8章③
飛ばされた先に自然の景色はまるでなかった。
機械的な室内フロアだ。天井の蛍光ライトで室内は明るい。壁は四方全てガラス窓がないため外の状況さえ分からない。出口となる扉はあるのだがそれは機械認証でロックされており力づくでは開かなさそうだ。
「ええ、いきなり内部ですの?」
「塔の内部にいきなり引き込まれた船田社長の例があるから内部にいきなり出るケースはあるだろうと思っていたけど……あ、屋上で飛んだのがまずかったか」
「あー! それですわよ。それで座標が高くなって……何やってますのよキューセイ」
「……え、俺だけの責任?」
「ですわ、頭脳担当でしょう?」
「まあ否定はしないが……いきなりのことで注意がそこまで回らなかったごめん」
二人で会話を進めてしまうと当然金堂先輩が置き去りになる。
彼は咳払いして自分の話題の流れに変える。
「まさか本当に別の場所に飛ばされるとは。しかし話を聞くにこれはイレギュラーみたいだな」
「はい、まあどの道として元凶を破壊するには敵が建造した施設に侵入するしかないから手間は短縮できたんですけどデメリットとして退路も見つけられない」
そう説明するがあくまでかいつまんで簡潔なもののため金堂先輩としては要領を得にくい顔色だ。
「……専門知識が多くありそうだな。一々俺に説明していたらその都度行動が止まるだろう。こっちとしても事前に把握できることは全部把握しておきたい」
「そうですね。ユーハ、一応敵が来るか見張っておいて。できるだけちゃんと説明するから」
それから俺は金堂先輩にこの施設攻略に必要であろう知識をできるだけ教えた。
ヤハウェイのこと、そのヤハウェイがどういう方法で現実を支配しようとしているかを。
適性者と契約者のこと、そしてこの手の施設には必ずいるだろう強敵、大天使以上の存在を。
「……ファンタジー小説の世界だな。とはいえヤハウェイに関しては腑に落ちるところは多くある。唯一神と契約した人間が天使で、そいつらを倒す……すなわち殺しているお前たちは殺人犯とも考えられるが……それを言いだしたらヤハウェイ側やそれに与する政府はそれこそ何をやっているんだ? か」
「仲間になれとは言いません。けれど今回の攻略と脱出には協力していただきたい」
「無論だ。見過ごせば俺たちの学校がどうなるかわからんのだろう。それは看過できん」
「ありがとうございます」
ひとまずとして良好な関係性は構築できた。
これなら彼の性格的に情報を漏らすことも問題を起こすことも恐らくはないだろう。
「話は終わりまして? 先に進みましょう。ということで、あのドアぶち壊していいんですの?」
風魔法で思い切りぶち破る気だったユーハの手を止めて説得する。
「警報が鳴るとメンドクサイからそれは最終手段ね。まずは認証の突破を試みよう」
「ぬ~面倒ですわね」
「……妖風、お前、俺をゴリラと連呼しているが俺よりよほど能筋だな」
「な、なんですって~!」
ユーハが異世界で魔法任せのごり押しが多いことは俺も思っていたことだが、それはそれで彼女の強みなので特にいう事はなかった。
しかし金堂先輩からすれば確かにそう思われても仕方ないだろう。
「また吹っ飛ばしますわよ、オラウータン」
「だからこんな狭い空間で強力な魔法を使ったら警報が鳴るって」
「でもでも、このチンパンジーが侮辱してきましたわ」
「いちいち名称変わるなぁ」
俺はユーハを引き寄せて抱きしめて、背伸びして自分より背の高い彼女の頭を撫でてあやし落ち着かせる。
その光景に思うところがあったのか金堂先輩は謝罪する。
「……すまん、言い過ぎた」
気を取り直してドアを開くために認証パネルを操作してみると必要メッセージが流れてくる。
「指紋や顔認証ではないようだね。……生命力を入れろ、か」
魔法を使う時に消費するものをパネルに注げという意図だろうと踏んで俺は自身の生命力を少しだけ注いでみる。
しかしエラー表示が返ってきた。
「もしかして特定の生命力が必要なのか。とりあえずユーハもやってみて」
ユーハに試してもらうも結果は同じであった。
「開きそうにないのか?」
「ええ、ヤハウェイの施設なのだから対応しているのは恐らく唯一神との契約者の生命力が適切なのでしょう。けれど俺は悪魔、ユーハは自然なんで」
「ふーん、そうか」
と金堂先輩はパネルに手をかざしてみる。
すると認証はクリアとなりドアが開いたのだった。
「ええ、なんでですの!?」
「俺にもわからんわ」
ただの人間の生命力なら開いたということなのだろうか? ……いや、もしくは……
