4章③
放課後、事前に生徒会には遅れるということを伝えた上で校内の人気のない場所を回りながら俺とアイカは久しぶりに会話というものをする。
「キューセイ君凄いね。皆噂しているよ。凄い一年生が出てきたって来年には生徒会長になってそうだよね」
「俺以外にも凄い1年はいると思うけれど」
「ううん、いないよ。スポーツや芸術で凄い子はいるけれどキューセイ君みたいに何か状況を良くできる力を持っている人って本当にいない。昔みたいだよね……ううん、今はそれ以上かな」
「そうか、アイカの好きな俺に戻れたなら何よりだ」
「キューセイ君はきっともっと活躍できる人だと思う。学校だって私に合わせないならもっと上を狙えたのに」
自らが足枷になっている思いを間接的に伝えてきたためそれに答える。
「アイカのせいだなんて思っていないよ」
「分かっている。キューセイ君優しいから。でも……」
「仮にだけど、レベルの高い高校に行けばそれだけ能力の高い生徒も増える。そうなると俺が必要とされるポストは今のように空いていただろうか? 活躍なんて逆にできなくなっていたかもしれない。ならこれでいい」
するとアイカは諦めたようにため息を吐いて話題を切り替える。
「やっぱり言い回しじゃ勝てないね。……生徒会長さんと付き合っているって本当?」
「急な話題転換だね。それはアイカだけの単純な疑問?」
「うん、高天原は関係ない」
「詳しくは言えないけど共闘関係を怪しまれないための便宜上の関係だよ。本来の恋愛関係じゃない」
「そっか……」
「安心してくれた?」
「婚約保留を止めてくれるまでは安心できないかな」
「それはそうだ」
「おじいちゃんも思っていたより怒ってはいないから色々事情があると思うし、私からは無理強いはしないよ。けど聞かせてほしいな。キューセイ君、私と婚約する気はまだあるのかな?」
「それは……日曜日には答えを出すよ」
俺のこういう言い回しが何を意図するか? 幼馴染だからこそ察してしまう。
「そうなんだ。うん、分かった。私もおじいちゃんから日曜日に本家に顔を出すようにって言われているんだ。そこで全部話してくれるんだよね」
「ああ、約束する。……なるほど、アイカも出席させるのか、総代らしい」
今は距離を置いてはいるがそれもアイカを守るための行動だということもお見通しか。
だからこそ俺が裏切りにくいようにアイカを枷として出席させるというところか。
「おじいちゃんの策略だったんだ。私、来ない方がいい?」
「そうしてくれるとありがたいけれど来ていいよ。うん、脅しに屈さない意思表示のためにもむしろ来てほしい」
「分かった」
◆
生徒会の雑を終えた俺とユーハはその夜、仕事終わりの船田社長と高級レストランでディナーをごちそうしてもらう体裁で互いの情報を共有していく。
「……まずだけれど、裏切り者である幹部二人には辞めてもらった。そして社の体制と身辺調査を整理し直したからたぶん今回のような買収問題は再発しないだろう。ただ、そのあとすぐに新しい問題が降りかかってきてね……」
「というと?」
「与党の大物政治家である鳳凰堂斉喜氏がアポを取って来たんだ。我が社は公共事業……間接的に政府との取引もしているから政治家の訪問はおかしくはない。しかし鳳凰堂は外務大臣……つまり国外との関係を取りまとめる人物であるため専門性として明らかに場違いであった」
「その政治家がヤハウェイだったというオチですか?」
「察しがいいね。直接的には関係者だと言わなかったが買収を白紙にしたことを「世界資本の一体化の流れに軋轢を生む」とネチネチ言ってきたよ。終いには今提携している公共事業を別の会社に担わせるなんて脅しもかけてきた」
「うわっ、メンドクサイですわね」
「さて、こうなってしまった以上、僕の会社は買収されるか潰されるかの2択だ。しかしそんなのどっちも御免だ。だから対抗策を打ち出したい。キューセイ君、国内だけで構わないがヤハウェイの主要関係者を排除する手立てはあるかな?」
