5章②
雪原を東へと進み続けていると光の屈折が次第に薄まっていき目の前の景色に変化が起きる。
谷の入り口だ。そしてその先には厚い氷に空洞が開いた道がある。
「この洞窟に入って一端休憩しましょう?」
「危険はないのか?」
「私がないと言うことはないのよ」
「……それもそうか」
彼女はヌミノース世界を熟知しているのだから今のは俺の読みが足りなかった。
いや、足りないのは読みじゃないか……
「……キューセイ、状況的に高天原から脱退し私を仲間に引き入れる選択は今後のことを考えたら間違ってはいない。私としても一人でやるよりあなたたちの成長にかけて共に戦う方がいいとは思った。そう、お互いにその都合はあった。けれど信用はない。だから私に対してまだ言葉の当たりが強い」
「それを不快に感じたなら謝ろう」
「そうじゃないわ。気にしてない。それよりもあなたは当たりが強くなる原因と向き合うべきよ」
「どういう意味だ?」
「人間性における信用は一緒に行動すればいずれ得られる。けれど強さはそうじゃない。私は他の3人には教えられるけれど魔階層の契約者に教えられるものを持っていないのよ」
「だから自分で強くなってもらうために今の不調状態を解消してほしいということよ」
「……分かった。なんとかしてみよう」
そこで近くの雪地にいきなり盛り上がりができてそこから見知らぬものが飛び出す。
モグラであった。
ただ肌は白く人の半分くらいの大きさがあり直立できている。
それはつぶらな瞳で俺たちを見つめてエリシアを発見したところで近づいてくる。
「え、エリシア様~」
「あら、あなたスノール?」
「モグラがしゃべりましたわ!」
「わ~、パタパタして可愛い~」
「雪の世界に住む雪モグラ、フロストモールよ」
モグラは雪の大地にはいない。いや、いるとしても冬は普通冬眠するはず。
それなのにむしろ活発に動いているからこそ現実にはない幻の獣の1つということか。
「丁度良かったわ。今から洞窟で一休みしたいのだけれど?」
「はい、それは大歓迎です。わたしも調査を終えて一端戻ろうとおもっていたところですし」
「調査? ……敵がまた襲ってきたの?」
「いえ、こちらには何も。ただ雪原を走る機械の大きな音がしたのでその方角に向かったのです。するとなんということでしょう。追いついた機械の船は突如両翼を展開して空へと羽ばたいたのです」
「それの方角は分かるかしら?」
「ここから北東でしょうか。敵の本拠地の1つもそこにありますし」
「ありがとう。あなたのおかげで確証が得られたわ」
空飛ぶ船……つまり飛行船か。だとしたら相当な距離を離されることになる。
そう思って俺は洞窟を抜けるために勝手に入ろうとしたところでエリシアが氷の剣を生成して首筋に近づけてくる
「休みなさいと言ったでしょう?」
「しかしアイカが」
「大丈夫よ、神階層との契約に加えてその者を洗脳するためには相応の準備が必要になる。追いつくためのペース管理は私に任せなさい」
「…………信用するとは言わない。けれど従おう」
寒さに弱くなったせいか思考が上手く回らない。
いや違う、それは言い訳だ。
今までだって辛い時はいくらでもあった。
じゃあ何故こんなにも心が乱れる……分かっている。俺にとってアイカは……
そこで意識が急に薄れてふらついてしまう。
「キュー君!」
隣にまだいるリルルのほうに倒れたおかげで彼女が支えてくれた。
俺はその安心感に身を委ねて意識を完全に落とすことになった。
…………誰もが真実から目を背けて生きる。
ただその場面では楽な選択だからと選んで、結果皆が苦しい思いをしていく。
心の自由とは己の意思を通すことではない。
意思を隠さないことだ。
誰かが嘘に従って、それに見習って皆も嘘に従う。
やがてそれは正しいことのように認識される間違いとなる。
そんな流れに反吐を覚える。嫌悪し受け入れられない。
だから俺はそうならないように行動してきた。
例えばだが、俺が生徒会に入らなかったら生徒会は今もユーハと金堂の言い合いで揉めて酷いものになっていただろう。どうしたらそれがなくなるのか? 簡単だ、両者を理解しコントロールできるようになればいい。
それが難しいからやらない? だからなんだ? 不毛を繰り返すくらいならやったほうがいい。
リルルのような頭の悪い人をどう思うか? どうも思わない。
皆が賢かろうが利己的に動く奴だらけの世界の方がよほど救えない。
なら馬鹿がいようと皆が素直な世界の方がいい。
知恵が足りないから助けが必要なら助ければいい。その負担を俺が追うだけで済むのだから。
