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第5章【聖なる、清らかな、邪悪な、光】①


 アイカの自宅へ戻ってきたところで俺はエリシアに話す。


「俺とアイカは最初ここで……いや、正確にはここの神社から下った下道の歩道で別の空間に引きずりこまれた。そして天使と戦うことになった。ヌミノース世界への行き来は本人の認識が必要になる。だからこそ現実とヌミノース世界の両方にもう片方の世界を認識できる空間なり景色を用意しなければならない。そこまでは合っている?」

「ええ、その通りよ」

「じゃあ俺とアイカが飛ばされたあの闇しかない空間はなんだったんだろうか? 今思えばヌミノース世界ではないと思う。何より俺たちは別の世界というものを認識などしていない。船田社長が攫われた件にしてもそうだ。彼が社長室で別の世界など認識するものだろうか? ヤハウェイはどうやってそれを実現させている?」

「船田社長に関しては認識していたと思うわ。外資からの買収の話は攫われる前の時点で知っていたのだから、自身のビルを買収という支配されつつあるものという危機感を持っていてもおかしくはない」

「まあ、ギリギリ納得できなくはない」

「そうね、私もあくまでそうだろうとしか言えないし。認識とはとても曖昧で明確化されるものでもないから。それであなたと幼馴染に関してだけど、対象を強制的に別空間に引きずり込む方法がヤハウェイにあると思っていいわ。私も似た体験をしたし、欧州でもそういったルール外の事例は何度か見られた。ただ稀ね。頻繁にはまず見ないわ」

「つまり強制的に引きずり込める代わりに何かしらのキツイ使用制約があるという事か」

「恐らくはね。それでも使う必要があったということはそれだけ急いていたか、あるいはあなたの幼馴染がそれだけ重要と見抜いたかのどちらか、いえ両方かしら」

「アイカが適性者だとしてそれはそこまで重要ではないだろう」

「あら、気付いてないのかしら?」

「え、何が?」

「……ああ、そうか。あなたの契約は魔階層だものね。そして他の3人は直接会っていない」

「いや、ユーハは近くまで来ていないにせよアイカを何度か見てはいる。ユーハ、アイカには他の人とは違う何かがあったのかな?」

「え、あ~、そういえばありましてよ。けどうまく言えなくて……妙にポワッと光っていると言いますか、神かかっている何かを持っているといいますか……ま、あたくしのほうが輝いているから関係ないと気にしませんでしたのよ!」

「? エリシア、どういう意味なんだ?」

「少し苛立っているわね。ずっと冷静だったあなたが敵以外でそういう感情になるのは珍しい」

「分かっているならもったいぶらず答えてくれ」

「前置きとして現実から乖離された世界は3つあるわ。1つは自然概念のヌミノース世界、そして2つ目は人の心に巣っていたはずの悪魔が跋扈する魔階層、そして3つ目は唯一神を除く神々がいる神階層、基本的に適性者がヌミノース世界で契約すればその者が乖離されていない本来の世界で持ち得ていたはずの姿と自然概念の力を扱えるようになる。けれど例外としてその者の性質が極端に悪魔か神の階層に寄っているのであればそちらの契約が優先される。キューセイ、あなたはほぼ完全と言っていいほど悪魔に寄っていた。だから魔階層との契約になった。そしてアイカは……」

「神に寄っていたということか」

「そう、神階層との契約ないしその前の寄っている適性者は魔階層の契約者から判別されない。逆も然り。ヌミノース世界の契約者だけがその2つを知りえる」

「どういう理屈なんだ?」

「そういうルールなんだからと言ってしまえばそれまでだけど、3つの階層は自然と切り離されたという説がある一方、唯一神によって意図して切り離されたという説も300年前にはあった。私は後者が正解だと思うわ。もし、神と悪魔が互いを認識できてしまえたなら今は唯一神を共通の敵として手を取り合うでしょうし。それをさせないために誤認の呪いのようなものをかけているのでしょう」


 俺は……力を得て人の意識を見られるようになってから全てを誰より正しく認識できると思っていた。

 けれどこの状況、この事実を聞かされてそれが思い上がりだと分からせられる。


「さて、ここからが本題で答えなのだけれど、悪魔たちは唯一神にとって完全な敵ではあるけれど、神たちは唯一神が同じ神の種族であるだけに利用できる存在なのよ。神階層との契約者はその神格次第では並の大天使をはるかに凌駕する。それが敵に回ったなら厄介極まりないわ」

「アイカにそれだけの神格があるんだな」

「ええ、私が日本で見た中では最も高いと言っていい。そして高天原の総代の孫娘であるという立ち位置もあったなら攫わない理由はないわね。急ぎましょう」


 そこでエリシアは周囲に氷の膜を張り巡らせて自身を含めて覆った。

 氷の膜が張り巡らされた内部から見える外の景色は氷が光の反射する関係で歪んで正確には見えなくなる。


「はわわ、キレー、氷の膜がキラキラ反射して別世界になったみたい。リルルこれ好き」

「けど、一気に寒くなりましたわね。へくち」

「たぶんあっちの世界の何かの景色を認識できるようにってやったんだろうけどよ、なんだかわかるかキューセイ?」

「……凍える寒さ光による屈折……いや幻か、たぶん氷雪地帯や雪原とかかな? それがある自然概念を認識させる」

「正解よ、今回はそもそも敵が固有空間に引きずり込んでその上でヌミノース世界へと渡っている。つまりヌミノース世界のどこに飛んだかなんて分からない。けれどここと同座標となるヌミノース世界の地点よりそう遠くに飛ぶことも恐らくはできない。だからひとまずは同座標に飛ぶ。その上で近くを探す。それでここと同座標となる地点は雪原になるわ」