与党の大物議員がヤハウェイに取り込まれているとなればやはり政権そのものがもはや改善できる余地などないのだろう。
だからこそ彼は排除という選択肢にたどり着いた。
「ヌミノース世界を経由して主要関係者、すなわち大天使をすべて倒せということですか?」
「そうなるね。難しいかい?」
「俺としてもそれは必要なことだとは思っています。けれど俺たちの力は発現したばかりで未熟で大天使全てに対抗するには危ういですし、現実の6分の1といえど広大なヌミノース世界の日本に関わる部分だけを探索しきるのはかなり骨が折れます」
「となると無理かな」
「いえ、この2つの問題を解決する策があるにはあるんです。そして現実における問題も……社長は高天原という組織をご存じですか?」
「知っているよ。メディアは悪い宗教団体として報じているけれど実態はその逆だ。民衆を守るために宗教の壁を使っているに過ぎない。僕は子供の頃ね、悪徳宗教の被害にあっていた友人たちが高天原に救われたのを知っているんだ。だからメディアの言葉を信じてはいない。そしてメディアにそう言わせているのは政府だ。鳳凰堂氏の件もあって今は嫌悪さえ覚えているよ」
これは賭けだったが、船田社長はこちら寄りの感情を持ってくれている。
確認のために意識も見たが嘘は言っていない。
「キューセイ君、ここで高天原の話を出すということは関係者なんだね」
「はい。総代とも面識が通る立ち位置にいます」
「そうか、それは凄いな。ユーハ君、いい彼氏を見つけたね」
「でしてよ」
「政府は共通の敵となった。そのために手を取り合える。そして君が橋渡しとして僕を総代に紹介する。そういう意図でいいかな?」
「ただ協力関係になったところで現在の公共事業に相当する代わりの仕事を高天原は振れません」
「ですので、社長にお願いしたいことは……」
そこで俺は高天原がクーデターを起こす予定があることを打ち明け、なおかつ俺が今後取る行動の助けになってほしいということを打ち明けた。
そうしてくれさえすれば少なくとも日本にいる大天使をすべて倒す目途が付くためだ。
「……分かった。それで行くしかないだろうね。しかし本当にそれでいいのかい?」
「いいんです。それが互いのためであるのだから」
「真面目すぎるね」
「そう、気真面目なんですのよ、キューセイ」
「けれどだからこそ信用できる。君のその案に賭けよう」
「ありがとうございます」
◆
5月20日、日曜日
ついにこの日が来た。その朝、俺とユーハ、リルル、シュンノスケは俺の自宅から両親が持つ6人乗りのミニバン車に乗って高天原の本家を目指す。
都心を離れて近くの地方へと向かっていることに気付いたリルルが尋ねてくる。
「ねーねー、キュー君、そういえば本家ってどこにあるの? 地方に出たってことは山の奥だったりする?」
「確かに会合に指定されている総代のいる場所はこの先のある山を削って建てられた新しめの神社だけれど、この地方の県に出た時点で既に本家と言えば本家だよ?」
「ん? どゆこと?」
「国の行政と県の行政を担う人は別なのは分かるよね?」
「え、あ、うん。たぶん」
曖昧な答えにシュンノスケは少し呆れるが、気にせず説明を続ける。
「高天原は政府を信用しないし中から変える気もない。けれどクーデターを起こすにせよ、その前段階の基盤が必要になってくる。そこで日本で比較的政府の腐敗の意向を取り入れていない県を狙って県知事の選挙戦で高天原の出身を当選させたんだ」
「なるほどな、現場の警察関係への指示も県知事の意向が反映される。政府の意向は二の次だ。だからそれらの県なら政府に気付かれずにクーデターの準備を県知事の政治コントロールで進められるわけだ。だから県そのものが高天原のおひざ元、本家ってわけだな」