俺の腐敗に対する嫌悪は生まれながらで高天原の道徳の教えよりもよほど極端だ。
腐敗はいけないから「止めよう」じゃないんだ。
受け入れられないから「壊そう」なんだ。
総代は俺を高く評価してくれているがここまで俺のこの異常性を分かった上でなんだろうか? ……いや、機雷までは察せても確信は持てていないだろう。
ああ、エリシアに俺が悪魔に完全に寄っていると言われて納得しかなかった。
自由と善意を求めるとしてもその本質は禍々しい。
邪悪な光だな。
けれど俺は今まで自らの破壊の意思を上手く抑えられていた。
アイカだけは俺の本音を知ってそれでも受け入れてくれたから。
そして婚約の話になって俺がアイカのために自らの行動に制限をかければ「昔のキューセイ君」の方が好きだと言ってくれた。
今アイカはいない。
つまり誰も本音を預けて無事でいる者がいないんだ。それが不安に繋がっている。そのせいでエリシアに苛立ちを少しぶつけてしまっているというだけだ。
◆
目覚めるとそこは空理の洞窟の中であった。
円に繰りぬかれた内部に人が座れる椅子や寝かせる台がある。
俺は台に座るリルルに膝枕されている状態で寝ていたようだ。
「あ、キュー君起きた」
「リルル……ここは洞窟の中かな?」
「うん、氷で中なのに意外と外より冷えてないし。エリシアちゃんが定期的に火を起こしてくれていたから暖かいでしょ?」
「ああ、だいぶ調子が戻ったみたいだ。エリシア、ありがとう」
「気にしないで。あなたに潰れてもらっても困るもの。……寝ている間に何か気付けた顔ね」
「ああ、ユーハ、リルル、シュンノスケ、少し聞いてもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
「別にいいけどよ、前確認しなきゃいけないほどのことなのか?」
「聞かせれば俺の印象は間違いなく悪くなるからね。けどそれでも知ってほしい。これからの俺自身のために」
「……分かった。聞いてやる。二人もそれでいいか?」
それにユーハとリルルは頷いた。
「ありがとう」
そして俺は整理できた己の異常性を説明したのだった。
「……皆が思うほど俺は聡い子供なんかじゃない。優しくもない。ただ破壊してでも状況を良くしないと気が済まない。それだけなんだ」
すると3人とも気まずい顔をして何と言えばいいかといった反応であった。
……やはり言わなければ良かったか? いや、それだとどの道精神の安定が持たなかっただろう。
ここで吐き出すしかなかった。
「不快な話を聞かせてごめん」
そう謝罪するとシュンノスケがまず頭を掻きながら首を横に振って否定する。
「不快っつーのも違うんだよな。なんていえばいいのか……とりあえず俺は思ったよりどうでも良かったわ」
「え?」
「そんなもんだろ人間なんてよ。むしろこれでお前が中身まで完璧だったらそっちのが怖かったわ。つーわけで俺は気にしねぇよ」
「うんうん、リルルもね。気にしないよ」
「けど俺はリルルのことを馬鹿にして……」
「本当に馬鹿にしていたら助けないよ。キュー君のそういうところ面倒見いいっていうんだと思うんだ。私は好きだな」
「リルル」
そこで最後にユーハが尊大なポーズで告げる。
「気真面目だとは思ってましたいけどまさかドが付くほどとは驚きましたわ。というか不快にしたからなんだというんですの? それであたくしの前からいなくなったらそれこそ面倒ごとが降ってきますのに。その方が困りましてよ!」
「は、相変わらずの我儘だな」
「けれどそれをあなたは受け入れていてよ。ならあなたのド気真面目くらい受け入れて差し上げますわ。彼女として」
予想に反して3人の反応は違っていた。
もしかしたらそうかもしれないという期待はあったけれど俺の中では望み薄で……それでも今実際に俺を知った上で皆受け入れてくれた。
それが嬉しいのか、本当に久しぶりに俺は涙を流していた。
「あれ?」
「何、泣いていますのよ?」
「いや、皆大人だなって思って」
「そうでしてよ、あなたよりはお兄さんとお姉さん、そしてロリババア!なんでしてよ!」
「事実だけれどロリババアを強調して言うの止めなさい」
「キュー君、拭いてあげようか?」
「いや、いい。自分で拭くよ」
俺は自身の腕で涙を脱ぎ、そしてリルルの膝枕から抜けて起き上がる。
「みんな、ありがとう。本当にもう大丈夫だ。先へ進もう」
アイカ、必ず君を助けよう。
けれどそれは俺の安定ためじゃない。
幼馴染であり、総代の孫である君が大切だから助けるそれだけだ。
今そう決心できた。




