5章⑦
5月22日、火曜日
消耗が激しすぎて結局2日も学校を休むしかなくなってしまった。
昼になる頃にはようやく体は上手く動くようになってきたため家から出てスマホで仲間たちに連絡を入れる。
シュンノスケとリルルはただ「良かった」とねぎらいの言葉を返してくるだけだったが、ユーハは「あなたがいないと生徒会の仕事が滞るから放課後には来るように」と催促が返ってきた。
「相変わらずだな」
放課後あたりには学校に向かおう。
けれどまだ時間があるため、俺は近所の神社……アイカの自宅に赴いた。
すると玄関からアイカが出てくる。
彼女もまた回復して動けるようになったから外に出たくなったのだろう。
「あ、キューセイ君」
「アイカ……こんばんは」
「うん、こんばんは。昨日は全然動けなくてね……今日の今やっと調子が戻ってきたところ。キューセイ君はどう?」
「同じ感じだよ。それで仲間に連絡を入れたらユーハに生徒会の仕事をしに学校に来いって言われてしまった」
「あはは、容赦ないね。生徒会長さん」
「ああ」
「でも行くんだ」
「成り行きで所属してしまったものだけれど案外向いているというか……うん、意味を見いだせる活動ではあるよ」
「そうなんだ。良かったね」
他愛ない会話はこれくらいでいいだろう。俺は本筋に入る。
「ああ……アイカ、分かっていると思うけれどこの場所で最初に骸骨天使に襲われたあと、俺は君に嘘をついた。それは夢だと」
「うん、けれどそれは私を巻き込まないためだよね。だから責めはしないよ」
「ありがとう」
「それでさ、私はもう知ってしまった。それでキューセイ君の力になりたいとも思っている。それならお爺ちゃんも納得するし、婚約の話も保留にしないでいい」
「そうだね。それらすべて含めて総代に相談しなければならない……のだけれど、実は一昨日の総代との会合で俺は高天原からの脱退を宣言してしまった」
「ええ!」
「決め手の要因となったのは、俺の母が携わっていた精神に干渉する研究がヌミノース世界で得られる契約者の力と関係していることにある。高天原はクーデター作戦と並行して人に善意を強制させるシステムの開発も進めていた。それが実現することを俺は良しとは思えなかったんだ」
「おじいちゃん、そんなことも考えていたんだ。そうだね、悪い人は増えてほしくないけどいい人になるように洗脳するってなんか違うよね。キューセイ君の気持ちは分かるよ。じゃあ……」
「うん、脱退するつもりだ。ただ、総代に宣言した直後にアイカが攫われた話が入ってきてせいで色々保留になってしまった。だからもう一度ちゃんと話し合いの場を設けてもらうしかない」
「じゃあキューセイ君はまだ高天原の人間なんだね」
「そうなるね。ところで視えている世界に変化はない?」
「変化? なんのこと?」
「ウリエルが施した複式契約は解除したのだけれど、正常にアイカが契約者になれたかは分からないままだったから」
「えっと、契約者になったら何か変わったって分かるんだよね」
「得られる能力によっては分かりにくいかもしれない。俺の現実で使える能力は他人の意識を視れることと、その意識を破壊することだった。けれどこれを把握するのに試しての手探りを繰り返すまでやっていたから……そうだね、分からなくてもおかしくないのかもしれない。これはエリシアに相談かな」
すると俺に何か思ったのかアイカは物珍しそうに見てくる。
「どうしたの?」
「ううん、キューセイ君変わったところもあるなって。あ、もちろんいい意味でだけど。何でも自分でやれる人だからあまり人に頼らなかったけど、今はちゃんと頼るんだね」
「うん、頼るってことは信頼だからね。仲間にはそうしていいと思えるようになった」
「頼りないかもだけど私も頼ってね」
「……無理かな」
「え~どうして?」
