6章⑤
悪魔が跋扈する世界……これに負の印象を抱き想像するのが普通だろう。
悪魔とは人を誘惑し貶めるもの、邪悪な存在で禍々しい姿をしている。
そんな悪魔がひしめいている世界は暗くおぞましくそして許されないと。
……しかし、そんな想像は実態を知らないが故の想像でしかない。
契約し本来の人の在り方を得た今だから分かる。
悪魔とは己が心の悪意そのもの。
人はそれを見つめ制御することで強さを得られる。
それを認めずに追い出せば自らの弱体化に繋がる。
すなわちこの魔界層にいる悪魔たちというものは、実際は許されない存在でもなんでもなく、人に還るべき存在なのだ。
光の渦を潜った先には想像とはまるで違う景色が広がっていた。
透き通るような光が空を包み白き大地を照らし続ける。
自然となる植物はまるでない。
しかし空気は悪くなく息苦しさは感じられない。
目の前には城下街があったため、俺たちはそこに立ち入る。
灰色の石とそれを固める砂で作り上げた建築物ばかりで古代とも言える街並みだ。
そこに暮らす悪魔たちの姿は……まあ見てくれがいいものは少ない。
姿に統一感はないが禍々しい。
しかしそれは当然なのかもしれない。彼らは本来、人の心に掬っていた悪意なのだから清浄な見た目なわけはない。
けれどその人柄は正直で裏がなく、街の人々が漂わせる空気というものは明るく現実よりいいものであった。
「……魔階層というわりになんかとてもフランクな場所ですわね」
「だね、見た目は怖い人ばかりだけどオーラがなんかいいよね」
「むしろ現実よりいいまであるだろ、この街の空気。なんだこりゃ」
ちなみに俺はこの世界に来た瞬間に悪魔の姿に自動変身して解除ができなくなっている。
逆にユーハは自動的に人間の姿に戻されて変身できなくなった。
シュンノスケ、リルルもこれは同じだ。
予想していた通り、契約者が契約した世界以外を訪れると能力に制限がかかるようだ。
悪魔化が解除できないのは少し気になるが……
街へと入り少し進むも、周りの悪魔たちは特に警戒の視線を向けてこない。
悪魔化している俺はともかく3人は人間の状態だから奇異に映るだろうに。
だから俺は近くの悪魔の男に尋ねてみる。
「すみません、あえて言うのもおかしいことなのかもしれませんが俺の連れ3人は人間です。この魔界層では珍しいでしょう。なのにどうして誰も珍しく見てこないのです?」
「ん? どうしてってそりゃ敵意がないからな。この世界で嘘つきは体から特有の瘴気を漏らす羽目になるんだよ。それがないあんたらは例え人間だろうが警戒に値しない。それだけのことさ」
「……なるほど、教えてくださり感謝します」
「おお、というかあんた似ているな」
「え、誰に?」
「ルシフェル様だよ。まあ若すぎるから貫禄はないがな」
「ルシフェルはこの城下街を治めているんですよね。どこにおられます?」
「そりゃ中央の城だよ。会いたいんなら行ってもいいが会えるとは限らないぞ。なにせ今はお忙しいからな」
「そうですか、重ねての助言感謝いたします」
その悪魔の男の会話を終えた後、俺たちは話し合う。
「彼の話の通り、この世界は嘘を付いてはいけないことが前提になっているようだ」
「なんでそんなことになっているんですの?」
「恐らくルシフェルがそうしたんだろう。太陽もないのにこの世界中の空に満たされる光は恐らくルシフェルのものだ。普通の光ではないから嘘をつくとそれが分かるようになっている。契約者の俺にはそれが何となくわかる」
そこでシュンノスケが少し思考を巡らせたあとに語る。
「嘘が付けないって結構大きいよな。騙しあいが一切ない。だから相手の言っていることが100%本心だって分かる。深読みしなくていいからストレスないよな」
「あ、確かに言えてますわね」
「うんうん」
「ま、その代わり意見が対立したら平行線な気がするがな」
「いや、それはないと思う。対立してもそこに妥協点が見つかって折り合いが見つかるなら納得は生まれるし、それが本音として扱われるなら嘘にはならない。この街は古代的だけれど規模や治安の良さを見るにそれがないと流石に成立しないはず」
「あーそうかもな、それも何となくわかるってやつか」
「うん、けどこれは契約だからというより思考が近いからなんだろうけど。……恐らくルシフェルは唯一神と天使ども……ザックリ言えばヤハウェイの騙し貶めるやり方の真逆でこの世界の統治を目指したんじゃないかな」
「なるほど、モデルケースとしちゃ面白い話だな」
「現実もこうだといいんですけどね」
「ねー、街の人……じゃなくて悪魔さんたちみんな笑顔で活気があって前を向いていて理想的だとリルルは思う」
「……」
「え、どうしてのキュー君? リルル、間違ったこと言った?」
「いや、間違ってはいないよ。けれどこれは妖精の女王が語っていた悪魔が人から切り離される以前の状態の再現にも思えるなって」
仮に唯一神が人から自然概念と悪魔を切り離さなかったら人類はどうなっていたのだろう?
文明は今のようにとはいかないまでも別ベクトルで相応に発展したのだろうか?
