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第9章【愚かなる賢さ、賢き愚かさ】①

 

 6月29日、金曜日

 高天原という存在は現政府にとって腐敗を受け入れない抵抗組織のようなもので快く思われなかった。

 とはいえ直接的に潰すほどのものではないと認知していたからこそメディアを使ってひたすら悪印象で潰そうとしていただけに留まっていたのだ。

 しかし総理の事故死から実質的な政府の実権を握ったアドナイにとってはそうではないようで、「是非ともお話がしたい」という返答の元、今日この日の夕方に会談は実現することとなった。

 今、アドナイが公用車から降りて高天原の本家となる神社までの山の階段を上っている。

 その姿はとても悠然としており、生中継されているテレビでそれが全国に伝わる。


 ……アポイントから会談の詳細を決める際、日時を今日の夕方に指定したのはアドナイの方だが、場所に関してはこちらの要求を吞んだのが意外であった。

 これを好機とするなら総代を消すために自身らが利用しやすい場所を指定するものだと思っていたためだ。

 現在、会談場所である高天原神社と同座標のヌミノース世界にはエリシアと20人の高天原の契約者が待機して警備に当たっている。

 そして現実の神社においても高天原で訓練を受けた精鋭の戦闘要員が複数警備に当たっている。

 階段を上り切ったアドナイとその連れの秘書とボディーガード2名にボディチェックを行うも武器を所持してはいないようだ。

 アドナイは神社内へと進み、奥に座す総代の元までたどり着いた。


「ようこそ、高天原へ。此度は会談に応じてくれたこと感謝する」

「こちらもです。僕としてはあなた方の存在は無視できないと思っていた。けれど総理含めて政権の重鎮たちは眼中にも止めておらずただ虫払いする程度の措置で済ませていた。虫はちゃんと殺しておかないと増えるのだから怖いものだというのに」

「ふん、同感よな。気付けば柱を食い破られて落とされる。それくらいに怖いものよ。現に国という柱はおぬしら害虫に食われつくして倒れる寸前となっておるな」


 互いに皮肉交じりに煽った挨拶をしたあとに本題に映る。


「……では用件をお聞きしましょう。この国の新しいトップとして」

「おぬし及び政権に在留する帰化議員、及びそのバックとしてある外資企業の全撤退」

「大きく出ましたね。そんなに外国人は信用なりませんか?」

「同じ日本人とて信用できぬ者は信用せぬよ。国を食い散らかすもの、売り飛ばすもの、どちらも認めぬという意図だ」

「なるほど。あなた……いや高天原は外圧というものを受け入れないと。今の日本は外圧ブームなのをご存じで? 今まで変えられなかった権力をかざす強者が次々と事故死する流れは外圧なしでは起こりえなかった。それがなかったほうが良かったと?」

「人の死を見せものとする品のないやり方が良いわけなかろう。おぬしが扱うその外圧は本当にこの国の民のためであったか?」

「当然でしょう。でなければなんでこんなことをする必要があります?」

「完全にこの国を支配しきるには国民の政府への不信が邪魔であったからだろう。それを一時的に取り除いて全ての掌握が成ったところで裏切る腹なのは見え透いておるわ」

「はは、確かにその可能性はありますね」

「認めるか」

「その可能性がないなんて証明はできませんしね。ですが仮にそうだとして何がいけないのでしょう? あなた方は今まで日本人の悪い強者に虐げられてきた。それが外国人の悪い強者に虐げられるに代わるだけ。ならまだ悪い日本人が事故死していて楽しめる今の方がいいんじゃないでしょうか?」

「! 話にならんわ! アドナイ・アラー、躾けのなっていないガキが大人になったようなその醜悪な言い分は不快極まる。そんな者をこの国の主と認められはせぬ」

「躾けが悪いか……僕これでも生まれてからずっと最高の教育と生活環境で生きてきたんですけどね」

「倫理も道徳も尊厳も知らぬ者がぬかすな」

「そうか、それらは確かに学びませんでしたよ。必要などないから。いや、この国は面白いですよね。欧州もでしたけど人が自律するためにある精神性というものが根付いている」


 やはりアドナイは欧州を支配する際にそちらでも暗躍していたようだ。

 この時は表立ってではなく身内の監視に徹していただろうが。


「自律を必要とせぬだと? ならそれは知識があるだけの獣だ。そんな人間ばかりの国がまともであるはずがない」

「ええ、まともじゃない。けど世界中見ればそんな国の方がはるかに多い。多数決で言うならそっちが正しいとは思いませんか?」

「民主主義という多数決は全ての民が良識もてばこそよ。そうでないなら悪貨が良貨を駆逐するだけ」

「うん、素晴らしい。世界的に見ればあなたは無名だ。けれど世界指折りに入る人格者だ。話題をすり替えればだいたいはおかしいとは思っても納得してくれるんですけどね。まるでそれが通じない」

