二部、第1章【新建国、高天原】①
6月30日、土曜日
昨日、俺たちはなんとか現実の日本に戻ってきた。
そこからすぐに高天原の重役たちに連絡して総代を無事救出できたことを伝える。
ただ、疲弊しているため総指揮には就けないことも含めた。
そして今日の朝、日本の各テレビ局がこのクーデターの顛末を報じる。
売国する政治家や官僚、そして影響力が強い外資企業の重鎮など、今の日本の腐敗させている人材は全て処理された。
その数は約1万。一人残らずとまではいかないがほぼいなくなったと言っていいだろう。
その空いた大きな枠には高天原が事前として育成しておいた各分野のエキスパートの信徒が配備される。
これにより日本の各分野の指揮系統の麻痺時間はたった1日さえなくいつも通りに機能するようになった。
昼間にショッピングモールのカフェに仲間内で集まる。
そろそろ回復した総代から全国生放送がある頃なためだ。
『……まずは此度、クーデターという暴力的かつ強引な手段をもってして国民であるそなたらに不安を覚えさせたことを謝罪する』
第一斉に総代は深々と頭を下げた。
どうであれ、俺たちのやったことは簒奪だからだ。
その恐怖に対する責任は負わねばならない。
「周知の方も多いだろうが此度のクーデターに至った経緯はこの国が売り払われて支配されてしまうのを防ぐためである。その脅威は今のところなんとか退けはした。しかし予断を許さない。故にわしら高天原は生涯を賭して脅威と戦っていく所存だ。だから認めてほしい。簒奪したこの政権を」
総代は再び国民に頭を下げた。
そのあと画面が切り替わり、今までメディアが報じなかった外資支配の実行経緯や、それを裏で操っていたアドナイ・アラーについての説明がなされた。勿論ヤハウェイやヌミノース世界に関してのことはない。
これで日本にいる国民の殆どに外資支配、外圧がどういうものかの正しい認識が得られるだろう。
ニュースが切り替わったため俺たちは今後の話をする。
「ね、ね、税金が来月から一気に安くなるって本当?」
そうリルルが話題を振った。
「うん、今まで海外に横流ししたり、官僚たちの懐にはいっていたものが全てなくなったからね。ザックリだけど半分くらいは減ると思うよ」
「わー凄い」
「そういや、俺の大学も今年分の学費が数か月後に一部返却されるって通知来てたわ。これもその影響か?」
「あーそういえばうちの事務所から経理担当が色々安くなるからありがたいって連絡ありましたわね」
シュンノスケやユーハも思い当たる節があるようだ。
そんな光景を見てエリシアは安堵した笑みを浮かべる。
「万々歳ね。まあ、問題は山積みなんでしょうけど。そういえば総理が長いこと不在になっているけれどやはり総代が次に就任するの?」
「いや、今の政権や政治システムそのものは落ち着いたところで廃止する。そのあと国主という名義で総代が国のトップになり、それに合わせて新しい政治システムを提示する予定だ」
「そう、確かにその方がよさそうね。古いシステムを維持するより自分たちが扱いやすいものにしたほうがいい。参考になったわ」
「ん? 参考?」
「そうよ、欧州に戻ったら私、政治家を目指そうと思うの」
「ロリババア議員は問題になるんではなくて?」
「そこは何とか誤魔化すわよ。というわけで今日は急なんだけどお別れも兼ねているつもりなのよね」
それはそうか。
アドナイが消えたことでヤハウェイの本部は統制が取れないで混乱している状況にあるだろう。
そうだとしたら支配されていた欧州は今、取り戻しやすい絶好の好機なのだ。
早く戻りたいのも分かる。
「そっか、元々そのつもりだったものな」
「ええ、楽しかったわ。あなたたちと共に戦い抜けたこと」
「俺もだ。あっちでの活躍を期待している」
そして互いに手を伸ばし握手を交わしたのだった。
◆
7月8日、月曜日
高天原が主導する新体制となった今の政権で子供である俺たちがやるべきことはもはやない。
昨日……すなわち唯一神が殺されてから1週間以上経ったところでヌミノース世界の妖精の森へと訪れるも変化は見られない。
妖精の女王と話したが、3つの世界が現実と再統合されるには時間が経ち過ぎたためやはりすぐにはされないようだ。
しかし徐々にと溶けあっていくはず。
その過程で何か問題が生まれたらその時は俺たちの出番がまた来るのだろう。
早朝のホームルームに転校生が来ると担任から告げられる。
「貝塚ホルンです、どうぞよろしくおねがいします」
それは以前、成功者と挑戦者(サクセスフル&チャレンジャー)というテレビ番組で共演した歌手だった。
おっとりした外見で彼の父親はヤハウェイと関係あった起業家だったはず……ああ、そうか。
「あ、ユーハちゃんの彼氏君」
「どうも」
俺は軽く挨拶を返してしばらく彼女を様子見した。
