6章④
妖精の都に到着し、妖精の女王に久しぶりの挨拶とシュンノスケとリルルの自己紹介を済ませたあと俺の事情を話した。
「……契約した輝ける悪魔が俺のためを思って魔階層へ堕ちろ、と告げたのならそこに行くしか能力を制御し直す術はないと思う。けれど300年以上生きている俺の仲間曰く、100年前には行けたはず魔階層には既に行けなくなってしまっているようだ。今までの戦いの中でヤハウェイの施設にいくつか侵入して資料もそれなりに見たけれど魔階層や神階層に行く術は見当たらないためそれは確かなのだろう」
「しかし完全に行く術がないとも思えない。だから私の元を訪れたのですね」
「ええ、常にヌミノース世界にいてかつ過去に魔階層との契約者を見ているはずのあなたなら何か知っているのではないかと」
そこで女王は俺を見据えてしばらく沈黙した。
そのあと決断したように頷いて口を開く。
「確かに私は過去にあなた以外の魔階層との契約者との面識が何度かあります。だからこそあなたの刻印が魔階層のものということに気付けましたし驚きもしました。唯一神の奇跡によって魔階層への出入りができなくなっても契約はできるのだと。そしてその契約相手がよもや魔階層を治めし長であるルシフェルだということも。ええ、十分に警戒すべきという印象でした。けれど今までのあなたの行いによってそれは覆された。あなたたちの活躍によってヌミノース世界における敵の侵攻は停止するまでに至りました。熾天使であるウリエルまでも倒されたことが影響しているのでしょう。故にあなたを信用してお答えしましょう」
「女王……ありがとう」
「私も直接試したわけでもないためこれから語ることを試しても絶対上手くいくとは限りません。ですから……」
「自己責任は覚悟しています。構いません。お聞かせ願えますか」
「分かりました。まずですがあなたたちから仲間より聞いた唯一神の歴史には曖昧だったり、少し誤った部分があります。それを整理しましょう。本来、世界から自身以外の神、人の心に掬う悪魔、自然概念、その3つを分離させるような大仰は神々の総意がなければ成し得ない奇跡です。ですが他の神々の多くがそれらを認めるはずもない」
「確かにそれはそうですね。どうやって認めさせたんでしょう……あ、騙したとか?」
そのユーハの思い付きの答えに女王が頷き驚かされることになる。
「ええ、マジですの!」
「唯一神とはそういう存在なのです。自身が唯一なる最上位となるためならば狡猾に騙し貶めることも辞さない。やつは初めに人の心に掬う悪魔たちに目を付けました。かつての人は……自らの心に宿る悪魔と向き合い己を正す生き方をしていた。だからこそ強かった。しかし向き合えない弱い人間もまたそれなりにおり自らの悪魔に心を食い殺されて死ぬ者もそれなりにいた。だからこそ繁殖が上手くいかずに世界は未開拓のままが続いていた」
「だから悪魔を切り離したんですね」
「ええ、それで人類の繁殖は飛躍し世界中にその種が芽吹いた。そしてそれを成した唯一神は神々の中で称賛と褒美となる独断の権威を得たのです。だがそれこそが取り返しのつかない過ちだった。ほどなくして唯一神はその権威を行使し、神の世界を分割、自身以外の神々を分割した何もないほうの世界へと隔離した」
「その何もないほうが神階層なんですね。そして何もかも機能がある神の世界で総意のいらなくなった唯一神は完全に人々を支配下に置くために自然階層を神の奇跡で切り離した」
「その通りです。ですがここで思わぬ誤算が唯一神に生じました」
「というと?」
「神の奇跡で世界の概念そのものを改変するには相応の対価が必要で、本来なら数多の神々が自身の存在……命をわずかにだけ消費しあって成すもの。しかし神々を隔離する段階はまだしも自然概念を切り離すのは己が命を相応に消費して行わなければならなかった。その結果、奴は大幅に寿命を削る羽目になった」
それはそうか、そしてここまでの前置きで彼女が何の可能性を指し示そうとしているか検討が付いてきた。
「当然ですがこの時点で3つの世界は行き来できる状態にありました。だからこそ唯一神はこれらの同盟を恐れて100年前にさらに奇跡を行使します。それが世界の行き来を封じる封印の概念というわけです。しかしこれを完全として敷く命の残量はもはや唯一神には残っていなかった。だから条件付きでの行使となったのでしょう」
「その条件とは?」
「まずですがキューセイ、あなたがそうであるように神階層や魔階層との契約がヌミノース世界で行えることまでは封じられない。そして魔階層の契約者が契約した悪魔と同座標に近い場所にいる場合は行き来ができるということ。神階層の契約者の場合もこれは同じです」
「つまりヌミノース世界と魔階層の同座標に俺とルシフェルがいるなら行き来はできると?」
「はい」
