第4章【古より続く支配の意識】①
5月13日、日曜日
予定では両親は昨日の夜には帰ってくるはずだった。しかし連絡がありしばらく帰らないとのことだ。
それ自体は珍しいことではないけれどこのタイミングでの急な変更は総代の意向か。
さて、今日はどうしようか?
総代との会合は1週間後でやるべきことは特にない。当日の振る舞いについては直前で教えれば済むことだ。
とするとやはり金髪の少女をそれまでに捕まえて目的を吐かせたいところだが、足取りを掴めていないためそれもできない。……いや、どうだろう?
一度寝て思考をスッキリさせて今までの出来事を振り返ってみると、足取りを追う方法はあるのかもしれないと考えられる。
あの少女の現実での能力は他人に自分を別人だと認識させられるで間違いないだろう。
けれどアイカに化けるというのも冷静に考えるとリスクが大きい。
俺が仮にアイカが遠征に出ていることを知っていたら鉢合わせた時点でその存在が矛盾してしまう。
良く知らないとまでは言わないが近所のおじさんやおばさんくらいに化けていたら整合性を疑われにくかっただろう。
「だとすると誰にでも化けられるわけでもない。化けられるのは体格差がない相手のみ。といったところか。そこまで仮定できるなら疑う相手はかなり絞って見られるし警戒も少なくて済むな」
では次に何のために俺に家やアイカの部屋に寄ったか?
何かを盗む意識はなかった。カメラなどを仕込むという盗聴意識でもなかった。どちらかといえば周りを見渡して配置などを気にして物の動かして試していたような……そうか、ヌミノース世界との認識共有点を作るために調べる必要があった。
ラグエルを圧倒した戦闘力だけでなくヌミノース世界への行き来に関しても俺たちより色々精通している可能性があるな。
仮に行き来できる共有点を作ったとして何を目的としていたか?
これは流石に分からないな。敵であるなら回りくどいし味方になりたいなら教えてくれるはず。まあ、逆に言えばどちらでもないからこそその範囲は絞りこめるのだが……
「ん、電話だ……え、金堂風紀委員長!?」
そこで思わぬ相手からのことに驚くも出る。
ちなみに連絡先自体は以前の合同会議で交換済みだ。
「もしもし、明星です。どうなされましたか?」
『休日に電話してすまんな。暇があればで構わんが少し手伝ってほしいことがある。学校の風紀関係でな』
「いいですよ。どこで落ち合いましょう?」
『街外れの治安の悪い地区があるだろう。そこの駅で落ち合おう』
「わかりました」
以前俺が力の扱い方を調べるために1度だけ向かった場所だ。
◆
駅前まで到着するとそこにはカジュアルな私服姿の金堂がいた。
元のガタイのいい体格のせいか今時の流行ファッションをしていても周囲から浮いてしまう存在感ですぐに見つけられた。
「金堂先輩」
「おお、来てくれたか」
「詳しい事情をお聞かせ願えますか?」
「うむ、……実はだな、うちの生徒がこのエリアで犯罪に加担している。もしくは犯罪の餌食にされている。という噂が耳に入った。それで調査のためにここに足を運ぼうと身内の風紀委員にまず声をかけようと思ったのだが……よく考えれば調査の過程で目を付けられる恐れもあるとも気付いてな。しかし俺自身は調査が上手くはない。そこで明星、お前に目を付けたわけだ。お前の物事を上手く運ぶ能力を俺はそれだけ評価している」
「そういうことですか」
「対立している生徒会側、あの女の彼氏に頼むというのも気が引けたがそうも言っていられない。例えばうちの生徒が犯罪の片棒を担がされて学校で薬物販売などを強要されたらそれこそ風紀どころの話じゃなくなる」
「だから休日の休みを使ってまで調査を?」
「そうだ」
……これは本来の金堂の性格や意識であるのだろうか?