テレビに何度か出ていた学生歌手ということもあって人気者なようでクラスに溶け込むことはそう難しくないようだ。
昼休みに俺は生徒会室へと向かうとそこで呼び止められる。
「待って、明星君」
「貝塚さん、どうしたの?」
「その……」
勢いで呼び止めたはいいが、どう話を切り出したらいいか分からないようだ。
「そうだ、生徒会に興味ある?」
「あ、いえ」
「うん、興味ないのは分かっている。けれど生徒会室の中なら廊下とかより話しやすいかなと思って」
「! ありがとう」
俺の意図を解してくれた彼女は付いていき生徒会室に入った。
そこで俺はユーハや他の生徒会役員たちに事情を簡単に説明して彼女との話し合いに入る。
「お父さんはお亡くなりになったんだね」
「はい」
「いや、亡くなったは正確じゃないな。高天原に殺されたか。俺たちを恨んでいる?」
総代とアドナイの対談の生中継で俺があの場に高天原の人間としていたことは日本中にバレている。だから隠さずにこう言ったのだ。
それに彼女は首を横に振って否定する。
「ううん、お父さんが悪いことに関わって大きな利益を出していたって理由だったから仕方ないって思います。財産もかなり没収もされました。けれど反論できるかと言えばできない……」
「それはそうだね。転校の理由は?」
「私が通っていた芸能系の学校は補助金の忖度が大きく……高天原が政権を握ってそれがカットされたので存続が難しくなりました。他の芸能系の高校に移るというのも考えましたけど、私の家は財産がかなり没収された後なのでそれも難しく……」
「それで一般のここに来たわけか。一応まだ芸能人ではあるんだよね?」
「うん、今の事務所との契約は続投で話は付いているよ。ただ仕事はまるで取れなくなっちゃったね。お父さんのコネがそれだけ大きかったって痛感している。ユーハちゃん凄いよ」
「おーほほほ、当然でしてよ」
確かに弱小事務所でなんだかんだ仕事が入ってくるユーハは凄い。仕事先からのリピートをほぼ確実に掴めているからなのだろうけど。
「テレビ局は今、天下った官僚が一掃されたことや外資の撤廃から制作スタイルや取るタレントの傾向を大きく変える転換期に入っているのは確かかな。それはそれとして君のお父さんがアドナイ・アラーと関与していたのが採用しにくい一因ではあると思う。娘の方は白だと結論が出ていても警戒はされるからね。クーデターに関して謝りはしないけれど、君の仕事を奪ったことだけは謝っておくよ」
そこまで聞いた彼女は俺を珍しいもののように見てくる。
「とても同じ年とは思えない。いや、顔はどっちかというと幼いんだけど中身がね」
「それはそうでしてよ、キューセイは大魔王ルシフェルを宿していますものね」
どうせ分からないからとユーハはまた本当のことを冗談風に伝えた。
「はは、ルシフェルかぁ。確かに中身はそんな感じだね」
◆
午後の授業では新しく高天原が全国に導入した精神に関する授業が追加される。
道徳や道理、倫理観など人としての善良な精神構造を養うことを目的としており、そして内申として採点される項目にもなる。
授業の最初は「目に見えるものの価値と見えないものの価値」というお題目であった。
ある男子生徒はテストで全教科満点を取れるものの誰からも好かれていませんでした。
それは彼の言動がとても幼稚で不快だからです。
これは目に見える数字や文字という価値だけに固執して、見えない心という価値を見向きもしなかったという事を伝えたい。
このお題は極端な例なのだが、それでもなお何がいけないか分からない人間というのはいたりする。
俺のクラスでも一人か二人ほど分からない人がいて驚かされた。
お次は「平等を訴える真理」というものだ。
これは簡単に言うと差別や迫害には相応の理由があり、そうした人たちが掲げる平等は何をもたらすのか?というものだ。
答えの一例としては差別や迫害を撤廃したら本来の普通の人たちが平等という権利を得た彼らに脅かされる逆転が起こるというものだった。
これは何が言いたいのかというと詭弁の恐ろしさを理解しておけということだ。
一見正しい主張のようでもそれで何を目論んでいるかを見定めないと痛い目を見る。
最後に今回の授業で習ったことを参考にペーパーテストを回答していく。
……実はこれ、高天原で受ける教養カリキュラムの一部であったりする。
なので俺とアイカは満点を取れる。
まあそれはどうでもいいのだが、周囲を眺めると回答に苦戦している生徒がチラホラいたため、それだけ今の学生世代の本質理解力が低くなっていることを痛感させられた。
長い年月で既存の教育もメディアもそういったことを学ばせないが当たり前となってしまっていたのだから当然ではあるか。
調査しない限り分からないが、たぶん若い大人世代でも似たような状況なのだろう。




