8章②
6月18日、月曜日
政治家の事故死は変わらず続いて報じられている。
学校だけの雰囲気で見ても懸念していた通り、消費される娯楽として認識してしまっている生徒は明らかに増えてきている。
不謹慎で倫理的に楽しむべきことではないと理解していても、アドナイが外圧を緩和させるための布石だとまで知っていなければ好意的な見方になってしまう。
「全くけしからん」
放課後に生徒会と風紀委員会の会議が行われる中で金堂風紀委員長は、事故死を楽しむ生徒が多くなってきている惨状を嘆いてそう呟いた。
流石に生徒会役員や風紀委員の中に事故死を楽しんでいるものはいないため彼の言葉に全員が頷いた。
「……っと、話がそれたな。議題を進めよう」
本日の議題の1つ目は来週より解放される学校のプールの授業以外での開放用途についてだ。
この学校に水泳部はない。
そのため水泳部がある他校と比べて夏の期間しか使わない上に、清掃して維持している手間に対しての使用率のコストパフォーマンスが悪い。
経営難というほどではないにせよ無駄な経費はカットしたい学校の運営側は、活用法が見いだせないならプール自体を閉鎖して以降は水泳授業をなくすという案を生徒会に提示してきたという経緯だ。
「生徒会側でまとめたプールの活用案を復唱しておきます。1つ目は放課後に生徒に限って自由開放する。2つ目は空いた時間に市民への有料開放。3つ目は水上イベントの定期的な開催」
そう、俺が復唱して皆の頭を議題に切り替えさせたところで金堂先輩が意見する。
「放課後の生徒への自由開放に関しては賛成だ。ただ学年やクラスがごちゃ混ぜだとパンクするのが目に見えているから整理券を配る必要がある。市民への有料開放は論外だ。今のご時世、校内に怪しい輩を入れるわけにはいかん。3つ目の水上イベントだが……これはなんだ?」
「それについてはユーハ……生徒会長のご要望でして、プールの水上に人が乗れる特性マットを敷いてそこでパフォーマンスをして盛り上がろうという趣旨です。まあ簡単に例えるなら文化祭の体育館の舞台でやるようなことをプールに置き換えただけですね」
「概ね理解した。却下だ」
「何故ですの!」
「人が乗れる特殊なマットだがあれは足場が不安定で慣れていないと事故を起こす。歌やダンスなどするならなおさら確率は上がる」
「あたくしは大丈夫でしてよ! プール施設でモデルの仕事をしていた時にコツはすぐに掴めましたし。みなさんもすぐ掴めるはずですわ」
「話にならん」
「それはこちらのセリフでしてよ、このゴリラ以外の方は賛成ですわよね?」
そうユーハが尋ねるも誰も挙手して同意しようとしなかった。
もちろん俺もだが。
「ちょっとキューセイ、せめてあなたは賛成すべきではなくて?」
「面白くはなりそうだけれど流石に現実的じゃないかな」
「水上で冴えわたる動きと歌を披露するあたくしの美しい水着姿は見たくなくて?」
「別に二人でプールデートでもすればいいし」
「ぐぬぬ、仕方ありませんわね」
「全員の反応を見るに生徒への自由開放の路線で決まりだな。それなら風紀委員も協力は惜しまない」
……俺とユーハは金堂先輩を何度か観察する。
ここまでの対応を見るにやはり2回も意識を壊されたせいかかなり正常な状態で落ち着いている。ユーハとの問答であったいつもの苛立ちが今はない。
「どうした? 二人とも俺を見つめて」
「いえ、いつにないオラウータンのような知性を感じまして」
「不敬すぎることばかりいうと流石に怒るぞ」
「うちの会長が申し訳ありません。けれどやはり以前より対応が柔らかくなったなと」
「まあ、いつまでも力任せな考え方もよくないからな」
適正か……エリシアが教育することとなった高天原からの選出者の意識は育成し始めの頃に全て直に確認したのだが、ユーハたちほどではないにせよ十分に契約の基準を満たすだろうとは判断できるものだった。
しかし一昨日に確認したところ彼らの意識は最初の時より若干歪みが生じ始めているようにも視えた。
契約後は意識がより正常になる。そうでないと力を上手く扱えないから。
逆に言えば正常から外れるほど力の扱いは上手くならない。
ではなぜエリシアに育成されている彼らはそうなったのか?
