最終章③
思いもしなかった。
まさか自らの契約先を殺すなどと。
それをするメリットは本来ない。契約先を殺せば自らの力を失うのだから。
けれどアドナイはそれをする必要があった。そうしなければこいつは……
「……ここまでの流れは僕が「自由」を得るための筋書きだったということさ。ヌミノース、神階層、魔階層、いずれの契約も力を使い続ければ浸食が進み自身と契約先の境界がなくなっていく。最終的には同化して依り代となったものは契約先の全てを引き継ぐ。その際重要になるのは人格だ。だいたいは人間側が主体か、あるいは半々での融和か共存となるのだけれど僕の場合は唯一神が100%になって僕の人格は完全消去されることが決まっていた」
「だからヤハウェイ全てさえも欺く必要があったということか。そのために自身以外をこの空中要塞に乗せられないようにした」
「そう、あと当然リソースも自身に集約させたかったしね。そうしないとこの空中要塞を思い通りに動かせはしない。半端にリソースを分散させて唯一神を仕損じてしまったら意味がない。そういう意味でも日本にいる唯一神と契約した天使たちには犠牲になってもらったのさ」
「不可解なところがある。俺たちは契約先との交信がある。そんな状態でだまし討ちなど成立しない」
「ああ、君たちはそうなんだよね。常時交信状態だから自分の思っていることは基本的に契約先に筒抜けだ。そして契約先の思いもなんとなくだけど感じ取れる。だからこそ信用や信頼関係が築けるんだろう。けどね、僕らにはそれがないんだよ。唯一神は最低限の要求交信しかしない。自らの思いは決して流さない。だから奴のことなんて最後まで分からなかったし、僕の方も最後の最後まで理解されていなかっただろう」
だからこそなのだろう。アドナイが信用に対してやたら思う節があったような発言や表情をしていたのは。
「明星救世、僕と君は真逆だね。契約してから3カ月も経ってないというのにかなり悪魔化が進んでいる。すなわち輝ける悪魔との信頼性がそれだけ深まったということだ」
「そうだな。逆にアドナイ、貴様は30年以上生きていて契約年数もそれと同じだというのに今の今まで同化に至れる状況ではなかった」
「すぐにアマテラスの浸食を受け入れて姿を変えられたその子を見て余計に思わされたよ。僕が契約した神様はどれだけ受け入れがたい矮小さなんだってね」
そこで空間に大きな振動が発生し始める。
「これは?」
「この唯一神階層は唯一神が維持していたものだからね。それがいなくなれば崩壊する。というか神階層と統合され直す」
振動がさらに広がり空間に大きなひずみが発生する。
ひずみは異物を吐き出すように凄まじい吸引力を見せて空中要塞を飲み込んだ。
それにより唯一神階層から弾き飛ばされた空中要塞はヌミノース世界へと押し戻されたのであった。
そこまではむしろいい。問題は……
「何故浮遊し直さない?」
「何故ってそりゃレーザービームに燃料を使い果たしたからね。まあ安心しなよ。真下は海だ。この空中要塞は浮力が生まれるようにも設計されているからドボンと堕ちても平気だよ」
その言い分通り、海へと急落下した空中要塞は衝撃こそあったものの、沈むことはなく浮力によって浮き続けて安定していった。
「いたた、流石に衝撃があるね。とはいえ言った通りだろ」
俺たちの方も衝撃で多少は負担があったが命に別状があるほどでもなかった。
「さて、落ち着いた場所に戻ってきたところで次の話へと移ろうか。君らの目的は唯一神を倒すために依り代である僕を倒す……そうすれば唯一神は残り少ない寿命を繋げられるものを失って終わりだからね。……結果として僕自身が唯一神を倒してしまったという狂わせがあったというだけ。君らの脅威がもうこの世にはないは変わりない」
「そうだな。これで悪魔たちは人へと還ることができる」
「悪魔だけじゃなく自然も戻っていくだろう。唯一神が敷いたルールは全てなかったことになる。君らの勝ちだ」
「だから自分を逃せと?」
「どうだろうね、むしろ君たちを逃がしてあげようとも捉えられるんじゃないかな? ああ、そうだ。クーデター後のことだけど高天原の政権を国際的に認めるよう働きかけてもいいよ。これで「日本だけ」はずっと外資の支配に脅かされずに済む。どうだろうか?」
それは願ってもないことだ。
これで高天原の目的も達成される。けれど……
そこで俺はエリシアを見た。
今まで協力してくれた彼女のことを考えるならそれだけじゃダメだ。
「欧州全般にあるヤハウェイの支配を止めて撤退する。以降、再度に渡る支配干渉行為をしない。さらにそれ以外の国への画策もしないのも追加しろ」
「おお、強欲だね。けれどいいよ。それ「だけ」の要求なら構わない」
まただ、やたら「だけ」という部分を強調してくる。
まだ何かを狙っている。けれどそれはいったい……いや、そうか……!
「では約束の握手でもかわそうか。もはや唯一神はいない。だから唯一なる者である僕と君は手を結べる」
そう言ってアドナイは俺へと近寄り右手を伸ばしてきた。
俺はそれを………………振り払った!