高圧的で支配欲求がある第1印象であったが、こういう面が初めから存在していたのかはもはや分からない。
勿論、風紀を守るための責任感というものは変わらないのだろうけれど休日を返上してまでやる気概があったのは驚いた。
「なら文句を言う気はまるでありません。俺としても学校に腐敗が広まるのは避けたいですから。調査を始めましょう」
「恩に着る」
しばらくこの地区を見回ってみると表立っての通りは綺麗なものの、建物同士の隙間から入れる裏路地に目を向けると腐敗の空気が漂っていることがすぐにわかる。
またそこに導くための売り子と思われる存在もチラホラ見かける。
彼らの意識を様々だ。
売り込めないと身の破滅だという恐怖意識から動いている者もいれば、単純に稼げるからという私服欲求で動く者もいる。
どちらにせよ、その行いが他者を食い物とするという認識が欠如した歪んだ状態であることに変わりはないが。
「売り子だらけだな。警察は何をやっているんだ」
「警察だって人ですよ。例えば賄賂を渡されたらこの地区は巡回から外そう。上の圧力で売り子を取り締まるなと言われたら現場はそうせざるを得ない」
「信用していないんだな」
「政府もですね。彼らがまともに治世を担っていたなら高天原なんて組織は出てこなかった」
「八百万の日本神話を軸とした思想の宗教組織だったか。テレビやネットじゃいい印象を聞かないが」
「自分たちの邪魔になる組織をいい風に公共放送が取り上げるわけがないでしょう」
「それは……そうだな。随分と怒りが混じった言い方だが何かあるのか?」
「色々ありますね。けれどそれをしてしまうと話がそれるので方針だけ述べておくと警察には頼らず解決する方が無難です」
「難しいことを」
「ええ、難しいです。しかしやりましょう」
「自身があるならそれでやってみてくれ。協力する」
そこでうち学生と思われる私服の男子が売り子の男に後ろから叩かれる形で裏路地に押し込められるのを目撃したため、俺たちはその後を追う。
男子は財布からなけなしの金を出すとそれを奪われるも、売り子は代わりに薬などは渡さない。
「足りねぇよ、こんなんじゃ。親の金パクってでももっと持ってこい。さもないとこの証拠動画を流すぞ」
「そんな……」
薬依存というわけではなくハメられて証拠を消すために金を貢いでいると言ったところか。
「おい、貴様!」
そんな光景を見た金堂はいてもたってもいられずに介入する。
仕方ないため俺も続いていく。
「なんだてめぇ」
「金堂風紀委員長、どうしてここに?」
「もう大丈夫だ、あとは俺たちがなんとかする。今すぐ彼から奪った金を返せ。そして脅しの材料もすべて破棄しろ」
「するかよボケ」
腐った態度に金堂は切れてそいつの胸倉を掴み宙に浮かせる。
「うぐっ、こいつなんで馬鹿力だ」
ここまでされれば普通は頷くものだがその売り子は意地でも抵抗している。
しかしこのままが続けば絞め殺してしまう可能性があるため俺は口を出す。
「金堂先輩、ここは俺に任せてもらえますか?」
「……分かった」
金堂が放すと売り子は咳き込んだ後に俺たちを睨みつける。
必死な焦燥感に駆り立てられている意識を見ればわかる。
その駆り立てられ方はお金でどうこうというよりはもっと直接的な危機感だ。つまり……
「身の危険で困っていると言ったところかな?」
「どうしてそれを!」
「交渉しようか、あなたを雇っている組織の情報について教えてほしい。解決できるかもしれない」
「信じられるか」
そう、本来なら信じられるわけもない。
だから警戒意識を破壊してしまう。
すると売り子は大きくふらついた後に虚ろな顔で頷く。
「分かった。俺を雇っている組織はここから100メートルほど離れた場所にある表向き倉庫ビルを根城にしている。そこでは若い子供を海外に送り飛ばす事業が展開されていて、俺たちはそこに10代までの子供を集めるためのバイトとして雇われた。安全で儲かる仕事だって紹介されたんだ。なのに気付いたら身元抑えられて抜けられなくて……ノルマをあげられなかったら俺自身を売り飛ばすって脅されている。だから……」
「他人を脅して借金漬けにして払えないなら身を売れというやり方を続けていると」
「そうだ」
「この屑が!」
金堂はまた手をあげようとするが俺は制止を促す。
「こいつを殴ったところで問題は解決しません」
「だが……まあそうだな。しかしどうするつもりだ?」
「証拠を消したあと金堂先輩は彼を送り届けてください。この男には何もしなくていいです。俺はそのビルを調べてきます」
「危険だ」
「なら集められた子供たちを見捨てますか?」
「それは……分かった。無茶はするなよ」
売り子の持っていた証拠を消した後、金堂は被害に会った学生の肩を持ちながらそこを立ち去った。
それを見届けた後、俺はその売り子の男の意識を眺める。
