5章⑤
政庁内部には大天使以上が複数いるだろうし誤認魔法で騙しきれる可能性は低い。
そのため発見されたら騒がれる前に倒す、を繰り返してアイカを見つけ出すしかない。
故にここからは常に変身状態であったほうがいいため、真下の空洞で変身してしまったのは少し予定が早まったというだけの扱いになる。
「ここからは見つからない前提での行動をするしかない。一応気配を薄める魔法はかけておくけれど気休め程度にしかならないと考えなさい」
エリシアに気配遮断の魔法をかけてもらったあと俺たちは政庁の1階フロアに出る。
玄関前には先ほど俺たちを門前払いしていた見張りの骸骨天使たちがいる。
「今更ですけれど誰かが注意を引いてあの二人を引き離した隙に入れたんじゃありませんの?」
「できたかもしれないけれどそれだと警戒が強まっただろうしね」
「う~ん、そうですわねぇ」
ユーハをしぶしぶ納得させつつフロア内を見渡すと全体マップを発見した。
どうやら契約を行うだろう儀式フロアは最上階のようだ。
「幸い、非公開な手段を使うからか内部にいる敵の数は極めて少ない。固まっているとしても最上階だけだろうね。そこでの戦闘は避けられないとして移動ルートだけど……」
「手間だけど階段を使うしかないわね。エレベーターは鉢合わせ問題が大きいし急な対処もしにくい。階段なら私が先行すれば相手が知らせる前に黙殺できる」
「お願いするエリシア、氷が効かない相手が出たら俺たちで何とか対処するよ」
「気遣いは無用よ。地と炎も扱えるしどうとでもなるわ」
「そうか、じゃあ行こう」
俺たちは階段を駆け上がる。
途中、骸骨天使と2回遭遇したものの、どちらもエリシアが速攻で氷漬けにして砕け散らせたため何ら問題なく最上階の手前まで到達することができたのだった。
◆
最上階には大天使以上が必ずいるだろう。
どんな能力か分からないがアイカを救出する手間を考えたら悠長に見極める時間はない。
なのでこの先の扉を開いて中に入ったらエリシアに速攻で氷漬けにして倒してもらい、その間に周囲の天使たちは俺たちで一掃するという手筈で固まった。
そしていざ、扉を開いて突入する。
アイカは気を失ったまま台座に据えられていた。
それを眺め思案している大柄の燃え盛る闇の翼を持つ大天使が中心に1体、フロアの外周に下っ端の骸骨天使が複数いる。
予定通りエリシアは大天使を速攻で氷漬けにして動けなくする。
そして俺たち4人は……いや、正確には攻撃能力が低いリルルを除いた3人で外周にいる骸骨天使たちを最速で処理していく。
奇襲の効果もあってか骸骨天使たちは防御が間に合わずにすんなり倒せてしまった。
特にシュンノスケはエリシアから身体強化のノウハウを教わったことでよりスピードに磨きがかかり半分も一人で相当できたほどだ。
「上手くいったな」
「ああ。あとは……エリシア、その大天使を早く砕いて……」
そこで俺は上手くいっていないことに気付かされた。
速攻で凍らせて砕けないには理由があるのだ。
だから凍ったまま固定するしかなかった。せめて俺たちが周囲の雑魚を掃討するまでは。
「ごめんなさい。見誤ったわ……こいつは私でも……」
大天使を覆っていた氷が一気に蒸発する。
その蒸発した中から鋭い黒い火の光線がエリシアを襲った。
彼女は咄嗟に右に避けて直撃を回避するも左腕が全てそれに巻き込まれる。
「がっ」
それにより彼女の左腕は崩れるようになくなってしまった。
『……我は主の威光そのもの。何人もその輝きを閉ざせはしない』
その大天使は燃え盛る闇の両翼を羽ばたかせ蒸気を吹き飛ばして飛翔し俺たちを見下ろす。
天使は闇を主体として扱う。
それは今までの大天使も例外ではなかった。
だからこそ他に雷や重力などを使おうと輝きはなかった。
だが今見上げている存在にはそれがある。
燃え盛る闇の翼は火の粉を振りまく。軽装の鎧を身に纏う大柄な体躯は威圧と存在感を強調し畏怖を覚えさせる。
それはまるで天より遣わされし神の威光そのもの。
俺のように直接的な光の能力を有していないのに光たる輝きの概念を与えてくる。そんな存在だった。
