二部、1章③
7月9日、火曜日
国主となった総代は忙しい身であるため基本こちらから会いに行くべきなのだが、事が事だけに俺たちと時間の折り合いがつく日まで待つわけにもいかない。
そこで孫娘の家に一時的に戻って休むという体裁での面会を急遽組んでもらう他なかった。
その日の夜のアイカの家の座敷で俺とアイカは総代に昨日のダンテとネビロスの件を報告する。
「……神も悪魔も一枚岩ではあらぬか。まあそれはそうであるな。して、どうしてほしい?」
「それについてなのですが、失礼ながらまずは総代が把握されている国外と国内の状況についての見解を教えていただきたいです。それによって答えは変わります」
そこでアイカが総代の顔や手に新しい傷が増えていることに気付く。
「おじいちゃん、その傷どうしたの?」
「なに、報復を受けたまでのこと。分かっておったことだ。どうということはない。わしを守って深手を負った警護の者らと比べたらな」
当然、政権を簒奪したからといって全ての者が従う訳ではない。
国を売ってきた政治家や官僚をほぼ根絶やしとしても、それらと関係を持って利益を得ていた外部までは完全に処理しきれていないのだ。
そして彼らは例え高天原の簒奪が正当な理由だろうが納得はしない。
甘い汁を吸い続けた者たちがそれを正常に戻されても順応などできはしないのだ。
だから主犯である総代を消しにかかってきている。
「無理はしないでね」
「無理するしかあらぬよ。どうであれわしは簒奪の主犯であるからな。この命ある限りは国を正す責任を果たさねばならぬ。さてまずは国内の見解であるが国会の中継が何度か流れていることから分かるように議員というものが1割もおらぬが故に機能しておらず今は高天原が独断で政権運営しておる状況下にある。ひとまずとしていち早い減税と不透明だった財源の公開で民衆を黙らせてはおるがそれだけでは持たぬだろうな」
「え、どうして持たないの?」
そうアイカは疑問を持ったため俺が答える。
「それらは最低限の保証でしかないからだよ。今まではそれすらない最悪な状況だったというだけで1つ解決すれば次の問題に関心が高まる。あと、独裁状態を長く続ければ不安を覚える人も多くなるから、新しい選挙制度もきっちり公開しなきゃならない」
「選挙制度に関しては後回しよ。今は人員の再編成をしておる時間もない。次は犯罪対策と教育改革だ。ただ……おぬしらも最近高天原が導入した精神論の授業を受けただろうが皆すべてが付いていけたか?」
それに俺とアイカは顔を合わせた後、顔を横に振って否定した。
「うむ、つま弾かれる者はでてくるか」
「高天原式の精神教育は人の倫理観や道徳的な本質を磨けはします。だから全体で言えば真っ当な人間は増えるでしょう。けれどそれは今まであやふやだったからこそ分からなかった生粋の異常者を炙り出すことにも繋がる。そんな彼らが新しい世界を憎み、何を思うのか……もしかしたらそこを神や悪魔に付け入られて利用されるかもしれない」
「利用されぬとしても犯罪に走る可能性は上がるか。わしもこれは懸念しておった。馴染めない者が大人しく従うことはないものな」
「ええ、ですから生粋の異常者たちへの対策も考えていただきたい。犯罪ならまだ物理的に対処すればいい。けれど神や悪魔と契約でもされてヌミノース世界経由で暴れられたら対処できる者が限られ過ぎてしまう」
「分かった。具体的にはどうしたらよい?」
「彼らが悪魔と契約したらまず悪意を制御できないため食われてしまう。そうなるならいっそ事前に殺してしまったほうがマシ……ではあるのですけれど」
「悩みどころか。わしも可能性があるからという理由だけで処理してしまうのは道理に反するが故に迷うところよ。よい、その点はわしが答えを出そう」
「ありがとうございます」
「国外についてだが、驚くことにあれから国際非難は一切としてない。そして他国が会談の申し出をすることもない。完全な傍観を決め込んでいる。唯一神の依り代であるアドナイを倒した影響もあるのだろうが流石にすべての国が何も言わぬのはおかしきよ」
「貿易関連で止まったものは何もないんですよね?」
「うむ、しかしこちらから道理を聞くのも国内が安定しきらぬ今は避けたい。下手につついて必需品の類の取引がなくなっては痛手であるからな。しかしいずれは動きがあるだろうと睨んでおる。最悪の事態に備えて防衛強化も早めに整えるべきかこれも悩みどころよ」
「なるほど。これは完全な俺の推測になりますけど、神々は恐らく各国の代表かそれに近しい権力者へ取り入って契約を結んでしまっているのではないかと思っています」
「そうか。唯一神がいない今、神々は自由に動けるものな。彼らが各々の理想を現実に反映させようとするなら有り得る話だ。しかしそうだとして何故それが傍観に繋がる?」
「神々全体がダンテの言葉の通りであるなら、それは俺が唯一神の依り代であるアドナイを倒したからなんでしょう。皮肉な話ですけど神々を唯一神の呪縛から解放したのは神々が嫌う悪魔の王であるルシフェルだったということですし。だから屈辱が多少あれど恩を仇で返すようなこともせずに認めるという意思表示が「傍観」という答えなんだと思います」
「筋は通るか。では防衛強化はひとまずとしていらぬな」
「はい、後手になるのは尺なんですけど戦争への懸念は置いておいて今は一刻も早く国内の改革とその安定化を優先した方がいいと思います」
「分かった。そのようにしよう」
話を終えると総代はすぐに就寝に入ってしてしまった。
高年齢であるためそれで長期の多忙をこなすには睡眠時間をちゃんと確保するしかないためだ。
俺も帰宅するために玄関まで来るとそこでアイカに愚痴を言われる。
