9章③
ヌミノース世界で25分ほどいたわけだから現実ではせいぜい4分ほどしか経っていない。
しかしその4分で空港には変化が起きていた。
離陸する前の飛行機の両翼が爆発し緊急停止となり、滑走路が事後処理に追われていたのだ。
このクーデターにおいて命を狙われて国内に居座るのは不味いと思った政治家や官僚などは国外への逃亡を図るだろう。
その際に利用するのは飛行機か船かの2択だ。
だから高天原はクーデター時に逃亡手段も同時に潰すという案をどこかの部隊が受け持っていて、それを先ほど実行したのだと思われる。
「……キューセイ君、これって……」
「高天原の仕業だろうね。とはいえ逃亡手段を潰す時刻はもう少し遅かったはず。本来は総代が総指揮してタイミングを調整する手筈だったところが代理の重役たちに代わって個々の指揮系統で進捗しているからズレ始めている。売国奴たちの総殲滅を今日中に終わらせて明日からは暫定政権による新体制を発足させるまで決まっているのだから急ぐしかないのだけれど……ともかく空港内に入って空中要塞に繋がる座標を手分けして探そう」
俺とアイカとユーハのチーム、リルルとシュンノスケのペア、金堂先輩とエリシアのペアの3つに分かれて空港内の探索を開始するも……事故の影響もあって人ごみの混雑が激しい。
そしてクーデターの影響で不安も加速し精神を病む大人や泣き崩れる子供まで出てくる始末だった。
「……」
それらを見たアイカは立ち尽くしてしまい迷いを見せる。
「アイカ!」
「あ、ごめん……私……」
「痛みは覚悟の上での実行なんだ。ここで俺たちがクーデターを上手く着地させなければ全ての国民が支配され今目の前にある悲しみどころではなくなる」
「! そうだね。探索を続けよう」
10分ほど探索したあと連絡を取り合う。
だが空中要塞内部へ直で行けるような特殊な認識を得られそうな部屋はどこにも見当たらなかった。
そのため中央ロビーに集まる再集合をかけて話し合う。
「ダメだ。空港内をだいたい探し回ったけどよ、それっぽい部屋や場所はないわ。お前らの方は?」
とシュンノスケがまず切り出すと次にエリシアが答える。
「私たちの方もダメね。このクーデター状況なら保身で国外逃げそうなヤハウェイの奴らがここに来るかもと思って出入口をしばらく監視もしてみたのだけれどそれらしい人間は誰も来なかった。もしくは見つけられなかった。だから敵を捕まえて情報を吐かせるって手も難しいわね」
「困ったな。ヌミノース世界の方でも敵がまるでいなかったし。情報元が……」
今までは運よく細い糸でも手繰り寄せるようになんとかなっていたが、この混乱した状況ではそれがとても困難だ。
俺が珍しく悩んでしまっているのを見てアイカは悲しげな表情をしてしまう。
そんな彼女の頬をユーハは自身の指先で軽く突いた。
「ふげっ」
「あたくしからキューセイを横取りしようと目論んでいますの?」
「いえ、そういうのじゃなくて……私、結局役立たずだなって」
それにため息をつきながらユーハは答える。
「別にいいんじゃありませんの、キューセイはそういう事が悪いとは思いませんし」
「分かっています。けど私がどうにかしてあげたいんです。ううん……したい」
「う~ん、心意気は買いますけどそれでどうするんですの?」
「それは……何か見落としているものでも気づけたらなって……」
「だったら気分をリフレッシュしたほうがよろしくてよ。こうやって!」
そこでユーハはアイカの手を掴んでいきなりダンスを始めた。
「ええ! ちょ、生徒会長さん!」
「ユーハでよろしくてよ。そら! おお、軽い」
と、勢いよくアイカをその場で回転させる。
回転の勢いが強すぎて足を崩したアイカはその場で倒れそうになったため、俺は彼女を受け止めてユーハに注意する。
「ユーハ、何やっているの?」
「根詰めて解決しそうにないからその時間でアイカと親睦を深めただけでしてよ。問題ありまして?」
「それは……そうだね。とはいえ回し過ぎだ。アイカが転びそうだったのはよろしくない」
「むう、それはそうですわね。やりすぎましたわ」
「あ、見えたよ」
「「え?」」
俺に抱えられたアイカは指差しながらそう言った。
彼女の指差す先には俺たちがまだ探索していない場所を示していた。
それは管制塔だ。
