天原と手を組んでいた国賊だ!」
「クーデター当日に公共機関を操って加担した人殺し!」
「死刑! 死刑!」
身なりは先ほどの活動家たちと比べるとかなりいい。
というか庶民より少し上くらいだ。
意識を視ると本来の活動家たちと違ってそこまで歪んではいない。
しかし恐怖心からやらざるを得ないといった衝動に突き動かされている。
「うわぁ、またですの。暇人が多いですわね」
「暇か……」
俺はデモを行っている中では比較的おとなしめの中年主婦に事情を尋ねてみる。
「すみません、質問してもよろしいでしょうか? AIシップエンジニアリングが高天原と手を組んでいたなんてどこで知ったんです?」
そう、公表などしていない。
そして公共機関の操作で殺害のアシストになったケースは5%あるかどうかだ。
だから彼らが一般人というなら気付けるはずもない。
調査するにしても専門家でなければわかりようがない。
「……」
当然答えないだろう。だから黙秘の意識を破壊して口を割らせる。
「正当な理由があるならデモによる騒ぎも黙認できる。けれどそうでないならそこを通り過ぎる俺たちは納得できない」
「……夫が務めている会社がそう言ったのよ。ここにいるのは皆同じ。デモ活動していかないと夫が減給されちゃう。下手したら降格かも」
そう答えた後、彼女はデモ活動に戻った。
「そういうことか。はぁ、今まで甘い汁を吸ってきた大企業が反省などするはずもないな」
「胸糞悪い話ですわね。ともかくこれでは会社の中に入れませんわ。裏口から行きますわよ」
俺たちは会社の裏手にある社員専用の入り口へと回る。
そこで丁度、内側から出てきた社員がいたため事情を話して中に入れてもらったのだった。
社長室に入るとそこで待っていた船田社長は久しぶりのあいさつと共に謝罪する。
「ごめんね、うちの前があんな感じでさ」
「全くですわよ、さっさと警察でも呼んで立ち退かせなさいまし」
その発言に俺と船田社長は苦笑いした。
「それをしてしまうと本当に独裁国家になっちゃうからね」
「意味があるかはさておき、デモという行動を禁じない、ないし排除しないのは意思表示の自由を守る意味があるからね」
「と言ってもあいつらキューセイが視た意識的にやりたくてやっているわけでもないですし」
「そうだけれど心がこうだって証明なんてできないから」
「分かっていますわよ。けど釈然としませんもの」
ユーハの言いたいことももっともだ。
誰かの道具になって謳わされている行いなど止めさせるべきだ。
ひとまずとして社長はお茶を出してユーハを落ち着かせ、そのあと話に入る。
「昨日くらいからかな。日本全国でこういった活動家の案件が大量に発生しだした。しかもデモに関してはピンポイントだね。高天原に協力していた企業ばかりが槍玉に上がっている」
「となると裏で糸を引いているのは……」
「前政権で大企業らが経済を掌握するために組織した連合、経済連合だろう。うちの前にいるデモ団体の素性はもう調べてある。前政権と懇意にしていたAIを扱うライバル企業やその系列企業に属する社員の家族だ。うちが公共機関を操作して政治家の殺害に加担したというのも同業者ならまあ分かるだろうことだしね」
「犯人が分かっているなら高天原が潰せばいいじゃありませんの」
「そうしたいところだけど政治家どもと違って大企業というものは変えが効かないんだ。今の日本の中小企業は税制改革で息苦しさを脱却できたとはいえ大企業が抜けた穴を補えるだけのものを持ちえない。勿論分野にもよるけれど何もかもは無理な話だね」
「ま、予想はしていたことさ。無視を決め込んで息切れするのを待つしかない。というわけだからユーハ君、夏の新CMも撮影はこの鬱陶しさを晴らすほど素晴らしいのを期待しているよ」
「それは任せなさいまし。あたくしの美しさで全国の老若男女を魅了してみせますわ」
「うん、前もって通達した通り撮影が早く終わったらあとの残り時間はお友達と遊んでいてもいいからね。それでキューセイ君、わざわざ来たからには他にも話があるんだよね」
「はい。実は……」
そこで俺は唯一神が倒されたことで神々が自由に動けるようになってしまったことを説明した。
「……あー倒さなきゃ良かったとは言わないけれど厄介を退いても厄介が湧いてくるとは参ったね」
「この会社が直接的に影響を受ける話ではありませんが一応知っておいてもらえた方が今後も協力しやすいと思ったので」
「そうだね。教えてくれてありがとう」




