第8章【タイムリミット】①
6月16日、土曜日
他県の高天原の本家にある神社に座する総代の元に協力関係にある代表者が一堂に集められた。
そこには俺と船田社長も加わっている。
議題は当然、アドナイ・アラーが3日前に自らの特集と同時に起こした身内の腐敗を外圧にて正すパフォーマンスを始めたことについてだ。
昨日、一昨日とテレビ局は汚職した政治家の事故死を報道した。
そして今日の昼頃にもまた一人、事故死が報道された。
つまり1日ごとに一人始末している。
「……まるで処刑パフォーマンスだね」
そう船田社長が今の状況を例えた。それに俺は続く。
「日本の議員数は700人を超える。1か月殺し続けたとしてもたった30人しか減らない。けれどその1か月で世論は大きく動く。今日の時点でこれが続くものだと確信した国民の中には娯楽感覚で次の事故死を楽しみしているものもでてくるでしょう。これが増え続けたらどうなると思います?」
そう指摘することでここにいる者すべてが悍ましい未来を想像したことだろう。
皆の気持ちを代表するように総代が口を開く。
「道徳ない世界に堕ちような、日本は」
「はい、そして外圧という認識も脅威から頼るべきものに変質してしまう」
「そうなれば最後、国民は外に権利を預けることを容認しそのあとすぐに奴隷にされような。……時間は残されてはおらぬか。待てば待つほど国民の心証はアドナイに傾きこちらのクーデターを認めなくなる。とはいえ早急にクーデターを始めるとしても……」
総代は俺を見据えながら目で訴える。
分かっている。ヌミノース世界のことだ。
エリシアに講師を頼んで高天原に在籍する適性者を育ててもらってはいるが、総代の顔を見るにまだヤハウェイに対抗できるほどの十分な育成はできていないのだろう。
ここにいる代表者はすべてクーデターのことは知っている。
けれどヌミノース世界やヤハウェイのことは総代と俺と船田社長しか知らない。
他の代表者のことを信用していないわけではないのだが、異世界のことまで知らせてややこしく考えさせても会議が停滞するため教えていないのだ。
「今より1か月以内にクーデターを決行する! それ以上は世論が持たぬだろう」
総代はそう決断せざるを得なかった。
そしてヤハウェイの対応策はそれまでに仕上げなければならないということでもある。
各自、1週間後の再会議までに打開策の案を考えよ。という命で会議はいったん終了となった。
ただ当然、俺と船田社長は残り、総代と話を続ける。
「……3週間ぶりですね」
「そうよな、3週間も経った。高天原の中でも覚えの良いものを選出したのだが……おぬしが貸してくれたエリシアという少女が言うにはどれも覚えが悪いとのことだ」
「覚えが悪い?」
「わしは異世界に立ち入ったことがないから分からぬが、救世、おぬしとその仲間と比較して成長が著しくないのは確かだろう」
「……分かりました。あとでエリシアに会って詳しい話を聞き対応策を講じます」
「そうしてくれ。船田社長、聞いたようにクーデターは1カ月以内に始める予定だ。だからここでおぬしに当日操ってほしい案件を記したこのデータファイルを授ける。目を通しておいてくれ」
総代は着物の裾からデータチップを取り出してそれを船田社長に手渡した。
「確かに。あとで目を通していきます」
◆
本家の神社へ立ち入るには表の長い石階段を上るのが一般的だが、それとは別の経路がいくつか用意されている。
人が潜れる程度の大きさの赤い鳥居が並んで道となっている場所がある。
鳥居をくぐれば異界に繋がるという伝承はよくあり、そういう認識はしやすい。
ただそれだけではヌミノース世界には行けない。
今見ている鳥居がヌミノース世界の何と繋がっているか?
鳥居は木々が立ち並ぶ森の中にある。
昼であっても涼しげであるものの湿度が少し高く重々しい空気が場所によっては漂っている。
とすれば潜った先は外であるのか? 否、自然しかない世界であり得る場所といえば中だろう。そう、外と通じる湿った洞窟であるなら条件としては重なる。
そこまで認識すると俺はヌミノース世界に飛ばされて暗い岩でできた洞窟内にたどり着いた。
そこにはエリシアがいた。
そして20人の教育中の適性者もおり、彼らは岩壁にもたれて息を整えている。
「久しぶりエリシア」
「キューセイ、そういえば今日は会議だって総代が言っていたわね。あなたもここに呼ばれていたのね」
声をかけて振り向いて彼女は少し気が滅入っている顔であった。
そのことからも進捗は良くないのだろう。
「アドナイがああいう手を打ってしまった以上、1カ月以内にクーデターをするしかないって決断になってしまった」
「まあそうなるわよね」
「ここまで蓄えてきた軍事力と兵力、そしてクーデター後の国の運営をしていくための人材はすでに整っている。だからいつだってできる。急かされて困るのは……」
「分かっているわよ。この子たちをそれまでに仕上げないとダメなんでしょ。ただハッキリ言うけど無理よ」
「俺たちが力を得てから君と出会うまで3週間前後だったはず。それと比べてどうなの?」
「半分の成長ができていればいい方ね。一応全員契約まではさせられたのだけれどまだ力を上手く引き出すことさえ安定していないわ」
「……君の教え方が下手じゃないというのはウリエルと戦う前にユーハたちに教えたのを見ているから知っている。だとしたら何が原因なんだろう?」
「才能は有るでしょうね。あなたとユーハは特に抜けている。ただリルルとシュンノスケも十分凄いのよ。大天使と戦い抜けた境遇が大きいのかしら?」
「とはいえ今の彼らを大天使と戦わせても……」
「死ぬだけよね。強敵に遭遇すれば危機感から力を引き出しやすくなるのは当然よ。けれどそれをしなくても契約した存在を上手く扱う意識を持てれば自然と上手くはなれる」
「けどその自然と上手くなるペースにさえ至っていないと。分かった。俺の方でも改善案を模索してみるよ。二日後に連絡する」
「あてにしているわよ。そういえば悪魔化の進行はどうなったの?」
「ああ、そのことなんだけど魔階層に赴いて契約した輝ける悪魔……ルシフェルを従えることで力の制御を取り戻せた」
「魔階層にいけたの! それは驚きよ! しかも悪魔の王に打ち勝つなんて」
「いや、ルシフェルは元々勝つ気がなかった。従えられたのは本人の思いを受けいれたというのが大きい」
「ああ、なるほどね。けどそれって……」
「ん? どうしたの?」
言うか言うまいか迷ったエリシアだが、言わないで惨事になるよりはいいと判断して答える。
「キューセイ、あなたが力を制御できたのは進行が止まったからじゃない。むしろ逆よ、ルシフェルとより1つとなることで……悪魔に近づいたからこそ制御が容易になった」
「どうしてそう言える?」
「私が証明よ。私も一時期力の制御が上手くいかなかった時があったの。けれど完全に吸血鬼化した時にはそれがなくなっていた。勿論、ヌミノース契約と魔階層の契約では違うところもあるだろうけど思い違いには気を付けなさい。でないと痛い目見るから」
「忠告ありがとう。けど仮に悪魔化が進んでいるとしてもかまわないんだ。ルシフェルは本来俺に戻るべき力だ……他の悪魔たちだって……ヌミノース世界の自然概念だってそうだ」
「あなたまさか……」
「ああ、唯一神を倒す。そして世界をあるべきへと戻す。少なくとも悪魔たちは還してやる。それがルシフェルと俺の更なる契約だ」