飛行機の離着陸を統制するフロアが地上から高さある場所に存在する。
「管制塔……そうか! 空中要塞が補給のため離着陸をする認識がアレを前提とするなら……アイカ、お手柄だ」
「え、たまたまだよ。それを言ったらユーハさんだって」
「あら、あたくしはただ気分転換したかっただけでしてよ。よかったですわね。役に立てて」
「はい」
「とはいえ管制室に上がりこむのは無理がある。ひとまず空港の屋上へあがろう」
俺たちは空港の屋上に上がりだいたい同じ目線にある管制塔の制御フロアを眺める。
「あの制御フロアが空中要塞の制御室ないし安全な移動ができる正規の部屋に繋がる認識でもう一度行こう」
俺たちはそのように認識してもう一度ヌミノース世界に渡った。
◆
渡った先は狙い通り空中要塞の上層にある正規の丸いテレポートポータルのような構造をしたフロアであった。
そこから外に出て空中要塞上層の外観を見渡す。
地上から眺めていた次点で分かっていたが直径1キロメートルはある相当な規模だ。
その円形状の土台に近未来といえる丸い特異的な作りをした建物が敷き詰められている。
「やった、要塞内部にたどり着けたね。キューセイ君」
「うん、それは良かったんだけど……なんだ異様なこの建物の数々は……」
「今までのヤハウェイ施設にあった現代的な作りではないわね」
今まで多くのヤハウェイの建築物を見てきたエリシアが言うほどだ。
建物の外装は機能的に意味をなさないはず。
なら何を意図してこんな外観作りにしたのだろうか?
そこで俺たちの上空に突如、闇の目が出現し凝視してくる。
しかしそれだけで特に警報がなるわけでもない。
しばらくすると闇の目は消えて代わりに足元に闇の線が2本発生しそれがレールとして道しるべのように先へと延びていった。
「気づかれたみたいね」
「けれど敵を差し向ける気配はない。道しるべに従って進めということか」
「罠の可能性……と思ったけれど私たちが正規ルートでここにやってくるしかないと分かっていたなら大量の兵をここに待機させておいた方が確実よね」
「……決着を付けようと言っていたからには今更意味のない戦闘をさせる気もないということかな。注意はすべきだけれど一応従って進んで見よう」
闇の道しるべが示す先には全体が精密な機械仕掛けの美術館のような形状をした建物があった。
中に入ると自動で明かりがついたため内部構造が確認できるようになる。
そこには何も飾られていなかった。
正確には絵画を飾る額縁のようなものはあるが何の絵も飾られていないし、彫像物を置く土台にも何も置かれてはいない。
「なんですのここ?」
「展示品をすべて売り切った後の美術館とかこんな感じでもぬけの空になるよね」
だが空の美術館を見せる意図などないだろう。
そう思った矢先に全ての額縁に突然と絵が出現し、土台にも彫像物が出現した。
「わ、リルル、ビックリしたよぉ。触れないしCGかな?」
「どっちかつーとホログラムだろ。けどここまで立体的に再現するには色々と制限があるはずなんだが額縁も土台もよく見れば精密機械だって分かるだけで形自体は変わらねぇんだよな」
シュンノスケは機械工学にも少しばかり触れていたからこそ今目の前にある技術が現代では本来できないだろうという察しが付くようだ。
「ヤハウェイが秘密裏に開発してきた技術の産物の一端ということなのかな……ともかく出現した展示物を見ていこう」
まず端から順番に絵画を眺めていく。
すると見ている絵画に合わせて音声が開始される。
『原初の時代……神々は広き地上を席捲しようと人間を生み出した。だが神々から作られた人は神の副生物でしかない。行き過ぎた欲を持たずただ現状を受け入れるだけだった。すなわち繁栄を求めなかったのだ』
最初の絵画には地球に産み落とされた少ない人々がただ笑いながら満足しているものだった。
『神に近しく設計しすぎたならば貶めなければならない。故に我らが主は人々が内に宿す悪意という悪魔を別世界に切り離した。これにより人々はとても悪意と向き合いにくくなり愚かとなった。だからこそ欲望の制御をせずに繁栄を始めだす。それにより文明というものが始まった』
次の絵画には人から悪魔が切り離されて反映していく光景が書かれていた。