「貴重な情報提供感謝いたします。ただ、1つ疑問が」
「なんでしょう?」
「今の話が正確な歴史ならヌミノース世界は最後に生まれた世界になる。とするならあなたが世界の誕生と共に生まれた最古の妖精だとしても神々の歴史を知らないはず。それなのにどうして?」
「簡単な話です」
そこで女王は背を向けて自身の背中に刻まれた刻印を俺たちに見せた。
「契約……」
「例外中の例外ではありますが、ヌミノース世界の生命も最古の存在に限っては契約ができるのです。名は伏せますが私は神階層の自然神と契約を果たしその神から神々の歴史を知らされました」
女王は再び正面を向けて忠告する。
「このことは唯一神でさえ気づいていないでしょう。それをあなたたちに聞かせた意味は分かりますね?」
それだけ賭けてくれいるに他ならない。
もし唯一神がこのことに気付いてしまえば、まだ世界の行き来の方法を知る、そして神々との契約も成し得ている最古の存在たちを部下である天使たちに襲わせようとするのは間違いないのだから。
「分かっています。ヌミノース世界の時間は現実の6倍、とすると何千年もの間、あなたたち最古の存在はこれらを秘匿してきたことになる。果てしない時間を耐えてきた……」
「ええ」
「ならここで約束しましょう。俺は必ず力を制御し直して戻ってみせます。そしてあなたたちが耐えることもなく自由に生きられる明日を得られるためにも戦うことを」
すると女王は今までにない驚きと笑みを見せてくれた。
「ふっ、そうですか。過去に見てきた魔階層との契約者はどれもかつての人のように強かった。しかしあなたは強いだけではない。他者に自由を与えようとする思いやりがある。だからこそ選んだのでしょうね、ルシフェルは。あなたなら……」
その先を言いかけて女王は口をつぐんだ。
「あなたならなんですか?」
「それは直接本人に尋ねた方がいいでしょう」
「……そうですね。では行ってきます」
「行ってらっしゃい。ああ、同座標に着くための方法ですが、契約した悪魔と交信してその感度が最も高い方角へと向かうほかありません」
「でしょうね」
……例外中の例外か…………確かにこのヌミノース世界で生まれた新たな命が神々との契約などできるわけもない。けれどそれでも彼女は成し得た。その理由はどこにある?と考えた時に俺は仮説を思いついた。
もし最古の存在が元は人間であったなら……ヌミノース契約をして長い月日の中で完全にその姿を自然階層側に溶け込ませたとしても元来の人間としての魂を有していることに変わりはない。そして神階層との契約もできる適性も持ち合わせているなら2重の契約も契約する神が許す限りは可能なはず。
2重に契約すれば単純能力も倍になると思われるが、彼女はそれを教えてくれなかったあたり実際のところは俺をそこまで信用していないのか……あるいは何かしらの代償があるため言う必要がないと判断して濁したのだろう。
◆
妖精の都を出て俺は目を瞑って契約した輝ける悪魔 ルシフェルとの交信に集中する。
——そこより南東へと進め。その果てに我が座する城へと堕ちられる標があろう――
「……南東に進もう」
妖精の森を抜けて雷雨が酷い断層地帯へと足を踏み入れる。
そこで再度交信すると先ほどより鮮明にルシフェルの声が聞こえてくる。
——もう少しだ、その先にこそ――
断層地帯を抜けた先には海辺が見える崖までたどり着いた。
「行き止まりですわね」
「魔階層への入り口なんて何もないよ」
「場所は合っているのか?」
3人に問われて俺は頷く。
「ああ、ここが最も交信がクリアに聞こえる同座標で間違いない」
俺は崖の先にまで来て海辺を見下ろす。
すると真下に光の渦を発見した。
「あった、あそこだ」
「え、何も見えないよ」
「海の底に何か見えたのか?」
俺が指差すも3人には光の渦が見えないようだ。
つまり唯一神は出入りできる門を封じたわけじゃない。
ヌミノース世界にいる生命から門を見られる認識を奪ったんだ。
「ああ、そういうことか。俺には真下に光の渦が見えている。恐らく魔階層の契約者だから見えているのだろう」
それで3人は一応納得してくれたようだ。
「恐らく俺が最後門に入るまで光の渦は消えないはず。けれど証明もなく、そして飛び降りろというのも難しいだろう。だからユーハは変身して二人を抱えながらゆっくり降下してほしい。それでもし門を潜れずに海に浸かったら今度はリルルが変身して二人を沖に運んでほしい。3人とも門を潜れたら俺もすぐに飛び降りる」
「分かりましたわ」
手筈通りユーハは妖精の姿に変身して二人を抱えて崖からゆっくり下降する。
光の渦までくると3人の姿はその中に飲み込まれて消えていった。
つまり移動に成功したということだ。
そのため俺も飛び降りて光の渦の中へと入っていったのだった。