「冷静に考えたら仲間は全部年上だったなって。同学年以下を頼ろうと思ったことなかったから。……ああ、そうか。だからリルルトシュンノスケでいいと思ったのか。学園内で選ぶよりも頼れそうと無意識に。ありがとう。アイカのおかげでそれに気付けた」
「どういたしまして……あれ、エリシアって金髪の子、私たちより年上なの?」
当然その疑問は出てくるか。
「300年は生きているらしい」
「わー凄いおばあちゃんだ」
「……ユーハとは違った意味で嫌な反応をしそうな表現だな」
◆
放課後に学校に来た俺は生徒会の仕事に入り事務作業を進めた。
そしてキリのいいところで解散となったあと、ユーハと共にショッピングモールのカフェへと向かう。
そこには事前に向かわせていたアイカと、今日来られるかの確認の連絡を入れて来てくれたリルル、シュンノスケ、エリシアがいた。
俺もアイカも戦いの後寝込んでいたわけだから、落ち着いた顔合わせはまだできていないなと思ってアイカの自己紹介のためにこの場を用意したわけだ。
「初めまして、天童愛華です。先日、皆さんに命を張って助けていただいたこととても感謝しています」
そう切り出してアイカは頭を下げた。
「う、うう~、か、可愛い」
「そう、これが真のロリ、中身が枯れた紛い物とは違いましてよ」
リルルとユーハはアイカをわちゃわちゃと撫でまわした。
「枯れているのは否定しないけれど一々言うのなんなのかしら?」
「だってノリ悪いんですものエリシア」
「あなたたちのテンションに付き合えるわけないでしょ」
「そうですよ、生徒会長さん。おばあちゃんは労わらないと」
「あははは、それはそうでしたわね」
天然で言っているアイカとそれに便乗して嫌味を言うユーハを見てエリシアはため息をついた。
そのあとアイカはシュンノスケを見る。
長身で引き締まっていてカッコいいが裏を返せば少し怖い印象を受けているのかもしれない。
「ん、俺がどうかしたか?」
「あ、いえ」
「あ~もしかして少し怖いか? こいつらはアレだから気にしてねぇが知らない男は怖いわな。俺は春坂俊之助だ。ま、よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
「あれ、私もアレな部類なのかしら?」
「そりゃそうだろ。騒がしくないだけましだが」
「……まあいいわ」
流石に少し傷ついたのかエリシアは少し俯く。
「おばあちゃん大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
挨拶はこのぐらいでいいだろうと踏んで俺は話題を切り替える。
「大丈夫と言えば腕は治ったようだね」
「ええ、ウリエルが倒されたことが要因かは分からないけれど、その日の夜に治癒阻害が切れて再生ができるようになっていたわ。お返しに聞くけどあなたの方も大丈夫? ヌミノース世界での悪魔化は本来なら有り得ることじゃない。後遺症は?」
「他人の意識を視る能力のオンオフが難しくなったくらいかな。一度視ると以前より深く入ったみたいでオフにするのに時間がかかる」
「……そのうち切り替えができなくなったらすぐに言いなさい」
「分かっている。アイカの契約についてなんだけど複式契約の解除はできたみたいだけど本来の契約になっているかが分からない。本人も何か能力が得られた感じはないらしい。だからこのあとヌミノース世界に少しだけ入ろうかと思うんだけど」
「ああ、それを私に確認してもらいたい意図もあっての集まりでもあるわけね。分かったわ。じゃあこのあとあなたたちに付いていって少しだけ行きましょうか」
◆
夜となったアイカの自宅である神社からヌミノース世界へと訪れた。
昼間と違って光の幻はオーロラとなって周りに漂っていた。
空は快晴で月がハッキリと見えている。
であれば方角の割り出しは容易で昼間よりも安定して進めたのではないか?とエリシアに尋ねたらそうではないと返ってきた。
