9章④
次なる道しるべの先にあったのは巨大な格納庫であった。
そこの扉が自然と開き俺たちを中に招待する意図を見せたため入る。
またも自動電源が付いて内部が明るくなることで何が格納されているかが判明する。
それは巨大な蠅型のロボットであった。
各部位が精巧に作られておりまるで本物のような質感の再現具合が生理的な気持ち悪さを誘発させる。
「うえ、なんですのこの悪趣味なロボは」
そこでルシフェルからの交信が突如としてくる。
恐らく俺の目を介して蠅のロボを見ていて思うところがあったから伝えたいのだろう。
——かつては偉大なる神の一角であった。しかしとしてそれは唯一神に貶められ蠅の悪魔とされた。その名はベルゼブブ――
その言葉を聞いた直後に蠅のロボの虫の目が赤く煌めく。
そいつは……ベルゼブブは形容しがたい奇声を発しながら全身を稼働させ始めて俺たちを敵と認識し、格納庫を遠隔操作して入り口を閉じてしまった。
「取り込められましたわ! なんですのこいつ?」
「ベルゼブブだ。唯一神が権威を手に入れる前の時代にバアルという神がいた。彼はかつて権威を行為しえる立場にあり、唯一神が神々を神階層に封じたあともそこから脱出し地上でやつの企てを止めようとしていた。だがその行いの結末は唯一神がそそのかした人々からの悪評と嫌悪であった。それにより自らの神話性を汚されベルゼブブという蠅の悪魔に貶められてしまった」
「ルシフェルからの説明かしら?」
「ああ、ルシフェルはそんな彼を自らの配下にと魔階層に誘った。しかし彼が魔階層に渡ることはなくその消息は長らく途絶えてしまっていた。恐らくだけど唯一神はルシフェルに戦力を渡すくらいならと自ら隔離封印していたのだろう」
ベルゼブブは無造作に何かを念じ始めると数秒後に雷撃を俺たちへ降り注ぐ。
その雷撃の1つがリルルに向かった。
まずい、彼女は雷に弱い。
だが金堂先輩がリルルの前に立ち防御態勢で受けきったことでそれを何とか防いだ。
「あ、ありがとうゲン君」
「ふん、どういたしましてだ」
『……』
ベルゼブブは金堂先輩を分析し赤い目をチカチカと光らせる。
そのあと無数の風の衝撃波を発生させてくる。
風に弱いのはシュンノスケと金堂先輩だ。
シュンノスケはスピードがあるから避けられるが金堂先輩じゃ避けられない。
それを分かってか今度はユーハが金堂先輩の前に立って同じ風の魔法で衝撃波を相殺する。
急なこともあって少しばかり相殺しきれないが彼女には風への完全耐性があるため問題ない。
「ど・う・い・た・し・ま・し・て! と先に言っておきますわ」
「……ふん」
「ちょ、感謝しなさいまし」
あからさまに感謝を求めるユーハに呆れたのか金堂先輩は塩対応で済ませた。
『……』
またベルゼブブは分析を始めたのだろう。
お次は雨を降らせて氷のツララ張りを形成し弱点がある俺へと放ってきた。
流石に3度目ともなれば驚きはしない。
エリシアが俺の前に立って同じ氷のツララを形成して相殺した。
「神が悪魔に貶められてその上全身を機械化されて憎む相手の操り人形なんて悲惨な話ね」
「ああ、だからここで終わらせてあげよう。それがルシフェルの願いでもある」
「そう……でもあなたは戦ってはダメよ。唯一神まで力は極力温存しなさい」
「けれど相手は神格。熾天使であるガブリエルやウリエルより上だ」
「それでもよ。仲間を信じなさい」
そこで俺は皆を見る。
誰もが頼ってくれと言った顔をしていた。
「分かった」
「決まりね。キューセイとアイカは下がる。指揮は私がするわ」
それに頷いたユーハ、リルル、シュンノスケは変身する。そしてエリシア指揮のもとの戦闘が開始された。
ウェアウルフとなったシュンノスケがそのスピードでかく乱しながら距離を詰めてベルゼブブの関節部位へ爪を突き立てる。
しかし損傷は軽微で壊すには至らない。
ベルゼブブが反撃にと衝撃波を巻き散らすことは想定出来ていたためシュンノスケはすぐに距離をとって回避できる位置に移動する。
入れ替わりでユーハとエリシアが前に出る。
「エアリアル・インパルス!」
今度は同じ風の衝撃波でベルゼブブの衝撃波を完全に撃ち落とす。
その隙に高速で突っ込んだエリシアが氷の剣を生成して手にもって振るい、ベルゼブブの機械の虫の羽を切り落とした。
だが虫の羽を切り落とすために高く飛び過ぎたせいで滞空時間が伸びて無防備になってしまう。
ベルゼブブは光の矢を生み出して照射しエリシアに浴びせた。