「やっぱりキューセイ君のほうがおじいちゃんと話が合うね。私途中から付いていけなくて口出せなかった」
「俺抜きに一人で話した方がよかったかな?」
「それは違うよ、それじゃ国外で神様たちが暗躍しているかもって進言なんてできなかったし……う~ん、悔しい!」
そう言われたのは初めてで驚いてしまった。
今までは頭の良さの差で諦めていたアイカが食らいつこうとする意志を見せているのだから。
「少し変わったね。それじゃお休み」
「うん、お休み」
◆
7月10日、水曜日
正式に追加されたのは精神論の授業だけだが、それはそれとして高天原が政権を握ってから改正された制度はいくつもあり、今日からそれらの一部が施行されたことを鑑みて全国の学校に国から……というより高天原から派遣された講師がそれを説明する授業が限定的に追加されることとなった。
「……日本のお偉いさんはだいたい処刑されちゃいました。そして今の日本の空いた権力中枢は高天原が簒奪して管理している状態にあります。税金は消費税が半分になって~色々あった面倒ななんとか税とかも一律して廃止されて必要な部分だけ一括して「血税」扱いになるのよね。これ本当に経理助かるのよ。色々分割して考えての申請いらないから。皆のお父さんお母さんもそう言ってない?」
それにクラスメイト達は頷いた。
「高天原万々歳ね。庶民の味方よ。ただ、関係なかった皆からすればまだ怖いわよね。暴力で奪い取った奴らがずっと信用される政治なんてしてくれるの?って。身内のおばさんな私だってそう思うわよ」
このやたらフランクな話し方をしている講師が誰かというと……俺の母親だ。
全国の学校に講師を派遣すると言っても高天原の人材にも限りがあるため、足りない人材は適性がある暇な信徒に担ってもらうしかない。
俺の母親はつい最近まで研究者であったし、博識で政治学や精神学にも通じているため適性は十分なのだが……個人的には早く終わってほしい。
「さあ、そんなみんなの不満を解消するために高天原は近々新しい政治システムと選挙制度を発表します。ほら、キューセイ答えなさい」
「……はい。まず国の代表は総理大臣という肩書が消えて代わりに国主という名義となります。その名の通り国の長として導く責任を負う者という意味合いで、大臣という役職的なイメージを薄れさせる理由が大きくあります。また権力としては他の大臣などの役職を任命する権利を持ちえないのが大きな特徴です。実力のない身内に役職を振ったことで前政権が愚策を連発したことは記憶に新しいでしょう」
「そうそう、だからこれからの大臣は実力者にやらせましょうねってこと」
母親が思い出したように言っている素振りを見て、このあたりの細かい説明忘れたから俺に言わせたんだろうと察した。
「現在の国会議員は1割もいないため国会は近々廃止。それに伴い各省庁のいらない部門も廃止し、それらと関係を持つ財団法人も全て潰します。新しく国士討論会なる議題場を立ち上げ、そこに国主と各分野に精通した実力者だけを招きます。では、新しい国会議員改め国士議員は如何なる選挙で成れるかですが……そこは「勉強不足」で分かりませんので明星先生が教えてください」
本当は知っているけれど全部言ってしまっては講師の意味がないため話の主導権を渡した。
「はぁ、あんた学校でも面白くないわね。もうちょっとバカっぽいことしなさいよ」
「勉強不足で馬鹿アピールしたつもりだけど?」
「知っていてあえて言わないの丸わかりなのよ。まあいいわ。国士議員になるにはまず社会人経験を5年以上することが第1条件です。ただしその経験は親族の関わる会社ではないこと」
処分した世襲議員の多くは庶民における社会経験がない。
だいたいは親族が運営するとても楽な高自給の仕事で何も働かずに年数だけを得ているというのが調査の実態だ。
庶民の感覚が分からないまま庶民のために政治など腐敗関係なくできようはずがない。
だから真っ当に働いた経験をまず得ろという意図がここにある。
「第1条件を満たせば選挙に立候補する権利を得られます。ただしそれは親族が関係ない地方でしかできません。また選挙期間中は国からの活動資金が配布されます。まあといっても最低保証しかないけど。そして選挙活動中はその行動が監視され、親族や関係からの資金提供があった場合は失格となります」
政治家になるには金が要るとされる根本原因は選挙に勝つため資金力で宣伝アピールし、さらに栗田を確保するために地元企業を買収しなければならないことが常態化していたためだ。
不正がまかり通っている状況下で一般人が勝つことはまずない。
そして一般人は職を失う覚悟までして当選しなければ目も当てられない。
だからそういう要因を潰すために出身地での立候補をダメにして活動資金も一律配布にして固定化したのだ。
「さあ、選挙で当選すればその人は見事、国士議員です。あとは自分の専門と合う分野の省庁で働いて成果を出してね。ん、政党とかどうしたのって? ああ、政党や派閥は禁止なのでありません。なので自分の力で上り詰めてね。それで実力を認められれば国士討論会に招かれます」
そもそも与党と野党という枠組みで小競り合いや足の引っ張り合いなどをしていたことが無駄でしかない。
だから個人個人で貢献するだけのシステムに簡素化してしまったほうがいいというわけだ。
「今改正が確定している事項はこんなところかしらね。何か質問ある~?」
それに誰も手をあげはしなかった。
「それじゃおしまいね。あとで分からないこと出てきたらキューセイにでも聞きなさい。だいたいのことは付け焼刃で講師派遣された私よりは知っているでしょうし」
そう、最後まで自虐と俺への皮肉を口にしながら母親は授業を終えたのだった。