室内から出ると通路エリアに繋がっていた。
壁際には紫色に汚染された水が透明なパイプを伝って流れている。
「なんですのこの気持ち悪い色」
「単なる汚染水というより意図して毒に染めた水かな。流れている方向へ進んで見よう」
歩き続けて把握できたが壁にパイプが埋め込まれていることを除けば現実におけるプラント施設内の通路とよく似ている。とすればこのプラントのどこかに異層制御室があり、それを用いて現実からヌミノースに転用している可能性がある。
この施設を管理している大天使を倒した後、破壊する際はそこを目指そう。
「しかしよくわかりましたね、プラントだって」
「夏の時期で学校はプールを使う。となれば水量の貯蔵が多い場所と思ってな。水源を何かしらに利用するならプラントと関連付けたまでだ」
「けど水源が多い場所なら他にもありましてよ。水処理施設や飲料製造の工場の座標に建てるならまだしもどうして学校に?」
「それはそこにいる人たちを支配するメリットがヤハウェイにないからだろう。たぶん逆なんだろうね。学校にいる学生たちを支配下に置きたいからこの夏の時期に適切なプラントをヌミノース世界に建てた。政府が事前に現実に建てておいたプラントを異層制御室で転移させるなら1から作る時間もいらない」
「あー、なるほどですのね。けれどなんで学生を?」
「それはここを管理する大天使以上の存在に聞くしかないよ」
雑談している内に目の前に大きな扉が見えてくる。
今までの経験からしてこの手の扉の先のフロアにはだいたい強敵か、重要な資料倉庫だったりする。
なので俺とユーハは念のため変身して戦闘態勢を整える。
「おわっ、なんだその姿」
「これがヌミノース契約した力をこの世界で行使するための姿でしてよ」
「俺の場合は契約が魔階層だからこの世界では本来制限がかかるんですけどそれでも変身する方法があったりします。さあ行きましょう」
目の前の扉はロックされていないようで俺たちを感知して自然と空いたため中に入る。
……何も置かれていない広いフロア、その中心に闇を纏う生き物がいた。
『……邪悪な反応を検知、これより排除する』
人の3倍ほどある骸骨の顔を基盤に赤子ほどに小さい胴体の骨組みがあり、そこから9枚の天使の羽が生えて浮いている。
以前、ラグエルの塔でヌミノース世界の生命である獣を仮死状態にして唯一神との契約で使役していた「天獣」なる存在と戦ったことがあるが、あれらはあくまで獣の延長として理解はできた。
しかし今目の前にいる存在は人の言葉を発したのだからその類ではない。
「ルクス・アバドン!」
先制にと敵の足元から光の柱を発生させるが、敵はあり得ない速さで回避し俺たちをかく乱しつつ突進してくる。
それを何とか回避すると予想外であったのか自身に闇のバリアのようなものを張ってさらに加速していく。
『対象の戦闘力を再算出、カウンター回避のためにシールドと加速を再設定』
「なんだこいつは?」
恐らくは人に近い判断知能を持ち合わせているのだろう。
しかしあまりにも感情が見えないロボットのような言葉だ。
流石に加速しすぎて次は避けられない。
「ユーハ、フロアを多少破壊しても構わない。回避できない大技で仕留めてくれ」
「分かりましたわ、エスプリッド・トルネード!」
銀色の鱗粉が混じった竜巻がフロア内に発生する。
広いフロアとはいえ竜巻を発生させればそれだけで物凄い風圧が周囲にかかることになる。
それは高速で移動するものほど影響があり、加速していた敵は一気に減速し俺たちに突っ込もうとする勢いを失って竜巻の引力に負けて吸い込まれていく。
恐らく相当軽いのだろう。だからこそ高速で動けたわけだ。
敵は銀色の竜巻にミキサーされるように削られて消滅したのだった。
「ふぅ、危なかったですわね。あのまま突っ込んでこられたら即死でしたわ」
「おい、あれが敵の天使ってやつなのか?」
戦闘もそうだが敵の異形さが想像とはかけ離れていたため金堂先輩は動揺してしまった。
「そうだと思います。けれど本来の天使は人型であってあんな異形であるはずが……」
そこで俺はウリエルのことを思い出した。
複式契約でアマテラスの力を奪ったウリエルは人の形ならざるものへと変貌していた。
「まさか、こいつは大天使よりも上の何かなのか?」
「ん、どういうことだ?」
「確証がないのでなんとも。とりあえず先へ進みましょう」
敵が消滅した数秒後に先へ進むための扉が勝手に開いた。
この施設、ラグエルの塔に近いところがあるな。とすると次は……




