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一部、最終章【唯一なる者】①

 

 閉じられていた格納庫の入り口が開いたため外に出るとまた闇の道しるべが発生する。

 今度は近くのどの建物にも伸びきらずに要塞の中心へと延びていく。

 要塞の中心は開けた広い空間だった。

 ただ床も壁周りも全て精密な機械がガラス板を挟んで透けて見える異質な場所であった。

 道しるべはここで途絶えた。

 それはそうだろう、中心には闇で形成された椅子に座って待ち構えているアドナイがいたのだから。


「よくぞ、ここまで来てくれたね」


 アドナイは闇の椅子を消すと同時に立ち上がり歓迎した姿勢を取った。


「わざわざ迂回させてまで見せたのだから答える気はあるのだろうと踏んで尋ねる。最初に訪れさせた美術館はなんだ?」

「見ての通りだよ。あの絵画は半分が確定された唯一神の歴史、もう半分はそうなりえるかもしれない未来の歴史……あ~、そういうのが聞きたいんじゃないって顔だね。君が美術館だと言ったあの場所は正確には現在以外の情報集積記録管といったところかな。神々が行使できる未来視と過去視の権威を搭載してシステム化したものなんだ。いくつかの未来の光景が描かれていたと思うけれど好みのものはあったかい?」

「まるでないな。自分たちの都合がいいように人々を翻弄するからしっぺ返しが来るんだ」

「そうかい、けれど何もしなければ都合がいい世界になんてなってくれるかな? しっぺ返しがない幸せが来てくれるかな?」

「お得意の論点ズラしか。くだらないな。自分の得ばかり考えてみっともない」


 するとアドナイは腹を抱えて爆笑する。


「あははははは、みっともないか。あ~そうだね。僕はみっともない。けど生まれてからずっと誰も言ってくれなかったなぁ。そういう環境にいたから……なら、その真逆の世界こそ破滅に至らないという事なのかな。あの時の話の続きをしようか。君は魔階層のように嘘がない世界こそ正しいと思うんだよね? 発展がないとしても」

「そうだ、過剰な発展などいらない。時代が進むとともにインフレし続ける情報量をもはや人々は覚えきることができない。それでもなお発展し続けるならそれに対応できる人間というのはより選別される。より多くが適応できない世界だ」


 この答えは俺が力を得る前に学校で受けた現代の情報インフレについての回答でもある。

 皆がインフレに付いていこうなどできるはずもない。


「なるほど。輝ける悪魔の依り代である君のことは調べていたけど今ここまで話してみてより驚かされるよ。君は頭が良すぎるからこそ、成績が取れるだけの自分基準でしか考えることしかできないタイプとは違う。その真逆、今ある中央値が本当に適応できるかどうかで判断している」


 そうだ、俺は自分がいい成績を取れることに関してはどうでもいい。皆が納得して受け入れられて励めるかどうかなんだ。


「……そこまで理解できているのに何故ヤハウェイを率いて支配を目論む」

「唯一神の依り代としての適性が一番あったから生まれすぐにトップに据えられたというだけで、支配自体を好きとか思ったことはないんだよね」

「ならなぜ止めなかった?」

「君の理想である発展しない世界だと確かに様々な事象が中央値に合わせてデチューンされるから納得は一番できるよね。けれど経済は間違いなく停滞する。なんなら発展しないなら期待もないわけで、それは資本の投資としては致命的なわけだ」

「資本経済がなかった時代でも人々は生きていけた。今はそれを維持するために世界が繋がりすぎて外資による支配という不幸が起こっている始末だ。そんな行き過ぎた世界が正しいと?」

「正しいとは言わないけどマシだとは思うよ。少なくとも我らが主はそう思っている」

「唯一神ではなくお前の意見を言え」

「へぇ、僕の意見は別としてカウントしてくれるんだ。けどまあ似たようなものかな。ヤハウェイは外資による支配で各国の独自技術を抽出して統合したりできるんだ。その成果がヌミノース世界で使われている異層制御システムとかなんだけど。この空中要塞だってそうさ。革新的なものを生みだせば大きなリターンを得られる。その旨味のためなら支配は必要なものだと思うよ」

「そうか。アドナイ、お前はお前で相いれないわけだ」

「分かり切ったことだろう、唯一神の依り代に選ばれた男なのだから。ここに連れてきた天道日輪にも同じようなこと言われたよ」

 総代の名前を出されてアイカが問いただす。

「そうだ、おじいちゃんはどうしたの?」

「う~ん、初めは殺そうかとも思ったんだけどね……この状況を想定したら旨味がないなって。だからさ、契約させてもらった。誇るといいよ、主が認めし最上位の天使、ミカエルの座に君のおじいさんは就いたんだ。は、は、はっ!」


