二部、1章②
放課後、今日は生徒会の雑務がないためすぐに帰宅できる。
しかしユーハは事務所に立ち寄って経理に色々免税相談をしなければならないようで一緒には下校できない。
なら一人で帰るかと思っていたところ偶然アイカと鉢合わせたため彼女と共に下校することにした。
人ごみの多い街中の歩道橋までやってきて周りを眺める。
人々は相変わらずスマホを片手に意識をSNSに向けながら歩いているし、行き交う車に乗る人たちもAIアシストシステム頼りで不注意な表情が多い。
そこで窃盗犯が人ごみをかき分けて逃げようとするのを目撃する。
だが以前のように群集の意識を誰かが操作してアシストなんてしているわけがないのでその窃盗犯はむしろその人ごみの方たちの協力もあってすんなりと捕まったのだった。
「……あの頃から少しは変わったね」
「そうだね。ただ……」
「どうしたの?」
「いや、悪人が生まれるのは仕方ないんだ。悪意のない世界は結局破綻してしまうからね。その上でのことなんだけど……悪意と向き合える人間ってどの程度いるのかなって思ってさ」
そこでアイカは少し悩んだ後答える。
「う~ん、私には経験がないから何とも言えないかな。契約したのはアマテラス……神様だし。そういえばキューセイ君以外で魔階層の契約者って見ないね。どうしてなんだろう?」
「妖精の女王の話を信じるなら過去に稀にはいたらしい。けれどその稀というのは適性者が稀にしかいなかったということなのか、もしくは契約した上で生き延びられたのが稀だったのか」
ルシフェルは俺と完全に同化したことでもはや魔階層にはいない。
けれど魔階層の空にはまだ真実の光が張られている。
魔階層が完全に現実と統合されるまではそうしておかないとまだいる悪魔たちへの影響が大きいからだ。
いい機会だと思って、俺は内にいるルシフェルに他の魔階層の契約者について尋ねた。
すると答えはやはり後者の方であって、人々の悪意の集合体として成立している悪魔を個人で制御しきるのは至難の業で大抵は悪意に飲まれて食われてしまうらしい。
——我が光に飲まれなんだおぬしは真眩きよな——
それはどうも。
「ルシフェルに今聞いたけど後者だってさ」
「そっか。だとしたら魔階層が統合されていく中でそういう人が増えるのかな?」
「たぶんね」
◆
アイカの家がある神社への階段道が見えるところまで帰ってきた。
「それじゃ、キューセイ君、また明日ね」
「ああ、また明日……!」
そこで俺たちは異様な気配を察知してその方を見る。
二人がこちらを眺めていた。
片方はシルクハットを被った紳士風の男だ。
もう片方は人ではなかった。
黒い影の棒が人の形を象った操り人形のような何かだ。
「用件があるなら聞きましょう」
そう話しかけると紳士服の男はゆるやかに礼をする。
「寛大なお言葉痛み入ります、ルシフェル王。わたくしはダンテ。隣にいるはネビロスと申します。お見知りおきを」
そこで内にいるルシフェルから警告される。
——ネビロスにはつい最近まで契約がなかったはず。それで現実に姿を見せているという事は……――
「ダンテか……吟遊詩人のあのダンテかな?」
「ええ、それですとも。我が波乱なる詩は人々に深く愛されております。今綴られるは都内の夕暮れ、そこから一転! 凍える雪原へと我らの舞台は突如として切り替わったのでした」
ダンテは指を鳴らしてその言葉通りの景色へと俺たちを誘った。
俺たちは認識していなかった。
けれどそれを無視して俺たちをヌミノース世界の引き込む術がダンテにはあるのだろう。
「さむっ、え、ここヌミノース世界!?」
俺だけでなくアイカも同化率が既に高いため、自身の姿が白髪で神御衣祭を着ている状態に切り替わっていることで飛ばされたことに気付いた。
ダンテもネビロスもヌミノース世界に来たが姿は変わりない。
ダンテは恐らく神階層の存在だ。そしてネビロスは魔階層。とするなら現実とヌミノース世界のどちらも姿に変化がないのはおかしくはないと思うのだが……
「確認する。二人とも適性がある人間と契約したということでいいのか?」
「はい。ルシフェル王、あなた様が唯一神を倒したことで彼の者が築いた縛りは解かれ、神階層は本来のあるべき姿を取り戻しつつある状態となりました。それにより我らは恐れることなく地上へと手を出せるようになったのです。この体の主は潔く共生を受け入れてくれましたよ」
「唯一神を倒したのは俺では……まあいいか。ネビロスの方も違いないか?」
「グギギ……契約した人間、弱かった。俺を受け入れる器がない。だから食った」
「! そうか」
懸念していた問題がこうもすぐに降りかかってくるとは。
——悪魔は人を喰らうことでその余命に則した時間だけ現実へと留まれはする。気を付けよ。こやつらさらなる延命を求めて我らを喰らう気やもしれぬ――
「晴天の陣!」
そこでアイカは自身を中心に光のヴェールを張った。
その内側にいることで寒さの影響を受けなくなったため、もし戦闘になったとしても俺とアイカは環境による氷への弱さによる弱体化を気にせず望める。
「ほう、自己防衛の守護結界ですか。雪のフィールドに引き込めば勝機があると思っていましたが誤算です。次に対峙する時は太陽の巫女、あなたへの対策も考えておきましょう」
そこでダンテは指をまた鳴らして俺たち共々元いた現実世界へと戻った。
「今日のところは挨拶まで、これで引き上げるとしましょう」
「待て! 唯一神がいない今、世界は支配の道から脱却できるはず。3つの世界もいずれ統合される。だから問題を起こす意味など……」
「ありますよ! お忘れではありませんか? 我ら神々は人から悪意という悪魔を切り離すことに関しては賛成だったということに。そして悪魔の中にはネビロスのように世界の統合を求めていない者だっている」
「だからこその今の奇襲という訳か?」
「いえ、唯一神を屠った世界の救世主をこのような不意打ちで倒すのは不敬極まりないでしょう。ですから先ほども申した通り「挨拶」ですよ。神や悪魔の中にはルシフェル王、あなたの目指す世界に納得できない者がいるという事を身をもって知っておいていただきたかった。ではまた」
そこでダンテとネビロスは瞬時にその姿を消した。
恐らくヌミノース世界へと逃げたのだろう。
「キューセイ君、これって……」
「うん、分かっていたことだ。唯一神を倒せば何もかも終わりなんてことはない。新たな時代になりつつあるからこそ新たな問題が生まれたんだ」
だとしても立ち止まるわけにはいかない。
俺たちは成すと決めたんだ。悪魔を還すと。
その過程で問題が生じるなら解決するまでだ。
「この件は流石に総代に報告した方がいいかな」
平穏が訪れたはずの束の間の日常はあっさりと終わってしまった。
ここから俺はまた戦いに身を投じるのだろうという予感がしていた。