「この大天使、今までの奴らより……」
「いいえ、違うわ。それは大天使じゃない」
『そう、我は熾天使、ウリエルの座にありし者』
「ウリエル……太陽か」
エリシアは左腕の再生を試みる。しかし再生する気配はまるでなく彼女が初めて焦りを覚えた顔を見せることになる。
『神の威光に吸血鬼の再生能力が通じるわけもなかろう』
エリシアは吸血鬼故に光に弱い。しかし300年の研鑽でその力は始祖のレベルにまで至っており日中を難なく移動できるほどには克服できている。
だが先ほどの攻撃はそういった努力による耐性が意味をなさない類だ。
吸血鬼は太陽に決して勝てない。それを絶対として突き付けたものだった。
『……なるほど、貴様らが噂になっている適性者たちか。プリンシバティ、サドキエル、そしてラグエルまでを屠った。部下たちが一掃されるのをあえて拝見していたが確かにそれだけのものを持っているようだ』
ウリエルは俺を見定める。
『そして……唯一この中でこの世界ではない適性を持つ少年か。我らが主すら恐れし輝ける悪魔と契っただろう存在。それが神たる輝きの巫女と縁を持つとは皮肉な話だな』
「何を言っている?」
『天童愛華、この少女は我と同じ太陽の神格を有している。それに気付けたのは、大衆の無意識操作が通じていなかった者を上に報告せずに独断で処理しにいった我が部下が返り討ちに合い始末されたことから始まる』
俺とアイカを闇の別空間に引きずり込んで対峙した骸骨天使のことか。
まさかウリエルの部下だったとは。
『部下が消えることはそう痛手ではない。新しい手足などヤハウェイの人脈と力があればいくらでも増えてくる。しかし、不可解な消失というものは見過ごせば痛手に繋がりかねない。故に私は自ら調査しその痕跡を辿った。そしてその部下が始末された場所である神社にたどり着きそこに住むこの少女のことを知った。この少女が神階層との契約を成せたならば部下を返り討ちにするのも十分にあり得ると』
「……だが、それは見当違いだった」
『そう、2週間ほど監視してはいたがヌミノース世界に出入りする気配もなければ現実で力を行使する素振りもなかった。しかしとして大天使が次々と倒されていく。そこで我は自らの思い違いに気付けた。我が部下を屠るために契約を成したのは少女ではない。その場に一緒にいた少年の方ではないのかと?』
アイカを巻き込まないために遠ざけた意味はあったのだろう。
事実、2週間の無駄足を踏ませられはした。
「なら何故、そのあと俺を殺しにこなかった?」
『確かにそれがセオリーだ。しかしそれでは我に何も利するところがない。それでこの少女をあえて契約させることを思いついた』
「やはり洗脳が目的か」
それにウリエルはない舌を打つかのような素振りで舌打ちの音を出す。
『洗脳したところで素人の技量など知れている。本命は契約した力を奪うことにある』
「奪う……まさか!」
『そう、そしてこれが仕上げだ!』
そう言い放ちながらウリエルは俺へと黒い炎の光線を放ってきた。
「イルミナス・ディアブロ!」
一度見ているから対処は分かる。
正面に光の鏡を出現させて黒い光線エネルギーを吸収する。
同じ光の概念だから相性がいいのか本来はある程度吸収しきれないのだが今回はすべて吸収できてしまった。
鏡は割れて光の刃となりウリエルへと放たれる。
それに対応する間合いは十分にあった。
しかしウリエルはあえてその光の刃をガードも回避もせずに全て受けた。
「!」
『ぐふっ、ああ、禍々しき光だ。我らが主のもたらす聖なる闇の輝きと対を成す。しかしそれでこそ……』
そこでウリエルは宙から落ちると共に指を鳴らす。
すると祭壇に据えられていたアイカは目を覚まし起き上がる。
「ここは……キューセイ君……あ、あああ」
俺を見て安堵したのもつかの間、目の前に堕ちてきたウリエルを目にして驚きパニックになりそうになる。
「アイカ、こっちへ!」
そう叫ぶもアイカは聞こえていないのか無数の光の刃が突き刺さったウリエルに瞳孔を開かせて怯え続ける。
