6章③
5月27日、日曜日
筒田が渡されていた特殊なプログラムのコピーを手に入れた俺はそれを解析してもらうためにAIシップエンジニアリングへと赴いた。
ちなみに今回ユーハは久しぶりに日曜に司会のおねーさんの仕事が入ったため来られないため一人だ。
1時間ほどで解析が済み、その結果を社長室で俺と船田社長は話し合う。
「うちはIT分野でそこそこ上澄みでいたつもりだったんだけどね……プログラムに限ればこれは2世代先を行くものだ。ま、集団の無意識を操作できるほどのものなんだそれほど高度でないとむしろおかしいかな」
「しかしそうなってくるとおかしいですね。そこまで高度なプログラムを作れるなら電子ネットワークインフラ関係も、それに対応したものを国家主導で作ればいい。わざわざ既存設計の通信基地局にスカウトしたメンテナンスの人間にプログラムを入れ込ませるというのは効率的じゃない」
そこで船田社長は俺を見て「まあそうだよね」と頷く。
「どうかしましたか?」
「いや、君は賢い子だけどこのあたりの専門的な見解判断はやっぱできないよね。と思ってさ」
「ええ、だから頼りにしています」
「フッ、少し嫌味を込めて言ったつもりなんだけどまあいいか。恐らくだけどヤハウェイは自前の物資生産をしない主義なんじゃないかなって。うちも直接的にはしていないよ。新規AIの試験のために使う現物生産は協力関係にある開発工場に任せている」
「やはりコストカットの問題ですか?」
「そうだね。それに現物の生産は材料の管理やら面倒だから。ただヤハウェイはこの2つの問題があるからという訳ではないと思う。自分たちが何かをしている証拠をできるだけ残したくないんじゃないかな。だから既存にあるものを利用する」
「なるほど、それなら納得はいきます」
「そういえば筒田という男には本当に何の監視も付けていないのかい? 危険だと思うが」
「意識を視る限り大丈夫だと思います。基本的に性欲が満たされていれば割り切る男だ。満たされないと荒れますが。ヤハウェイから支給される金銭で風俗通いを続けられることが大事なようですから自身の契約が解除されていないように振舞うでしょうし、同じヤハウェイの下っ端だと思い込んでいるこちらがチクるような敵対行動もとらないでしょう」
「はは、風俗通いが生きがいか……まあうん、女性と触れ合うことは大事だよね。でもなんかなぁ……」
「呆れますが放置しておきましょう」
「そうだね。さて、クーデター当日にこれを使われると厄介だ。仕込まれた全ての通信基地局が筒田の知る限りなら事前の無力化も可能だろう」
「そうですね、筒田が知る限りは……本当の意味で全てを知るのはやはり営業相手であったアドナイ・アラー」
すると船田社長は引っかかりを覚えて俺に聞き直す。
「済まない。その営業相手って外国人だよね」
「はい。筒田から聞いただけなのでスペル分かりませんが。本人も中東系の外国人とは言っていましたし。どうしました? 何か気になることでも?」
「ああいや、鳳凰堂の引継ぎをしたと僕のところを訪れた若い与党の議員のことは話しただろう。実はその男の名も似ているんだ。亜土内 新って書く。見るからに中東系で通名持ちの帰化議員で、「そうなのか?」と聞いたらそうと答えてきたよ」
「同一人物ということですか? アドナイの会社であるイエス・エホバッセはヤハウェイの息がかかった会社でしょうし。……ヤハウェイ内での人事異動で営業が政治家になる? それも明らかに目立つ中東系が選挙も通さずに……」
「本来ならあり得ない話だよ。国会議員というものは原則選挙で選ばれた人間がなれるものだし。ただ多くの民衆が本来いないはずの人間がいるようになったとしてもそれを皆気付けるだろうか?」
「メディアが認知度を操作すれば急にアドナイという人間が生えてきても騒ぎにはなりませんね」
「そういうことさ。そこまでやっているようなら本当に選挙さえも意味のないものとなっているよね。この国は。君らが生まれる前、僕らが学生だった頃はまだマシだったんだけどね」
「高天原の教育でそれは知っています。ここ数年ですよね。政府の欺瞞が露骨にひどくなってきたのは」
「うん、やはり大本は行き過ぎた資本主義によるグローバル経済への移行風潮と外資支配の実現化かな。世界は繋がりすぎた。この分野に携わっているからこそわかる。AI技術の進歩もあってネットワークはもはや地球全ての人々の情報を統括できるほどになってしまった。だからこそヤハウェイは実効支配に乗り出したのだろう」