「正解だよ、シュンノスケ。それでクーデターに必要なのは兵士の鍛錬と武器の製造は着々と進められてきた。もう起こそうと思えば起こせるほど準備は整ってはいる。諜報員たちの調べで腐敗に関わる政治家、官僚、メディアなどのターゲットの所在も全て把握済み。けれど、当然政権簒奪なんてすれば国内が一気に不安定になる。それを海外に付け入られないようにできるだけリスクが低い時期を今は見極めているってところかな」
「俺たちが呼ばれているのもその時期の見定めに関係しているのか?」
「恐らくはね。ヌミノース世界のこと、ヤハウェイのこと、契約のこと、打ち明ければ総代は確実に日取りを明確に決めるだろう。それだけの情報だ」
◆
目的地である神社、高天原神社へと到着する。
そこにはすでに事前に声をかけて先に出向いてもらっていた者が2人いた。
一人は船田社長だ。ここで総代と面会し、高天原との協力を正式にしてもらう。
そしてもう一人は……エレシアだ。
実は昨日までに俺なりの答えを伝えてそれに納得してもらったため、会合に出席したほうがいいという流れになった。
「うわ~、アイカちゃんよりちっちゃい。お人形さんみたいで可愛い~。今日はよろしくね~」
リルルはエレシアを見ては馴れ馴れしく抱き着いてくる。
「重い……キューセイ、あなたの女仲間ってこんなのしかいないの?」
「悪い子じゃないから寛容になってくれ。……さて行こうか」
神社内の本殿へと向かうには外にいる高天原の神職の者に取次ぎ願わなければならないのだが、そこは父が宮司であるため父の手引きで向かう。
そして本殿へと到着する。
風通しよく澄み切った静寂の広い間だ。
そこの中心に総代であるアイカの祖父、天童日輪が座していた。
「直接目にするのは久しきだな。明星の子よ。あまり大きくなってはいないが顔は以前より凛々しくなりおったな。良き傾向だ。連れの者たちも此度はわしの都合を聞き入れて参じてくれたこと感謝する。好きに座しなさい」
言われた通り、俺たちは総代と向かい合う形で床に座った。
「さて、キューセイよ。おぬしがこれまで何をしてきたかを明かしてもらおうか。そうでなければ何も始まりはすまい」
「はい」
俺は総代にこれまでの経緯を順追って説明した。
要領よく説明したつもりだがそれでも15分以上はかかった。
それだけ本来なら知りえないし、体感しなければ信じられもしないベクトルの話ばかりだからだ。
総代は説明後に深く思慮を巡らせたあと口を開く。
「………………明星の子よ。孫娘であるアイカを守るため遠ざけ独自に戦ってきたおぬしを責めることはせぬ。婚約の保留については不問としよう。ただ契約により力を得られることに関しては別だ。おぬしの母が精神をコントロールする分野での研究をしていたことは知っていよう。そしてそれが高天原のもう1つの目的でもあることも。それで言わなかったということは反対ということだな」
「はい、俺は人の心を無理やり良識化させることには反対です」
「理由を聞こう」
「確かに誰もがモラルやマナーを守れる理想的な社会を実現させるにはイレギュラーな心はあってはならない。しかしそれはヤハウェイと同じ統制にも繋がる。善であろうと悪であろうと支配には変わらない。社会のために限られた中でも心の自由は残さなければならない。そうでなければ人は己の意思に意味を見いだせない。それはいずれ別の問題を生むと思ったからです」
「ふむ、言い分はもっともだ。しかしそれは不完全な社会のままとすることだ。すなわち罪を犯す思考の猶予も残すということに繋がるぞ」
「でしょうね、ですからそうなった者たちには処罰を与えます」
「……その本質はなんだ?」