というのも周囲のオーロラには空間を少なからず捻じ曲げる作用があるらしく、方角通りに進んでも空間が曲がっているから正確にその方角に行けないとのことだ。
「……そういう訳だから確かめ終わったらすぐに戻るわよ」
「はい」
「じゃあ意識して力を使ってみなさい。契約できているなら自然と使えるはずだから」
そうエリシアに促されてアイカは力を使おうとするも何も起こせない。
「……ダメみたいね。とすると契約自体を解除してしまったのかもしれないわ」
「再契約はできるのかな?」
「できるはずよ。己の意識を深く神の領域に沈める感じでアマテラスと交信してみて。無意識だけどあの時できたのだから感覚としては覚えているはずよ」
「やってみます」
アイカは目を瞑って深くアマテラスを呼ぼうと念じ始める。
しかし数分立って彼女は目を開いて悲しげな顔をしだした。
「アイカ?」
「何か問題があったようね」
「はい。アマテラスと交信自体はできたんです。ただ契約はもうしないって。理由は2つあって……1つはウリエルに無理やり力を引き出されたのが凄く嫌だったからって」
「それはそうよね、複式契約は本来ではない存在に力を使わせるものだもの。神が不機嫌になるのは当然よ。それでもう1つは?」
そこでアイカは俺を見て言いづらそうにする。
「いいよ、ハッキリ言って」
「うん、キューセイ君と……正確には契約している光の悪魔と共に戦うことができないって言われた。複式契約を解除する時に使われた魔法をとても脅威に感じたんだって。「キューセイ君は大丈夫」って何度も説得したんだけど聞いてもらえなかった」
「そうか……清らかな光は邪悪な光を拒むか。それもそうだ」
俺やウリエルを恐れて契約に繋がったのならそれは自然な答えだ。
「キューセイ君、私、何度も説得してみるよ。だから……」
「いや、いい。ヤハウェイの脅威に対抗するために契約はいずれしたほうがいい。そのためには俺たちの仲間にはならないほうが確実だ」
「でも、それじゃキューセイ君の助けにならない」
「その気持ちだけで十分だ」
「違うよ、私がそうしたいから……でもできないから……うう……」
アイカは雪原に膝をついて泣き崩れる。
共に戦えるなら心強いし一方的に守る関係でもなくなる。そうであったほうが望ましかった。けれどそれは許されない。
俺はアイカに寄り添いその体を優しく抱きしめてあやす。
「ありがとう。本当に」
「何もお返しできてないね。小さい頃からずっと。助けられてばかり」
「いいんだ。俺に返さなくても。その代わり高天原を守るために力を使ってほしい」
「それじゃダメだよ。キューセイ君が損になっちゃう」
「損だなんて思わない。俺は己の意思のまま行動しただけだ。損や特は結果論に過ぎない。それにアイカから何も貰ってないわけでもない」
「え?」
「君の善意に俺は救われた。だから今の俺がある。だから今回どれだけ危険を冒しても助けようと思った」
「そっか。私、もう与えられていたんだ。キューセイ君に」
それで彼女はようやく笑顔を取り戻してくれた。
「帰ろう」
「うん」
5月23日、水曜日
今日からまた学校に通い、昼間には生徒会業務をしている最中で騒ぎになるニュースが飛び込んでくる。
それは鳳凰堂斉喜・外務大臣が殺害されたという警察の発表だった。
外務大臣の殺害は国家を脅かしかねないテロ行為であり、警察は殺害された経緯を徹底的に調べ上げる方針を打ち出したとのことだ。
船田社長に対して外資買収を断り続ければ公共事業の取引を他の会社に回すと脅してきた存在、すなわちヤハウェイであることは分かっていた。
そしてこのタイミングでの死亡発表から察するに、こいつこそがウリエルだったのだろう。
「……あ、船田社長……分かりましたわ。明星君、放課後デートと仕事ですわよ!」
「分かりました」
その直後にユーハには船田社長からの連絡が入ったようで、彼女は他の生徒会役員に悟られないようにそういう言い回しをして俺に伝えた。