理由として考えられるのは契約した存在を上手く受け入れられていないのだろう。
だとすると戦力になりえる契約者を生み出すためには……
「おい、なんだあれは?」
そこで金堂先輩が声を荒げながら窓の外を指差す。
気になって同じ方角を見ると学校の周りを闇の瘴気が覆いつくし始めているのだ。
「本当ですわ、なんですのあの薄暗い雲」
「え、会長、僕には何も見えないですよ」
ユーハの反応に対し隣にいた寺田副会長はそう口にした。
意識を視るにふざけているわけではなく本心で視えないようだ。
他の役員も薄暗い雲なんて見えないで一致した素振りだ。
「……金堂先輩と俺とユーハしか見えないか……金堂先輩、プールの議題も一段落しましたし少し休憩にしましょう。ね?」
そう目線で訴えながら意見すると彼は汲み取ってくれたようで頷く。
「そうだな、10分の休憩とする」
休憩となって一時解散な状態から俺とユーハは金堂先輩を誘導して屋上へと誘い話を再開する。
屋上に登ってハッキリわかったが本当に学校を包み込むように闇の瘴気が張り巡らされている。
しかし俺たち以外の生徒にはそれが見えない。
校門を眺めると出て行こうとする生徒が誘導されたように学校側に引き返し別のところへ向かう。
それが繰り返されているため学校から生徒が減らない。
これは都心で見た群集の無意識操作に似ている。
けれど「帰る」という明確な目的がある状態で意識誘導させられているということは相当強力な干渉がヌミノース世界から行われているのだろう。
現実において見えている闇の瘴気は、その強力さを濃さとして俺たちの目は認識してしまっているということだ。
「訳が分からんが、校門の光景を見るに異常な事態になっているのは分かった。それで明星、俺をここに連れてきたということは何か知っているのだろう?」
俺は答える前にユーハに目を合わせて確認を取った。
彼女はそれにいい顔はしないものの承諾するように頷いた。
それはそうだろう、ここで説明しないほうが取り返しのつかない事態に発展する恐れに繋がりやすい。
「簡潔に説明いたしますと……アドナイ・アラー、やつがこの日本で進める支配計画の一端でして、学校を包み込むほどのあの闇の瘴気は内部にいる人間の意識をコントロールする性質があるんです」
「にわかには信じがたいと言いたいところだが実際に起こりえている以上、半分は信じよう。何故、俺たちだけはあれが見える? 他の生徒、教職員の様子を見るに見えないはずのものだろう?」
「それは一定以上の正常な意識を持っている人間には精神干渉が効きにくいからです。だから認識できないというコントロールを受けずに認識できる」
「少しやややこしいがまあ分かった。それでどうすれば解決できる?」
「それはこの現実に干渉している異世界……ヌミノース世界へ渡り元凶を破壊するしかありません」
そこで金堂先輩は頭を掻いて困りだした。
異世界なんておとぎ話を振られたら流石に信じにくいのはそうだろう。
「本当にありましてよ。これを見なさいまし」
ユーハは指を向けた方向へ自在に風を操り金堂にそれを体感させる。
「妖風の思うように風が流れて……その力はいったい?」
「ヌミノース世界で得られた力ですわ。ともかくこういうことさえできるのだから異世界はあると思ってくださらないと困りますの」
「む、まあ思うとしよう。っと、待て、いつぞや俺を吹き飛ばしたのはその力でか!」
「おーほほほ、今更気づきまして」
「ユーハ、今は煽るのやめて」
「ぬ~分かりましたわよ。しかし今回はあっちの世界で何を作ったんでしょうね?」
「ん? 作ったってなんだ?」
「ああ、ヌミノース世界に行くにはあちらの世界にある景色や建物を認識する必要があるんです。勿論、完全に想像することはできないけれど漠然とそういう風に捉えることが大事で。例えば目の前にビルがある場所ではヌミノース世界で塔が建っていてそれに支配されている構図と関連付ける感じです」
「なるほどな。理屈はわかった」
「ん~、学校を覆う形状的にドーム?」
そう認識してみるも反応はない。という事は違うのだろう。
「あまり目の前の瘴気は気にしないで考えた方がいいかもね。いつもなら見えないものだし……城や収容所とか?」
これも反応がない。
「ダメですわね。そもそも認識を一致させるのって結構難しいですわよね」
「だからこそ本来は誰も入れないわけだし。誰でも入れるならヌミノース世界に大量に人が迷い込んでしまう」
そんな話をしていると金堂先輩はしばらく推敲した上で思いついた答えを口にする。
「……プラント……水溶施設」
その認識があっていたため、俺たちはヌミノース世界へと飛ばされることとなった。