 アドナイの高笑いと共に空から一筋の闇が舞い降りる。

 全長は人の2倍ほどしかない。しかし神聖なる闇の鎧を纏いしその骸骨の身から発されている威圧は今まで戦ったどの天使よりも強く険しい。


「うそ、そんな……」

「どうやって総代を契約に持ち込んだ?」

「どうやってって……洗脳の権威を使ったまでだよ。まあ制限が色々あって契約者相手には効かないんだよね。本人の精神抵抗力が高すぎたから洗脳しきるまで本当に苦労したよ。まあけど、それだけの価値はあったかな。ミカエルの座まで至れたものは今まで見たことなかったしね。さあ、決着を付けようか。ミカエル、明星救世以外の相手を頼んだよ」


 そこで足元に強い衝撃が走る。

 重力が重たくなるような感覚から空中要塞が切り離されて浮上しだしたのだろう。


「地熱エネルギーの補給は終わった。要塞は今、再び天を舞う」


 そう告げたアドナイは闇で生成した剣を構えて俺を皆から分断するように切りかかってくる。


「ジ・シャイニングターン!」


 俺はそれに応戦するためにすぐに悪魔化し、タルワール形状の光の剣を形成して持ち初撃をいなした。


「シャドウ・ステップ」


 アドナイがそう唱えるとその姿が一瞬で消える。

 だがその直後に俺の背後に姿を現してきたため咄嗟に振り向いて振り払われた剣劇を自らの剣で防いだ。

 ただ振り向いた時の耐性が悪かったため大きく飛ばされて皆との距離が余計に開く。


「っ、相手の影に移動する魔法か」

「初見でなんでかわせたのかな?」

「お前が魔法を使う直前にこの場の方角が90度ほど動いた。恐らくお前は自分の意識で空中要塞の操縦もできるのだろう。しかし何故角度だけを変えたのか? それは太陽の光がこちらに当たる方角を変えたかったからだ。なら当然、影を利用する可能性は思いつく。そして影は俺の視覚外の真後ろへと移った。であれば真後ろから奇襲してくる警戒に至る」

「お見事」


 アドナイは続けて要塞の角度を変えながらシャドウ・ステップによる奇襲を繰り返す。

 慣れればそう脅威という魔法でもない。

 とはいえこちらから捉えるとなると面倒で反撃の糸口が掴みにくい。

 戦いながら俺は問いかける。


「……決着のためとはいえベルゼブブ以外配備していなかったのはどういう意図だ。総代をミカエルに変えたあたりそれだけ自分の戦闘力に自信があったようには思えない。今戦っている感覚としても特別強いとも思わない」

「それは人間の姿のままだしね」

「何故本気を出さない?」

「本気になったら負けだからね」

「は?」

「ま、そういう顔されるけどこれは本当なんだ。まずだけど今の僕……というか唯一神は大半の契約を切っている状態にある。だから天使たちがここや真下の地熱発電施設に配備されていなかったのは僕が指示していなくしたんじゃない。そもそも契約を切られた彼らは正常な意識を持っていないからヌミノース世界に来ることができなくなった。喜ぶといい、クーデターで日本にいる国を売ろうとした政治家や官僚は一人残らず殺せるよ。ヌミノース世界に逃げられないのだから」

「何のためにそんなことをした?」

「単純に契約数が多いとそれだけ唯一神の力のリソースが分散されるからね。君との決着の時に使えるリソースが少ないのは嫌じゃん? うん、だから身内にはできるだけ犠牲になってもらった。国民が喜んでくれるショーの生贄としてね」

「つまり初めから全員切り捨てるつもりだったということか」

「勿論、力を与えたことで浮かれて調子に乗るような自分しか考えてない奴らなんて信用できないしね。適度なところでリセットするのは大事さ」

「反吐が出る考え方だな」

「なんでさ、クーデターにむしろ協力してあげたんだよ。喜んでよ」

 この期に及んでもどこまでも論点をずらしてくる。それがこのアドナイの性格なのだろう。

「ただでクーデターを認めるわけがない。裏があるのだろう」

「ああ、あるよ。この空中要塞はこのまま国外のヌミノース世界へ渡り、そこで着陸して僕は現実に戻る。現実の飛行機や船は君たちが封鎖しちゃったからね。これが一番安全な国外逃亡なわけだ。それでまあ国際会議に出席して日本が高天原というテロ集団に占拠されたとでも議題をあげるつもりだ。そこから連合軍隊でも結成して物理的に日本を制圧してしまおうというプランがあったんだ」


 その可能性は俺や高天原も考えていた。だからクーデターのタイミングは本来ならそれをできるだけ避けられる時期にやりたかった。


「ならその連合軍隊をも退けるまでだ」

「はは、勇ましいね。けど、うん……これはあくまでプランがあったというだけだよ。現実的な判断としては泥沼の戦争状況になった日本を手に入れても旨味が薄いからやらない。しかし僕はそういう前提で話をヤハウェイ本部に通しておいた。そうしないとこういう状況にならないからね」


 ここで俺は違和感に気付いた。

 アドナイはさっきから言っていることは何もかもが建前だ。そこに本音は1つとして見られない。……いや、さっきからというより初めて会った時からずっとか。


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