「ぐっ、唯一神の闇に染められてなおこれほどの神聖を有するというの」
地上に落ち経った彼女はすぐにリルルの元へと移動して回復を受ける。
「うおおおおおお!」
エリシアと交代して金堂先輩が既に突っ込んでいた。
彼は自慢の剛力を駆使してベルゼブブの胴体部位に渾身の拳を叩きこむ。
それにより機械の装甲は大きく凹み、悲鳴のような虫の奇声が格納庫内に響き渡った。
その後金堂先輩はすぐに距離を取る。
「大波いくよ~!」
大きな隙が出来たのを見計らってリルルが大津波を起こしてベルゼブブを飲み込む。
それと同時にエリシアはすぐさま大津波を氷漬けにしてベルゼブブそのものまでをも氷漬けにした。
「氷漬けなら簡単に砕けるだろ! おらぁ!」
さらに入れ替わりでシュンノスケが迫り、関節部位を複数叩き折る。
これによりベルゼブブは自立が困難になりその場で倒れ伏した。
「止めはお任せあれ! エスプリッド・トルネード!」
ユーハが銀色の鱗粉が混じる竜巻を氷漬けのベルゼブブにぶつけてミキサーのように粉々に砕いていく。
しかし元の固さが相当なようで削り切るのに時間がかかっている。
「援護するわ」
エリシアが続けて地の魔法でベルゼブブの足元に尖った硬質の土の棘を形成して刺し貫く。
それにより分解がしやすくなりベルゼブブの機械の外装は完全に剝がされたのだった。
……竜巻が止むとそこには機械化されていない本来のベルゼブブの姿があった。
闇に汚染された蠅の悪魔……だが、その哀れましい姿は解けていき……神官の格好をした男性へと姿を変えた。いや戻ったか。
これが本来のバアルの姿なのだろう。
彼は口を何度か動かす。
恐らく長すぎる時の中、ずっと使っていなかったために使い方を忘れていたせいだろう。
だが30秒ほどで使い方を思い出して言葉を発する。
「長きに渡って貶められ封じられていた我を開放してくれてありがとう、唯一神に歯向かう若き人の末裔たちよ」
とても穏やかな声であった。先ほどまで虫の奇声を発していたとは思えないほどの神聖を感じるほどだ。
「この金髪ロリは若くありませんわよ」
「だまってなさい」
「ふっ、吸血鬼か、確かに地上の生物としては超命ではあるが我ら神と比べたら幼きよ。……唯一神、矮小なる奴めに権威など持たせなければと……悔いてやまない。挙句、貶められ機械に封じられてルシフェル、そなたと戦かはされかけたなどと……迷惑をかけたな」
「ルシフェルは気にしていないと言っています」
「そうか、伝えてくれてありがとう。依り代よ。さて、我のこの身はもうじき消える」
「命を奪ってしまってすまない」
「いやいい。貶められて生き続けるよりはよっぽど。むしろ神の……我の尊厳を守ってくれたことに礼を言う。だからこそ最後に伝えたい。我々は今や同じ敵を持つとはいえ我も神々の一員であった。すなわち人から悪意を切り離して貶めることには賛成していた立場である。そんな私が人の末裔にどうか代わりに唯一心を倒してくれとは言えないだろう。だから……」
そこでバアルは僅かにだが俺たちに力を流した。
それにより先ほどの戦いで消費された生命力が多少は回復する。
消える寸前にバアルは俺を見つめる。
「ルシフェルよ、あとはあなたに託す。どうか世界を……」
それに俺は自身の言葉で答えた。
「悪いが世界を神々の都合のいいところで落ち着かせるつもりはない。悪魔たちは人々の元へ戻す。それが俺とルシフェルの答えだ」
「ふっ、そうか。ならそれでいい。神であり悪魔でもあった私には人に還りたい思いも理解できるからな。受け入れよう。ではさらばだ」
そう言い残してバアルはその存在を完全に消失させてしまった。
「尊厳を守る……」
「ん、どうしたのアイカ?」
「当たり前だけど守るものは命や生活だけじゃないんだなって。バアルさん、とても満足した顔だったから」
「そうだね。尊厳は時として命よりも大事だ。でなくばその者は生き恥を晒し続けることになりかねない」
「うん、そうならないためにも人は誇りを胸に持ちながら生きなきゃならないんだと思う。おじちゃんがオリジナルの宗教を作った理由が何となくわかった気がする。人々を守るための宗教としか教えてくれなかったけどたぶん皆に人として大事なものをちゃんと持ち続けてもらいたい。そんな思いを「教え」って形で伝えたかったのかな」
「きっとそうだろうね。その教えがあるから今の俺たちがある」
そこで俺は気づいた。アイカの心境に変化があったのかその顔に今までなかった覚悟が宿っていることに。




