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8章④

 

 次のフロアは案の定、研究室のような場所であった。

 巨大な試験管がいくつもあり、そこに仮死状態で眠らされていると思われる骸骨天使が入っている。

 そしてその試験官はパイプから流れる紫色の毒水を貯めているタンクと繋がっている。


「恐らくだけどタンクの毒水を試験管に流し込むとさっきの敵みたいに骸骨天使が変質するんだろうね」

「うわっ、けど骸骨天使って元は人間ですわよね。ということは人間がああなったってことですの?」

「そうなるね。恐らくここはラグエルの塔での研究成果を流用して人間で実験しているんだろう」

「つまり人体実験か。おい、ヤハウェイというのは身内をも無下に扱うのか」

「アドナイや上位天使ならやるでしょうね。彼らは部下を大事になど思っていない。資料がいくつか置かれているので調べていきましょう」


 研究室にあった資料を読み終えて分かったことを整理すると……先ほどの敵はケルビムと呼ばれる智天使に相当する存在らしい。

 本来、唯一神と契約した最下位の天使が上位存在となるには相当の実績を唯一神に認められなくてはならず、実戦で多くの生命力を奪わなければならない。それにより上位の契約が許され大天使以上となれる。

 ただそのプロセスには時間を要する。より短時間で強力な大天使以上の戦力を増やすための一環としてこの研究やその前段階のデータ集めとしてラグエルの研究が始まったそうだ。

 成果として誕生したケルビムは人間の判断理性を残しつつ本来の智天使に相応しい出力を出せる。しかし感情の欠落が激しく戦闘以外での用途は難しい。

 まだ完成に至っているとは言い難いが、研究を続けるための試験体の調達はすなわちヤハウェイの下っ端を使うという事なのでやりすぎれば当然、組織内の統制に支障が出る。

 そのため若く才能ある学生世代を強力な意識操作で操って唯一神と契約させ試験体とする方法が必要という事になった。

 それを一括してできるのがこのケルビム製造プラントのようだ。

 パイプに流れている紫色の毒水はヌミノース世界の地下からくみ上げた生命力の固まりを骸骨天使に注入できるように変質させたもののようだ。


「……俺たち学生を実験台にするだと! ふざけおって!」


 資料を読み終えた金堂先輩は拳を深く握りしめ強く激怒した。


「明星、さっさとこの施設の管理者とやらを倒すぞ」

「はい。この施設は必ず破壊しないといけない。けれど裏を返せばヤハウェイとしては維持したいもののはず。なのに人の気配がまるでない」

「確かにこれだけ大掛かりなプラントなら最低でも数人は警備にいてもおかしくありませんわよね」

「ラグエルの塔の時と違って異層制御まで持ち出しているようだから組織内で相応の許可を得た公の計画のはず。……気になるけれど、今は金堂先輩の言うように管理者を倒し施設を破壊することを優先したほうがいいね。資料の中にプラントの図面があった。この先のエレベーターから目的である異層制御室、そして現実に干渉する強力なバイオウェーブでのメンタルコントロール室へ移動できる。まずはメンタルコントロール室から行こう。そこに管理者もいるだろうから倒して室内を破壊、そのあと異層制御室へ移動してまた破壊……できれば遅延破壊で脱出もしたい」