悪魔たちも魔法が使えるため単純な人の古代時代とは異なるわけだが、それでも魔法が使えてそれを研鑽させていけばこの城下街はもう少し発展していてもおかしくないはず。
「……いらない関連付けだったかも。気にしないで。さあ、ルシフェルのいる城を目指そう」
◆
城の門前まで進むと一度は門番に止められるも、俺の姿がルシフェルに似ていることに気付いてか彼らは敬意を払い、門を開けた。
場内の案内係に最短で王の間へと案内され俺はようやく己と契約した輝ける悪魔をその目に映すことになる。
「ようやくとしてきたか。我が半身よ」
確かに姿は悪魔化している今の俺に似ている。
白髪に黒い肌色で頭には立派な悪魔の角が生えているところまではそっくりだ。
その翼は堕天したことで黒く塗りつぶされている。
年齢差もあって精悍で貫禄あるところは流石に似ていない。
子供と大人の差を鑑みるとそこまで似ていないように思えるが、他人からすれば似ていると思う理由は直接的な姿だけの話ではないのだろう。
邪悪な悪魔の王たる姿であるのに輝いているようなオーラがある。
真実を与える威光とも言うべきか。
その概念が俺と同じなのだろう。
「半身か……分かたれた覚えなどないのだけれど」
「それはそうだ。そなたは紛れもなく人から生まれた子供に過ぎない。逆だ。我が力を分け与えたからこそ半身となった」
「なるほど、器という事か」
「然り……前座興はこれくらいとしよう」
「多忙な身のようだからね」
「皮肉を言える気概があるならばまだ当分は保てよう。……力の制御が上手くいかなくなっていることであったな」
「ああ、俺を通じて現実での情勢も察しているだろうけれどこのままではクーデターまでに万全の状態で挑めない。だから制御し直す方法を……」
そこでルシフェルは重低音な声質で「ククク」っと苦笑する。
「? 何がおかしい?」
「いや、純粋だと思うてな。物事の本質を理解し聡く行動できるというのに事、内側には甘い。我がいつそなたの味方であると言うた?」
「! なら何のための契約だ?」
「ただそなたに力を与える契約それだけだ」
そこで俺は自らの見落としに気付かされる。
力を与えてくれるのだからルシフェルは少なくとも敵ではない。
けれど最終的に目指す先が実は違うのではないかということに。
「制御の方法は簡単だ。本来の人がそうであったように己が悪意を従えればいい。すなわち我を倒せば制御は完全なものとなる。だがそれではより強き契約を結びそなたの悪魔化進行を速めた意味がない」
「進行を速めることが目的だったとして俺をどうしたいんだ?」
そこでルシフェルは玉座から立ち上がり俺を見据える。
「この世界に来たならば察せよう。我は魔階層全土の空に真実の光を放出し続けている。それはすなわち己が命を削り続けているに他ならない。そろそろとして変わりが必要であった。それがそなたというわけだ」
「いきなりそんなことを言われて俺が納得するとでも?」
「せぬだろうな。故に語ろう。それが成されずに我がついえた場合、魔階層は夜の世界になる。そうなれば嘘が叶う世界となり秩序は崩壊するだろう」
「それは俺も望むところではない。けれど俺は現実を変えなきゃならない。ヤハウェイの支配を砕かなければ」
「そう、それが最優先なのは我とて同じよ。しかしとしてクーデターを成功させて日本を変える程度では何も変わりはしない」
それはもっともな意見だ。
日本の防衛が上手くいっても世界すべてを支配しようとするヤハウェイの組織は残り続けるのだから。
「ヤハウェイの本部そのものを壊滅させろということか?」
「違うな。本部を物理的に壊滅させられても唯一神との契約の概念は残り続ける。時が経てば新たなヤハウェイが生まれるのがオチだ。すなわち……」
「唯一神そのものを殺せということか」
「そうだ。現実のネットワークインフラの発展もあってヤハウェイの実効支配は加速することとなった。しかしそれは理由付けに過ぎない。本質は唯一神の寿命が残りわずかで猶予がないこともある」
「なら頬っておいても……いや、まさか……お前が俺を依り代とするように唯一神もまた……」
「そうだ、やつもまた依り代候補を見立てている。それを倒さなければ唯一神の延命を許すこととなる。そうなれば今世紀どころか果てしない未来まで唯一神の寿命は尽きないだろう。だからこそこちらもそなたを依り代にする他なくなる」
「けれどこの機の実効支配を許せば人類が反旗できる隙は恐らくは永遠にない」
「だろうな。そなたを依り代にしたところで希望はもはやない。故にそなたも寿命が尽きる前に新たな依り代を見つけて継がせるだけになる」
「それは意味がないことだ」
「そうだ、だが魔階層は存続される。これはこの世界の王としての責務だ」
「……分かった。どの道として最善は唯一神を倒す。そうだろう」
「然りだ。そのためにも我を従えてみせよ! 唯一神を唯一として恐れさせた我を超えられぬようでは倒す見込みもない」
「いいだろう」
ルシフェルの臣下である悪魔たちは事前に話をして納得していたためか、壁際に寄り観戦する姿勢を見せた。
「皆も下がっていてくれ」
「一人で勝てるんですの?」
「分からない。けれどこれは俺の戦いだ。だから一人でやらせてくれ」
「……分かりましたわ」
「キュー君頑張って」
「勝てよ」
3人も了承して壁際に寄り観戦する姿勢に入った。
「さあ、始めるとするか。半身……いや、明星救世よ。今まで歩んできた己が旅路を輝きとして我にぶつけて見せよ!」
従えてみせる。己が目的ためにも、世界のためにも。




