5章④
政庁ビルの建造技術は現代的なのだが、その建築構造は普通のビルとは違っており、祭壇や神殿のような構想を取り入れた独特のものであることが近くまで来て分かった。
「随分変わったビルですわね」
「様々な用途を実現するための複合施設にしたかったからこういう形なのかな」
「そうね。神階層との契約を考えるなら神殿の構造があった方がスムーズでしょうし」
「? それは神殿があると神階層と近くなるってことかな?」
「当たりよ。あなたに指摘されてヤハウェイ側は神階層や魔階層への行き来の封印を止めるかもとは思ったけれど、唯一神がそこまでの権限を部下である大天使たちに与えるかは疑問なのよね? 下手をすれば大天使に強大な勢力を与えかねないわけだし。だから封印を解かずに契約だけを結ばせる方法だけを教えているのでしょう」
「それもそうだね。しかし随分と保身的だな、唯一神は」
「だからこそのこの世界の惨状よ。自らの座を奪われないために同族の他の神たちを隔離し人から神の恩恵を奪い、自然概念も文明の機械化と情報化で人から分断して剥ぎ取り、人が自身の悪意を見つめられる悪魔を隔離し人から欲望に反抗する認識さえも奪った。自信の障害になりえる可能性を潰すだけ潰したのよ。手下である天使たちですら信用なんて一切していない。利害関係だけで成り立った契約よ」
「くだらないな。そんな下らない奴が世界を支配しようと……」
「ええ、けれど奴を誰も止められはしなかった。奴は自身の存在を秘匿して身を護ることもしているから。私が生まれた300年前はまだその存在を知る者が結構いた。けれど今は社会や神話からも抹消されていて普通にはその存在にたどり着けない」
エリシアはとても苦い顔をした。
欧州を支配された要因の1つにそれがあったからだろう。
「終わらせよう。俺たちで」
「! ええ、そうね。そのためにも今はアイカを助けましょう」
政庁への侵入方法だが基本的に入り口以外からは入れない。
しかし入り口には見張りの骸骨天使たちがおり、近づくと「今は大事な時期だから入れない」と強い口調で突っぱねられた。
そこで俺たちは再び話し合う。
「助けるまでは強行突破したくねぇよな」
「けど飛んで中に入ることもできませんでしてよ。見た限り侵入しやすそうな窓も、上層の扉もないみたいですし」
「ヌミノース世界の生命は飛行能力を有していることへの対策かもしれないけど、船田社長を捕らえていたラグエルの塔のように黒い霧までは発生させてないあたりどちらかと言えば身内対策だろうね。下っ端の天使たちを信用していないからだろう」
「攻めにくいわね。けれどキューセイ、あなたの顔を見るに手は既に思いついてそうね」
エリシアも俺のことを分かってきたのか、俺が回答を言い出す前にそれを言い当ててきた。
「可能性としてはだけれどね。この都市がどこまで現実に沿っているか分からないけれど、あの政庁ビルがインフラ機能を必要としているなら当然それを維持するための構造をしているはずだ。だとしたら地下から入る方法があるんじゃないかなって?」
「あ、そっか。別の場所の配管から入って、政庁の中の配管から出るって感じだね。キュー君やっぱ頭いい」
「ただ現実と似すぎていると当然汚い道だから通りたくはないけれどね」
そう言いつつ俺はユーハを見る。
「流石にここで我儘はいいませんわよ。他に手はないですもの」
ユーハはしぶしぶ納得したそぶりで返してきた。
「決まりだね。まずは都市構造を調べよう」
◆
政庁の近くに都市全体の主要個所を明記したマップがあったため、そこから地下内部構造を調べられるのはどこか考える。
ヌミノース世界では現実の6分の1の時間進行故に空腹にもなりにくい関係で排泄処理というものを都市機能に組み込んでいないため浄水施設や下水処理施設はなかった。