「その流れがいいですわね」


 方針は決まったため俺たちはバイオウェーブ運用でのメンタルコントロール室へと移動した。

 しかしそこに管理者の姿はなく監視カメラもなく見られている気配もないため、とりあえず室内の稼働を停止させて制御システムを全て破壊しつくした。

 その後、エレベーターで異層制御室へと向かったのだった。


 ◆


 異層制御室はウリエルの都市にあったもの同様に制御システムの部屋と大きな地下の空洞となっていた。

 空洞からは海の潮風の匂いが漏れているため、このプラント施設は現実において人目の付かない海岸周辺に建てられたのだと推察できる。

 違うところがあるとすれば空洞穴に落ちないように制御室の部屋からそこへは鉄の網目ある敷板の足場があって落ちないことだろう。

 だからこそそこにいる男は優雅に待ち構えていた。


「ここに来てしまったか……」


 振り向かれた男の顔は日本人なら誰もが知っている。

 日本を代表する顔、国政の長とされる総理大臣、天口啓示(あまぐち けいじ)であった。


「総理大臣? なんでこんなところに?」

「ん~テレビで見るのと少し顔が違いましてよ。覇気なさすぎなモブ顔にですし。は! 影武者ですわ!」

「いや、たぶん本物だろう」


 壮年にしてはボリュームある髪を前分けした気さくなイケオジ。というのがメディアの流していた彼のイメージであった。

 しかし今の彼は余裕がなく面白いことなどとても言えるようではない顔色で別人とも思えてしまう。


「一応確認しておきますが総理御本人で間違いないですね?」

「ああ、間違いない。こちらも確認するが悪魔の姿である君こそが我らが主さえ恐れる輝ける悪魔で合っているな?」

「ええ、このまま戦闘に入ってもいいのですがこちらとしては気になることがある。何故、総理ほどの人がこのプラントの管理を一人でしているんです?」


 それに答えるかは自由だ。しかし答えない方が敵に不要な情報を流さない分、組織としては正解だろう。けれど彼は口を開いた。

 それほどに自らに不満を留めておける余裕さえないのだろう。


「国政は既にヤハウェイの支配下にあるといっていい」

「でしょうね、あなた方が売り渡したんだ」

「仕方なかった! そうでなければ選挙で勝ち続けられないし政権の維持もできない!」

「頼っている時点であなた方は元より勝てる器ではなかった。それで?」

「ぐっ……本来であれば我々は日本への足掛かりを作ったことで幸福を約束されるはずだった。故に日本がどうなろうがその後は保証される。しかしアドナイ・アラー、あの唯一神の依り代に選ばれただけの若造がここに来て身内の選別を始めた。大衆はより大きな生贄ショーを求めているから我々にそれをやれだと、ふざけるな!」


 なるほど、1日一人処刑するほど世論はアドナイに確かに傾く。

 だが、処刑する人間の罪状や知名度が低いならマンネリ化して世論の支持が狙い通りまで伸びない可能性も確かにある。

 だからここに来て派手な生贄を打ち出したいわけか。


「ケルビム製造プラント計画は都内の5つの教育機関と同座標のヌミノース世界にプラントを設置し、万全の防衛体制で挑むというのが当初の予定であった。しかし今は1つのプラントに我々、政権の重役が一人ずつ配備されるのみ」

「おかげでここまですんなり来られた」

「そうだ、全てはお前のせいだ。輝ける悪魔! お前が鳳凰堂……ウリエルまでをも倒してしまったことでヤハウェイの計画に多大な混乱が発生したのだ。その責任が我々にあるとアドナイは責め立ててきた。そしてその責任を取るためには担当するプラントを一人で守り抜かなければならない」


 そう激怒して俺を責め立てたあと自身に闇を纏わせる。

 闇は天口の体を溶かして骨に変えつつ神秘に満ちたような闇の衣をまとわせる。

 背中にはとても大きい2枚の翼を出現させた。


『我こそはヤハウェイ日本支部の最高位、ガブリエルの座に就きし者』


 今までの大天使以上と比べると体躯自体は人間の時からあまり肥大化していない。

 翼の枚数も2枚しかなく異形さはみられない。

 ただその2枚の翼がとても大きく、闇の衣に包まれた身体は女性的にも見えるため、シンプルに崇められる像としては最適ともいえる。


『クク……しかし私は最後の最後でツイている。生き残るためには守り抜いた証明、貴様の迎撃が必要だった。それが果たせない他の4人は証明不足として遠からず生贄になるだろう』


 俺を倒せる気でいること自体にとやかく言う気はない。それよりも……


「はぁ、くだらないな。こんなのが総理か」

『なんだと?』

「国の長とは民のためを考えるものだ。お前のように自分はどうこうしか言えない奴は器どころか資格さえない」

『黙れ、私が総理の座に就くのにどれだけの苦労をしたと思っている? 何も知らぬ若造が!』

「お前の苦労など知らないし知る意味もない。けれどまあ話せてよかったよ」

「は?」

「俺は知っている。あの人はただ理不尽に食い物にされる人たちを守りたかったんだ。そのためにオリジナルの宗教を考えてそれを壁に皆を守っていって……ずっと長いことそれを続けてきた。得ようと思えば信者たちからいくらでも搾取できただろうに騙すことなど一切せずに切実に生きてきた。先を見据え己を律し皆を導ける……だからこそ憧れた。だからこそあの人こそ国を統べるにふさわしい。そのためなら俺は……!」


 やはり総代しかこの国を立て直せる人はいない。だからこそクーデターは成功させる。

 そのための現政権のシンボル破壊……総理殺害は必ずしなければならなかった。

 それを誰がやるか……ああ、俺がやればいい。


「何を言っている?」

「分からなくていいよ。お前は今この場で倒す。そして残り4つのプラントもあとで破壊する。さあ、始めようか。金堂先輩、下がっていてください」

「お、おう。明星、お前……」


 そういえば金堂先輩に戦う前の敵との問答を見せるのは初めてだったな。

 彼からすれば、いつもあった柔らかさが消えて容赦ない言葉を浴びせる俺の姿勢が鮮烈に映ってしまったのだろう。


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