 俺たちは今ある場所を眩き光が差し幻すら生む雪原だと認識し、ヌミノース世界へと渡った。


     ◆


 吹きすさぶ凍てつく風が身を固まらせる。

 空より降り注ぐ眩き日差しは一見としてどこまでも続く雪の地平を見渡せるかのようだが、それは本当の景色であるのか分からない。光の屈折でそう見せられているだけなのかもしれない。

 俺たちがやってきた場所はそういうところであった。


「ううう~寒いですわ」


 ユーハは一番に根をあげてかリルルの胸に身を寄せる。

 すると彼女は抱きしめて温めだした。


「何やってんだお前ら」


 それに呆れるシュンノスケを横目に俺はエリシアに尋ねる。


「想像通り雪原に来たけれど、遠くをよく見るとおかしいな。どこも雪原がずっと続いているように見える」

「光を司る悪魔との契約者なだけあってすぐに気付くわね。そう、この雪原は遠くの景色が正確じゃない。光の幻が常に漂っていて入りこんだら人によっては抜け出せないこともある」

「まるで迷いの森だな。アイカを連れ去った敵の痕跡とその行方を見つけなきゃならないというのに都合が悪い」

「そうでもないわ。この雪原は太陽の方角を覚えればそう迷うこともないのよ。まあ、いきなりは絶対分からないでしょうけど」

「……そうか、君はすでに何度も来ているんだな」

「そういうこと。だから抜け道も分かるし、敵があなたの幼馴染を攫ったあとどの方角に向かったかも検討は着く。敵がこの雪原の仕様を理解しているのだったら攫った後に抜ける方角は恐らく北か東ね」

「なんでわかる?」

「西は崖で南は行き止まりだもの。そしてヤハウェイの拠点が近いのは東、北も遠くまで進めばあるけれど寒い雪原を超えてすぐに行動を起こす気ならそちらへ行く可能性は薄いわね」


 その意見に従い俺たちは東へと足を進める。


「ねーね―エリシアちゃん、寒いでしょ、くっ付こうよ」


 とリルルは誘うもエリシアは手をひらひらさせてパスの意図を伝える。


「つれませんわね」

「キュー君くる? シュンちゃんも?」

「俺はいいわ」

「……少しだけいいかな」


 俺はリルルに身を寄せた。

 わずかではあるが彼女の体温の温かさのおかげで幾分か気が楽になる。

 現実世界ではそうでもなかったのだがヌミノース世界では寒さに耐えるのが何故か辛い。


「少しと言わず雪原を超えるまではずっとそのほうがいいわよ。あなたは火や光には強いけれど氷には弱いでしょうし」

「あら、初耳ですわね。あたくしが火や物理に弱いみたいなのってキューセイにもありましたの。は! ということは……今のキューセイは無防備。リルル、なんでも要求が通りましてよ!」

「え~いいよ~、可哀相だし。ずっとこのままでいいよ~」

「ありがとう。……何でも知っているんだな。容姿としては幼いが一体何歳なんだ?」

「言ったでしょう、300年前はあったって」

「300年も人が生きられるわけが……いや、そうか」

「そう、私はもう人じゃなくなっているのよ」

「どゆこと? エリシアちゃん、可愛い女の子じゃん」

「歳を取らないからそれは可愛いままよ。けれど成長もできはしない」


 そう言いながらエリシアは小さい背を印象付けるかのように俺たちを見上げた。


「ヌミノース契約によって人は本来持っていた自然概念の力と容姿を取り戻す。それは契約の発動中の一時的なものだけれど、それを行使し続けると段々と融合が進んで戻れなくなる。……私はヴァンパイアの契約者だった。血を啜ることで不老不死を得られるその力を初めは喜んでいたけれど早く忌避間を覚えるべきだったと今も後悔している。セーブもせずに力を使い続けたせいで13歳の頃に成長は完全に止まってしまった。そして死ねなくもなった」

「つまりロリババア!でしたのね。詐欺ですわ」


 ユーハのその言葉を無視してエリシアは語り続ける。


「他の自然概念との契約であったなら死という終わりを迎えられた。それさえできない私には終わらずに己を保つための目的が必要だった。私はそれを、一族を見守ることと、育った故郷である欧州の安寧と定めた。それは最近破られた。けれど終われはしない。この身は終わらないものなのだから。だから私は……」

「戦い続けているわけか。参考までに聞きたいけれど俺たちの場合はあとどれくらい力を使うと戻れなくなる?」

「心配しなくても頻繁に使わないなら3年以上は持つわよ。ヌミノース世界にずっと入り浸って使い続けていたら1年以内には確実に戻れなくなるけれど」


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