「仮に総代の構想通りに良識の強制化をしたとしましょう。初めはいいかもしれない。けれどいずれ誰もが悪意というものを認識できなくなる。そうなった際に良識というものはちゃんと機能するのでしょうか? 悪意があるからこそ良識が明確化された側面はあると思います。高天原の源流がそうでしょう。腐敗して正せもしない悪意の脅威から民衆を守るために総代、あなたは高天原という宗教を1から作った。違いますか?」
すると総代は目を見開いて沈黙し……深く考えた後、答える。
「その歳にして良く物事を見ておる。稀にして真に聡い。だからこそアイカの婚約者に……わしの跡継ぎにふさわしいと思った。残念ながら息子や親族にはわしと同じ目線に立てるものはおらなんだのもあってな」
「総代……」
「しかしだからこそ同じ道を歩まぬのもそうか。わしがおぬしの立場であったなら今のわしの考えに賛同はせぬのも道理よ。ままならぬものよな」
「総代、あなたには敬意も憧れもある。あなたを義理の祖父と呼ぶことにも抵抗はなかった。けれど俺は……俺が正しいと思う道を成していく。ですから今日一杯をもって高天原を脱退させてもらいます!」
それに総代は驚くことなく納得だけの表情をした。
「そうか、脱退に関する処遇についてはあとあと述べるとしよう。その前にまずは船田氏であったか。我々に協力してもらえるという話だが変わりないか?」
「はい、とはいえ協力できるのは公共機関に搭載されているAI制御システムをこちらで操作してクーデターを円滑に進める手助けくらいしかできませんが」
「それで十分だ」
総代は自ら立ち上がり船田社長へと歩いていく。
それに応じて彼も立ち上がり、二人は握手を交わした。
「さて、次は金髪の異国の少女よ。明星の子が脱退の判断をしたのをおぬしの入れ知恵だとは思わぬ。初めから反対であったようだしな。しかしヤハウェイの脅威はこちらとしても対策しておきたい。自衛のために契約者の相当数の確保をせねばな。熟練であるというおぬしならばその方法を知っておろう」
「……キューセイの意見を聞いて良識化の強制は踏みとどまったように見えるけれど信用はできない」
「それもそうか。しかし事は深刻だ。そう簡単に引き下がれもせぬ」
総代とエレシアが睨みあう。
どちらも譲れないと言った火花が見えそうなほどだ。
しかしそこで俺はある違和感に気付いたため質問する。
「総代、先ほどは尋ねる間がなかったためここで質問します。アイカはどうしたんです? 本人から今日ここに来るということを聞いていたのですが」
「ん、その話か。わしも来ると思うておったのだが何故か来ぬままでな。しかし会合まで時間がなかったためアイカへの確認については部下に任せたというところだ」
そこでその部下である者が走ってこの場にやってくる。
「総代、ご報告が! アイカお嬢様が……!」
「何事だ!」
「それが住まわれている自宅からここへ向かおうと家から出たところで忽然と姿が消えたと使用人が」
「そんなことがありえ……いや、まさか!」
そこで総代はまずエリシアを睨む。
「私じゃないわ。そんなことをする意味がない」
「ならばヤハウェイか。何故このタイミングで」
それは俺も同意見だ。
偶然だとしてもあえてアイカを狙った意味は?
仮に政府が高天原を邪魔と思って仕掛けるにしても総代やその直系で表向きは跡継ぎだろうと言われているアイカの父親を狙った方がいい。
「総代、話はいったん中断しましょう。今すぐアイカを救出しなければ」
「明星の子よ。しかしそなたは……」
「脱退するとしてもアイカは大切な幼馴染だ。助けない理由はない」
「ありがとう。アイカを頼む」
それは総代としてではなく純粋に祖父として孫娘の安否を願う顔であった。
「そういう訳だから今からヌミノース世界にいくことになるけどいいかな?」
それに3人は嫌という顔をせずに頷いた。あとは……
「エリシア、俺は答えを総代に示した。だからここからは……」
「ええ、一時的な仲間として協力するわ。行きましょう」
こうして俺たちはアイカの自宅へと戻ることとなった。