「世界が違った道を辿っていたなら……いやそれはないか。唯一神は人から自然概念と悪魔を切り離し、自身以外の同じ神をも別の世界へと追いやった。その時点で人が機械による文明発展を求めてここに至ることは必然だったのかもしれない」
「へぇ、その話は初耳だね」
「エリシアがそう言っていたんです」
「おとぎ話のようだけど今の世界を見ていると随分と合理的な話にも思える。不幸中の幸いか、僕らはこうして対策を話し合えている。何かが掛け違えていたらそれすらないどころか気付くことさえもなく支配されていたんだっておもうとゾっとするよ」
「ええ」
「次はそのアドナイに接触するかい? そうなら僕の方から理由を付けて彼を呼び出せるが?」
「いえ、やめておきます。外務大臣の立場を即座に継げる次点でアドナイの天使としての階級はウリエルと同等以上の可能性があります。エリシアを講師として貸し出している状況ですし……仕掛けるなら万全の時がいい」
「そうだね。じゃあ何をするんだい?」
「魔階層に行ってみようかと」
「名前からして悪魔の世界かな? そういえばヌミノース世界以外への行き方ってあるのかな?」
「エリシアに聞く限りは現状ないようです。けれど俺のこの力は悪魔との契約から得られたものだ。つまり繋がりが全くなくなったわけでもない」
「仮に行けたとしてどうするつもりだい?」
「実は今、力の制御が上手くいっていないんです。それを制御し直すためには契約した悪魔と直接向き合って従えるしかない……と思うんです」
アイカがアマテラスと再契約できるか試すためにヌミノース世界に赴いた際に、実は俺の心の内には輝ける悪魔の声が届いていた。
——魔階層、我が治めし世界へと堕ちてみせよ――、と
無視して現実世界で力を使っていたら制御できずに悪化していった現状を考えると、俺のためを思って発したものだったのかもしれない。
「そうか、万全どころかボロボロなわけだね。それは強敵とは戦いたくもなくなる」
「お恥ずかしながら」
「一人で行くのかい?」
「はい。恐らくヌミノース世界の契約者であるユーハたちにはヌミノース世界で変身できなかった俺のように何かしらの制約が付くでしょうから」
「そうだね。仲間を危険に晒すようならそれはしない方がいい。ただ連絡は入れなさい。黙っていくのはナシだよ」
「はい」
その夜、俺は初めてヌミノース世界へと行くために利用した森林公園の池へと来ていた。
エリシアは知らない。けれど妖精の女王、彼女なら知っている可能性があるからだ。
「久しぶりに妖精の森に行くならあたくしも行きましてよ」
向かおうと思った矢先、後ろからよく聞いた愛しい声がする。
「ユーハ、どうして?」
「それはこっちのセリフでしてよ。船田社長から事情は聴きましたわ。私たちの能力が魔階層だと落ちるから連れて行かないってド気真面目ですわね~」
「分かっているなら来るべきじゃない」
「ったく、もう少し俺らを頼れってんだ。最近マシになって来たと思ってたがまだまだだな」
「シュンノスケ、リルルまで」
「水臭いよキュー君、仲間なんだからさ、一緒に行こうよ」
「繰り返すけど俺以外は制限がかかる可能性が高いんだよ」
「それを言ったらさ、今までキュー君の方が制限かかっていたわけじゃん。でもキュー君それを言い訳にしなかったよね」
「それは……」
「なら私たちも言い訳しない。それでいいよね?」
それに俺は言い返せなかった。
「はは、リルルに言い負かされるお前が見られるとは来てよかったわ」
「ですわね、貴重なシーンでしてよ」
「二人とも……はぁ」
こうなってしまったら3人とも引き下がりはしないだろう。
「分かった。一緒に行こう。皆のことは俺が守る」
「そうそう、しっかり守りなさいまし」
「おいおい、負担あんま増やすなよ。俺は足手まといになるつもりはねーよ。ちゃんと連れてきてよかったくらいのことは言わせてやる」
「リルルも頑張るね。あっちでも皆を回復くらいできるといいな」
こうなったら旅は道連れだ。
俺は新たに、皆で魔階層へ赴き、必ず自らの力を制御し直す術を手に入れて、皆で帰り切る覚悟を決めた。
そして俺たちはヌミノース世界へと入り、妖精の森にいる妖精の都に住まう女王へと会いに向かったのだった。