『時代が経ち十分な繁栄に至ったことで人々は信仰によって神々への祈りを捧げだす。その祈りという心の生命力の譲渡こそが神の延命へと繋がる。これにより神々はやっと思惑を果たせたこととなった』
その次の絵画には宗教統治される世界とそれをニヤニヤと眺める神々が描かれていた。
『思惑が成ったその時代、神の世界で我らが主はその功績から神の中の神とも呼べるほどの偉大なる権威を得られていた。故に神の世界を二分し他の神々すべてを権威がない抜け殻の世界の方へと押し込めた。これにより主こそが唯一なる神の時代が始まる』
そしてお次は唯一神以外の神々が泣き叫びながら別世界に追いやられる絵画だ。
『唯一なる時代が進んだ頃、悪魔を切り離したことや、他の神々を追いやった影響が出始めたのか人々は足りないものを埋めようと自然の摂理を介して神々が持ちえない力を得ようとしていた。主は恐れた。それはいつか自身への反逆に繋がるのではないかと。だから自然と共にあろうとする概念までも切り取り別の世界に隔離した』
人々の世界から自然が消えていき、機械文明が加速していく。そして失われた自然概念は隔離された世界のほうで再構成される絵画であった。
ここまでの話はエリシアや妖精の女王、ルシフェルから聞いた話を統合してだいたい知っている。
次は神の権威を行使しすぎて寿命が残りわずかとなった唯一神が依り代を得る話だろう。
だから今更それ以上聞く必要がある?という雰囲気で一応次の絵画のほうへ移動すると思わぬ流れになる。
『永遠なる統制がいつまでも続くと思われていた。だが自然概念までも切り離したことでより不足したことが原因なのか人々から渇望が失われ種の衰退が始まる。文明は崩壊していき信仰も薄れていき……世界は静かなる死を迎えた』
活力が全て枯渇し飢餓に瀕したような絵画であった。
「これは……」
「全く知らない話ね。続きの絵画を見ていきましょう」
『永遠なる統制の果てに人々はすべて機械と天使の身へと姿を変えた。種の変質……これにより文明はさらなる進化を遂げた。だがそれは神の領域にまで到達し現実と主が座す世界は境界を失い崩壊を迎えた』
現実と唯一神の世界の境界にヒビが入りどちらの世界もガタガタに崩れていく絵画であった。
それ自体はいい。問題は先ほどの絵画からは流れが繋がらないことだ。
その次、さらにその次の絵画を見てみるも内容は同じ。
前から繋がらない流れで崩壊する。その崩壊までの過程だけが違う。
「……見るべき絵画はこれで全てだけれど……途中から崩壊ばかりね。まるでこういう未来だったらこうなるみたいな予言ばかり」
「……予言なのかな?」
「事実あったとでもいいたいの? だとしたら唯一神は時代を何度もやり直していることになるわよ。神の権威があるならそれも可能なんでしょうけど……」
「未来のパターンをある程度知り尽くしているならクーデターを起こす以前に高天原を早い段階から潰そうとしているだろう。だから実際に何度も未来を経験しているというのもしっくりこない」
俺とエリシアの話し合いではこれが何を意図しているか推察しきれなかった。
そこでアイカが発言する。
「もしかして未来からの情報が送られてくるとかなんじゃないかな?」
「どうしてそう思ったの?」
「えっと……私、おじいちゃんと一緒に地方遠征で巫女の格好でお告げを受けてからの礼節をこなしたりするの。勿論演技なんだけどそれでも一応拝聴してくれる人たちのために理解はちゃんとしなきゃってお告げについて調べたことあるんだよね。お告げって自分が未来を覗いているんじゃなくて未来の誰かが視た光景が過去の自分に流れてくるものって説があるの。これも途中からそうなんじゃないかなって」
「なるほど。とするとこれは未来の情報を集積したシミュレーターみたいなものかもね」
「仮にそうだとしてアドナイはなんでこれを私たちに見せたかったのかしら?」
「たぶんだけど自分のところに来るまでに事前知識を貯めておけってことなんじゃないかな。総代が攫われる手前で話した感じ、奴は自分だけが知っていることを多く有しているといった素振りだった」
「私たちも知っておかないと話し合いにならないからということね」
そこでホログラムがすべて消えて美術館の自動電源も消えて消灯してしまう。
そして美術館前まで戻ると新しい闇の道しるべが記されていた。