そこで当てが外れたと思ったが、同時に妙な施設が目に入る。
「異層制御室? エリシアは分かるかな?」
「いいえ、けれど興味深いわね。もしかしたらなんだけ……建設機器もないのに現実と変わらない都市の建造をどうやって成したかはそこに行けば分かるかもしれないわね」
「確かにそこは俺も疑問だった。さっきのモテないおじさんの下っ端の天使も凄いというだけでどうやったか知らないみたいだったし」
他に手掛かりがないため俺たちは政庁から200メートルほど離れたその異層制御室へと向かった。
制御室というように建物自体は小さな小屋程度の大きさしかなく、室内には制御パネルらしきものが存在していた。
しかしそれらは触っても機能しておらず何の意味もないもののようだ。
「これほどの都市の何かを制御する施設がこんな小さいなんてありえるかしら? さっぱり動かないし」
「……もしかしたらここはダミー部屋なんじゃないかな? 都市維持に関わる重要な設備を下っ端天使たちにイジらせたくないならマップにそもそも書かないはずだし」
「それはそうね。けれど書いている。その意図は?」
「本当にあるからだと思う。ただ座標が地下というだけで。このトリックを一部の信用できる天使にしか知らせていないのならおかしくはない。たぶん近くに入り口があるんじゃないかな? 探してみよう」
俺たちは制御室の周辺におかしな地下への通路がないかを手分けして調べた。
するとリルルが隣にある倉庫にそれらしきものを発見したため、集合して確かめる。
倉庫内に積まれた小さなコンテナの迷路を進むと確かにそこには地下への通路があった。
「良く分かったね。リルル」
「うん、何もない場所なのに奥の方から水や風の音や流れがあったからおかしいなって」
「水や風か……いったいどんなところなんだか」
そんな疑問を抱きながら俺たちは本来の地下にある異層制御室へと向かった。
◆
本来の異層制御室には制御画面とそれに連動するパネル操作があり、それらが正常に作動していることが見ただけで何となくは分かる。
これが本物だ。
ただそれらを操作するかはまず室外に出た景色がなんであるかを見極めてからだ。
室外は地下の大きな空洞となっており、天井は恐らく建物を支える地面の土なのだろう。
それは問題ない……いや、ビルなどが上にあるならこの空洞がある時点で、ビルが重みで地面を貫いて落ちていないとおかしいのだがそれは置いておこう。
問題は空洞になった下側の景色だ。
そこには土一色があるはずなのにそれはなく、何故か現実の山や森林や川の景色が映っていた。
そしてそこからはリルルの言うように水や風の匂いや漏れている。
「これは……」
「もしかしてだけれど現実にある建物をそのまま移動させているのかもしくは貸出ししているんじゃないかしら? この異層制御室はそれを成して維持するためのものだとしたら……」
「けれさ、それだと現実の建物が今は消えているという事だよね。ニュースにならない?」
「ならないような場所に元から建てたんじゃないかな。人がいない山奥に国が秘密裏に建造したというなら説明は着く」
「おい、それって相当なことだぞ」
「けれど船田社長に圧力をかけてきたのは与党の大物政治家でしたわよね。可能なんじゃないですの? 名前はえーとなんでしたっけ?」
「鳳凰堂斉喜、外務大臣だよ。シュンノスケの言うようにこれは相当な仕業だ。彼の管轄だけでは賄いきれない。となると国交省もヤハウェイに関わっているかな」
「はぁ、どこにも入り込んでやがるな。んでどうすんだ? 制御室を弄ればこの都市を一気に無茶苦茶にできるんだろうが……」
「それだとアイカが助けられないね。やるとしてもその後だ」
一度制御室に戻って制御画面を詳しく調べる。