それにアドナイだけでなく仲間たちも驚いただろう。
「ちょ、キューセイ何していますの? いい落としどころではなくて?」
「そうよ、欧州を救ってさらに支配行為も禁じさせるなら十分だわ」
エリシアは特に分からないといった表情だった。
だがそんな彼女に対してアイカは告げる。
「十分じゃないです。私には分からないけれどキューセイ君は何かに気付いたから手を取れなかった。そうなんだよね?」
「ああ」
そこでアドナイは気づかれたかと先ほどの歩み寄れるような表情の仮面を外して唯一神を殺したときに見せた残虐な素顔をまたさらけ出す。
「一応、君の見当違いじゃないか確かめたいから聞こうか?」
「お前が飲んだ要求は現実世界だけだ。他の3世界については含まれていない。唯一神を倒したとはいえ本来の世界へと戻るまでの完全な再統合には恐らくそれなりの時間を要するのだろう。だからヌミノース世界を介して間接的に現実を支配することはまだ続けられる」
「正解だ、やはり君は真実しか見られないね。ここで騙されておけば苦労はなかっただろうに」
「ああ、そうだろうな」
互いに再び、俺は光の剣、アドナイは闇の剣を生成して振り払う。
光と闇の刃は勢いよく衝突して砕けて火花のような響く音を巻き散らした。
それを合図として俺とアドナイは距離を取って再び戦闘態勢に入る。
「唯一神は関係ない僕だけの意見として告げよう。全ては僕の支配下に置かれるべきだ。それこそ今もこれから先もずっと。それが誰も信用できない僕が安寧を得られる唯一の道だからね。では再度、決着をつけるとしよう」
「これが最後の戦いだ。唯一を終わりとしよう。みんな、力を貸してくれ」
「「「「うん(おう、ええ)」」」」
やはり相容れはしなかった。
今の現代において本当に脅威だったのはアドナイの方だったのだろう。
なにせ、延命を得るための目的があったとはいえ今まで自分に恩を着せ続けてきた唯一神を何の躊躇いもなく殺せるほどなのだから。
「ジ・ダークサンクチャリ」
アドナイがそう唱えるとこの場一帯に闇の充満していく
だがそれに対してアイカが宙に少し浮きながら自らをさらに輝かせて周囲を光で満たそうとして充満していく闇を相殺したのだった。
闇が充満していく際に唯一神階層にいた時に似た不快さが押し寄せてきた。
加えて生命力も吸われるような感覚があったため、これが成立していたらこちらの動きが大きく制限されることになっていたのだろう。
「キューセイ君、わたしは不浄を払い続ける。だから止めは……」
「ああ、任せろ」
「あーそうだったね。あの子が契約してしまったのは本当に誤算だった。本来ならこれで全員の動きを大きく鈍らせて優位に立てたんだけど。ま、権威はまだまだある。リベラリティ・グロウリー」
次は自身に闇の覇気を纏わせ、さらに背中に黒い翼を生成、加えて丸い闇のシールドまでも付与しだした。
そこから俺へと急加速して両拳でラッシュを繰り出す。
通常の反応速度では防げないため受けて流すしかないと判断した。
だが……奴の速度についていけるシュンノスケとエリシアが俺の前に出てその拳のラッシュを獣の爪と氷で生成した剣で薙ぎ払って相殺しきってくれた。
「大丈夫かよ、キューセイ」
「とんでもない自己強化かね。けれどこれは権威なのかしら?」
「流石は吸血鬼、長生きしているだけあって見抜けているね。当然だけど今の僕はただの人間だ。力の供給がないから普通に魔法を使うことはできない。君らのように化け物にもなれなくなったから人の身で攻撃的な権威をその効果のまま使うと寿命がエグいほどに削れてしまう。だから権威を僕が使っても支障がないように闇魔法にデチューン変換しているわけさ」
恐らくこの状況で俺たちと決着を付けることまで想定はしていたのだろう。
先ほどまでのアドナイはヤハウェイの誰一人としてを頼れなかったのだから一人で戦うしかないのは必然であった。
けれどここで生き延びてヤハウェイに戻ればもう一人で戦いはしない。
唯一神のように自らは正体を隠し、契約という形で部下たちに働かせて戦わせる。
そうなったら結局、唯一神が生き延びているのと変わりはしない。
だからここでアドナイを倒すことは必須なのだろう。
そしてアドナイ自身もここで生き延びるために人へと戻ってもなお戦いきれるだけの術を用意していた。
「レイ・イン・ブラック」
お次は闇の細い光線を無数の雨のように降らせてくる。
それを俺や仲間たちは自前の魔法で何とか防ぐもアイカだけはダークサンクチャリを相殺し続けるために無防備であったため自衛行動を取れない。
加えて闇に弱いのもあって闇の雨を受け続ければ急速に生命力を減らされるのは目に見えていた。
だから金堂先輩は自らの熱い赤いオーラをアイカへと可能な限り注いで雨の影響を遮断し自らが痛みを肩代わりして受けきったのだった。
「ありがとうございます」
「気にするな。おまえには倒れてもらっては困るからな」
リルルがアイカと金堂先輩へ回復魔法をかける。
これで戦線はまた維持し直せた。
それに少し苛立ちを感じたのかアドナイは頭を掻きだす。
「これも対処されるか……おかしいな。今の僕はウリエルやミカエルよりも強いはずなんだけどね。どうして決め手に欠けるのかな?」
「答えは分かっているだろう」
「ああ、誰も信じないが故だ。逆に君たちは仲間同士で信じあって足りないものを補い合えている。それが完璧に限りなく近い僕を阻めている」
そこでアドナイは諦めたように自らを覆うシールドを消した。
観念したかと思った。
けれどそうではなく翼を羽ばたかせ一気に飛翔しこの場から離脱を計ったのだ。
「ユーハ」
「ええ、いきますわよ!」
空に逃げられてそのまま目的地まで到達して現実に戻られたら打つ手がない。
だから俺はユーハに自身を抱えてもらって飛翔し、アドナイのあとを追ったのだった。
まさかここに来て逃げるとは……いや、アドナイが矮小で保身に長けているなら当然の判断か。