「賛辞なぞいらぬ。返答を聞こうか」


 総代は確かに世間的に無名であった。

 高天原という大きな宗教組織自体は知れ渡っていてもそのトップを知らない人はかなり多い。

 というのも総代を下手に取り上げて悪印象を繕おうとしても彼の弁がすぐにそれを覆してメディアの作り上げた悪印象が嘘と破綻してしまうためだ。

 ここまでの会談内容はすべて生放送として全国に流れている。

 それにより今までアドナイに心酔していた民衆もアドナイの方の言い分に違和感を大きく覚えただろう。

 そして総代の言い分のほうが厳しくとも守らなければならないものを明確に示しているため理解が生まれる。


「…………いい恩師を持ったね、君は」


 そこでアドナイは返答せずに俺の方を見て言葉をかけた。

 この生放送中、学生である俺は本来カメラに映るべきじゃない。

 しかし俺を会談に参加させるというのが会談を受けるための条件の1つとしてアドナイが提示してきたものだったためこの場にいるしかなかったのだ。

 恐らく俺がルシフェルとの契約者だということはテレビ局の段階ではまだ確信していなかったのだろう。

 だから俺たちの学校、及びそこから近い学校の計5か所にケルビム製造プラントをしかけてその結果で判断したのだ。

 それで確信したら俺の経歴を洗って今回の会談で利用できると踏んで呼びつけたというところか。

 何を企んでいるかはわからないが利用される気はない。


「欺瞞や偽善で得をするのはお前たちだけだ。だからお前の言い分は何もかもが嘘で正しくなんてない!」

「かもしれないね。けどさ、噓がない世界っておいしくないんだよね」

「そんなことはない。嘘がない世界は皆が納得できる信用ある世界だ」

「うん、けどさ、その世界って結局発展しなかったよね」


 魔階層のことを言っているのだろう。ルシフェルが空のすべてに己が真実の光を張って嘘を付けなくした世界だ。

 流石にテレビで魔階層のことは言えないためそれを避けて答える。


「発展しないからなんだというんだ。それで平和なら問題はないだろう」

「まあそこだよね、君と僕が見ている先の決定的な違いは。……返答しましょう。あなた方の要求を呑むことはありえない」

「であろうな」


 総代は奥の方に控える部下にクーデターの合図を出した。


「合図を送りましたね。怖いな。けど残念、それは意味がないことです」

「何?」

「頭であるあなたは今、この場から消えるのだから」


 そうアドナイが宣言した瞬間、総代の存在が消えてしまった。

 生放送で文字通り姿を消したことで全国の視聴者にも衝撃が走ったことだろう。


「なっ、総代に何をした?」


 アドナイは生放送を中断させるように指示してカメラを止めさせてから答える。


「ここと同座標のヌミノース世界にも警備を敷いたようだけど甘いね。どうせすぐにわかるからネタ晴らしするけど飛空要塞が丁度完成してね、会談中にそれをここの座標まで移動させたんだ。となれば当然消すことは容易なわけだ。そしてカメラを止めたから分かると思うけどここからは一方的な要求だ。たぶんクーデターや僕の暗殺くらいは考えているんだろうけどそんなのやめて全面降伏するんだ。でなければ分かるよね?」


 人質とした総代の命はないということだ。

 それに高天原のこの場にいる者たちは判断が出来ずにいた。

 クーデター後に総代が命を落とす可能性は考慮していた。

 だが初めから総代抜きでやるとなると根本的な指揮が極端に低下する。

 だから総代は救い出さなきゃならない。

 けれどそのために全面降伏などしたら本末転倒だ。


「ふ、明星救世、返答の権利は他でもない君に上げよう。我が主の天敵である君こそふさわしい」

「そのために俺を参加させたわけか」

「そうだとも。ほら、あそこで控えて見ている孫娘さんもいることだし言いなよ」


 実はアイカもこの場にいた。

 とはいえ参加を強要されたとかではなくあくまで総代と俺を見守るために隅にいたに過ぎない。


「…………アイカすまない」

「キューセイ君」

「降伏はしない! 高天原総員、クーデターを開始せよ! 総代なくともこの国を守る意思を示せ!」


 それにアドナイは爆笑してしまう。


「あはははは、どっちに転ぶか分からなかったけど君ならまあそうだよね。大局を見誤るわけもない。それが真実しか見られない者の定めだ。さて、じゃあ決着を付けようか。僕は一足先に飛空要塞で待っているよ。来るなら都心に戻るといい。飛空要塞はすぐにそちらに向かうからね」


 そう言い残してアドナイは自らも姿を消してヌミノース世界へと逃げていった。

 アドナイが消えた後、高天原の戦闘員によって秘書とボディーガードはテレビ班は取り押さえられる。


「アイカ、俺は君のおじいさんを……」

「違うよ、キューセイ君は悪くない。おじいちゃんの思いを踏みにじらないための判断をした」


 そうは言うがアイカは泣き崩れている。

 それはそうだ。クーデターの開始をした時点で総代の人質価値はなくなったのだからすぐに処分されるのは目に見えている。

 そこでスマホが鳴ったため俺は出る。ユーハからだ。


「キューセイ、生放送が突然ぶつ切りになりましたがどうなりましたの? クーデターが始まって日本中の放送局やら政治団体の施設やらが襲撃を受けたというのは分かりましたが……」

「アドナイに総代を攫われた。今からそっちに戻る。そしてヌミノース世界でアドナイを追う。リルルとシュンノスケにもそう伝えてくれ」

「分かりましたわ」

「ということだ。アイカはここに残ってくれ」


 するとアイカは首を横に振った。


「ううん、私も行く」

「行くってそれは戦うことだぞ」

「だからだよ、おじいちゃんの敵を見過ごせないのは私も同じ」

「なら契約するしかなくなる。いいんだね?」

「うん」

「分かった、一緒に行こう。それとエリシアもか。総代が攫われた以上、防衛体制に力を割く意味もない」

 そこでエリシアが現実世界に戻ってこちらにやってきた。

「してやられたわ」

「理由は分かっている。飛空要塞が来たんだろう」

「そうよ、その様子だと全部分かっているようね」

「ああ、だから同座標で警備させている高天原の契約者は一度すべて現実に戻していい。彼らにはこれからクーデターの要になっている高天原の協力者たちの傍についてもらう。その間に俺たちはアドナイと決着を付ける」


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