どうやら一括して都市をここに移しているわけではなく、各地に分割して建てられたものをここでまとめているようだ。
そして室内にあったマニュアルを流し読んで分かったが、分割した範囲の建物のいずれかには地下のこの空洞に出られる穴が存在する。
政庁は独立してそれ1つが分割されて建てられた存在なので確実に穴が存在することになるだろう。
「ここから200メートル真っ直ぐ向かったところの上に出入りできる穴があるはずだ。そこから政庁に侵入しよう。とはいったものの……ユーハ以外は飛べないんだよね」
空洞内部には渡橋のようなものは一切ない。
つまり飛行してどうにかしろということだ。
しかし俺たちは誤認魔法で姿を偽っているだけで骸骨天使の能力を持っているわけでもない。
「仕方ありませんわね、あたくしが一人一人運んで差し上げますわ!」
「それは効率悪いから止めなさい」
自慢げに変身しようとしたユーハのやる気を折りつつ、エリシアは誤認魔法を解除する。
そしてすぐさま空洞の下から漏れている水分を利用して氷で生成した渡り橋を出現させ、それを自身らがいる足場にくっつけた。
ご丁寧にそのあと渡橋の先に氷の階段まで生成して、200メートル先の政庁の穴まで足で行けるようにしてしまった。
それにユーハは絶句し喚きだす。
「ぐぬぬ、あたくしの見せ場がああああ!」
ここで統率が乱れても困るため俺は彼女の背中をさすって落ち着かせる。
「気持ちは分かるけれど今は抑えて」
「あはは、エレシアちゃんいると楽だねー」
「助かるちゃ助かるんだがな。今は時間もねーし否定はしねぇけど工夫のし甲斐はなくなるわな」
氷の渡り橋を歩いて階段を目指す。
このまま政庁の穴を抜けるまで何事もないならそれが一番だが、敵もこれほど重要な場所を巡回しないわけもないわけでアクシデントはすぐに発生する。
違う箇所の穴から骸骨天使が2体現れて氷の渡橋の存在に驚き急接近する。
『なんだこれは!』
『人間だと? しかもその力、適性者か』
『尋問したいところだが手加減できる場所でもない。始末する』
そこでエリシアはユーハに向かって淡々と説明する。
「誤認魔法を解除したことから分かっていると思うけれど私は今、橋の維持に集中している無防備な状態よ。さ、あなたの見せ場よ」
それにユーハは納得がいかずに拗ねた態度を取る。
「うへ~やる気出ませんわ~」
「ユーハ、頼むから」
「……分かりましたわよ」
俺とエリシア以外は変身し臨戦態勢となり戦闘が開始する。
「風が漏れ出すこの場所なら大技で一掃出来ましてよ! エスプリッド・トルネード!」
ユーハは早速飛行して空中を大立ち回りしながら2体の骸骨天使を惑わしつつ、銀色の鱗粉が混じった竜巻を放つ。
それは彼女が契約して最初に変身した時に使った魔法だ。
『速い!』
ただあの時よりも速度とキレが桁違いで、骸骨天使たちは竜巻を振り切れずに飲まれてミキサーのようにバラバラにされながら消滅していった。
「……やはり単純な魔法センスは一番高いわね。ただ……」
エリシアはユーハを評価しつつも呆れる。
その意味はすぐに分かった。
速すぎる竜巻はユーハが制御して消す前に氷の橋にぶつかってしまい、俺たちのいる足場は固定を失ってしまったのだ。
「あ、ヤバ」
しかしエリシアはすぐに壊れた箇所に氷を生成して接合し足場の落下を防いだ。
ひとまず敵の脅威は退けた。しかしエリシアの判断が遅ければ自身以外、真下に堕ちていたためユーハは気まずそうに戻ってくる。
「……」
「……」
「まあ飛べないで戦力にならなかった俺たちはそこまで文句も言いにくいよ。ただ……」
「分かってますわ。次からはもうちょっと繊細にやりましてよ」
反省はしたみたいなのでこれ以上は追求せずに打ち切り、俺たちは政庁の穴を抜けて内部にようやく潜入することに成功したのだった。