『ははは、恐れるか。それでいい。我こそは唯一なる神に仕えし太陽の天使、そして邪悪な光の悪魔でもある。2つの強大な光に抗いたくば自らの光と契約を果たせ』
「しまった。だから攻撃をあえて。アイカ、聞くな!」
契約させてこちらの戦力を増強するつもりだった。しかしウリエルが奪う前提ならむしろ契約させてしまってはダメだ。
俺の言葉は届いていない。
アイカは既に神階層との契約に入ったようで独り言を始めている。
「私は……抗いたい。キューセイ君を助ける力が。うん、契約しよう。アマテラス!」
『今だ!』
ここで本来ならアイカは契約を結べたはずだった。
しかしウリエルが闇の炎で作った魔法陣を地面に差し込み、アイカが得るはずだった力をすべて自身へと向けさせる。
『ハーハッハ! これがこの国の八百万の神の中でも最高の太陽神の力か。清き光の本流を感じる。凄まじい!』
「なに、おかしい。契約したのに……なんで……うくっ!」
アイカは胸を痛みだしてしゃがみ込む。
『契約を複式に切り替えた。これで力だけを我が扱い、代償は貴様が払う。おお、力が抑えられない。もはやこの姿さえ適していないというのか。ならば生まれ変わろう!』
ウリエルは自らを闇の炎で覆い宙へと羽ばたく。
その隙に俺はアイカを抱えてそこから放れた。
覆われた闇の炎は膨張していきついに爆発。最上階の天井を吹き飛ばすと共にウリエルは新たな姿を俺たちに晒した。
軽装の鎧は変わらない。しかしその身はもはや骸骨ではなく、かといって人らしいくもない無機質な色合いの肉が付いた存在だった。
背中には丸いリングが出現し、そのリングから生えるように6枚の燃え盛る闇の羽が噴き出すように出てきた。
「最悪の展開ね。熾天使なんてそれこそ倒せるか分からないのに……相性も最悪な上にさらに強化までされた」
エリシアは苦い顔でそう述べるしかなかった。
それはすなわち勝てないという意図を伝えるためでもある。
『光の悪魔と契約を交わした少年よ。感謝する。ここまで生かしておいた甲斐があったというもの』
「っ、俺が初めからここに来ることは想定内か」
『そうだ。貴様がこの少女を大事に思い切り捨てられないものだと分かっていたからな。ああ、素晴らしい。この輝きはもはや主の思惑さえも超えている! ならば仕える意味はもはやあるのだろうか?』
ウリエルは高揚しうっとりした気味の悪い表情をする。
こいつ……増長して背信を……いや、逆か。背信することは元から目論んでいて、そのためにここまでの筋書きを……
『用済みだ。新たなる我が輝きに焼かれし始まりの灰となる名誉を与えよう』
逃げられるか……いや、無理だろう。
潜入で区切り抜けて敵の中枢に入り込んでいるんだ。
政庁の外には無数の骸骨天使がいる。
すべてを振り切って脱出する術がない。
なら何としてでも倒すしかない。そしてそれができるのは……
俺はリルルにアイカを預けて作戦を伝える。
「リルル、火に耐性があるのは水を扱える君だけだ。ここで皆を守ってくれ」
「え、キュー君、どうする気?」
「俺一人で戦う。光に完全な耐性のある俺なら強化されたウリエル相手でも死ぬことはない」
「無茶だよ」
「分かっている。けれど引き下がれはしない。それに奴が得た力は本来アイカのものだ。倒さないとアイカはずっと苦しみ続けることになる」
「キュー……セイ君、ごめん、私いらないことしちゃったみたいだね」
アイカは苦しみながらも俺を見つめ謝罪する。
それに俺は首を横に振って否定した。
「いい、俺の方こそ遠ざけていてごめん。帰ったらちゃんと話そう」
「うん」
「キューセイ、勝ちますのよ」
「何もできねぇのは歯がゆいな。頼むぜ」
ユーハとシュンノスケは多くは言わずに俺に託してくれた。
「ああ、必ず勝つ。エリシア、まだ魔法は使える?」
「一応ね」
「ならリルルのサポートを頼む」
「分かったわ」
話し終わった俺は一人ウリエルの方へと歩む。
『栄誉を己が一人で得たいか。随分と強欲だな』
「確かにそうかもしれない。俺は悪魔だからな。だからこそ天使も神も打ち倒す。さあ、始めようか。どちらの輝きが勝っているかを!」