証拠を消されても文句を言わなかったため察していたが、他人に吐露できたことでどうでもよくなったという状態だ。
命の危険に脅かされ続けて疲れたのもあるのだろう。
「逃げるといい。家族がいるならそれらも一緒に。ずっと売人をやるよりはまだ未来がある」
そう言い残して俺は雇い主の倉庫ビルへと向かった。
◆
倉庫ビルの手前まで来るとわずかにだが血の匂いがビルから漏れ出ていた。
気になり入り口まで進んでみるも見張りがいない
いや、奥の方を覗くと見えにくいが血痕が壁に付着している。
俺は慎重に中へと侵入してまずその血痕箇所を調べる。
「なんだこれは……」
付着した壁あたりの床には血と衣類繊維が混ざった血だまりができていた。
血の匂いは上の階から続いているため階段を進み2階まで来るとその廊下には同様の痕跡が4つもあった。
「この衣類が混ざったような血は人か? だとしたら警備として張っていた5人がやられていることになる。そしてこの手口は現実の普通の手段では不可能だ」
となれば契約者の魔法による可能性が高い。
ここまで来ると上の階から鳴き声がするのが分かる。
それも幼い子供の声が複数だ。
3階に向かって空いたドアから気付かれないように覗き込む。
そこには10人もの小学生から高校生までの児童が恐怖に震えており、小学生の子供たちはそこにいたであろう売人たちが血だまりに変わったことでのショックで泣きわめいたのだと推察できる。
そしてその子供たちに対して優しく顔を撫でて落ち着かせようとしている少女がいた。
そう、あの金髪の少女だ。
その意識には邪悪さは一切ない。ということは子供たちを救うためにこうしたのだと察せられる。
だから俺はドアを大きく開いて自らの姿を晒し彼女と3度目の邂逅をする。
「あなたは……どうしてここに?」
「偶然だ。本当にね。また逃げてもいいけれどここにいる子たちの安全はどうする? 俺に押し付けるか?」
「嫌な言い方をするのね」
「まず窮地から加勢して救ってくれたことには例を言う。ただそのあとこちらを嗅ぎまわられているせいでどうにも落ち着けなくなった。だから互いに解決のための話し合いをしたい。ダメかな?」
すると金髪の少女は少し考えた後に尋ねてくる。
「高天原にはどれだけ情報を流しましたか?」
「契約のことか? ヌミノースのことか? どちらも本家には伝わっていないはずだ」
「そうですか。ならその話し合いに乗りましょう。ただその前にこの子たちを……」
「分かっている」
そこで俺は子供たちの意識を視て恐怖心を破壊した。
それにより怯えなくことはなくなり目に光が宿り始める。
「これで連れていける」
「子供たちの意識が一瞬で……これが魔界層の契約者の力……」
「聞いておくけれど俺が来なかったらこの子たちはどうするつもりだったんだ?」
「保護者の元へと一人一人送り届けるつもりでした」
「時間がかかりすぎる。俺ならこうするけれど……」
俺は彼女にもっと手間のかからない案を提示した。
「……その案に乗りましょう。一応あとで子供たちの安否は確認しますが」
「信用がないんだ。好きにしてくれ」
「では私は証拠を消して去ります」
そういって金髪の少女は身近にある血だまりの周囲に水を生成しそれで血だまりを取り込んで宙に持ち上げる。
そしてそれを蒸発させてそこで人が殺されたという証拠を完全に消し去ってしまった。
「氷に水、そして火か。随分と多様に扱えるんだな」
「あなた方はまだ日が浅いから最適性の自然要素しか扱えないでしょうけれど、長い修練を積めば可能なのです」
「長いね」
見た目は小学校高学年から中学生くらいの幼さだが、大人な口調や意識の成熟さを見るに相当な年齢なのかもしれない。
「あとは任せましたよ」
そう言い残し金髪の少女は先に部屋を出て血だまりの証拠を消していった。
そして残った俺は金堂に連絡を取り、この倉庫ビルの手前に来てもらう。
「10人もいたのか」
「彼らをこの地区から南に向かった先にある別地区の警察署に連れて保護してもらいます」
「ん? 警察は信用してないんじゃなかったのか?」
「していませんよ。ただその南にある地区の警察の人間は信用できるという話です」
その南の地区の警察署の警察官の多くは高天原の信徒だからだ。
勿論表立って信徒であると打ち明けている者はいないが。
間接的に高天原頼りになるが今回はそうするしかない。
「高天原の息がかかった警察署なのかそこは?」
驚くことに金堂は察しのいい尋ね方をしてきた。
「よくわかりましたね」
「お前の態度を見ていればな。お前も信徒なのか?」
「そんなところです」
「妖風はこのことを?」
「知っていますよ。その上で付き合っている」
「隠し事はないか。なら言うことはない。子供たちを送り届けよう」
「はい」
俺たちはその警察署に子供たちを送り届け、応対してくれた高天原信徒の警察官に「あの地区の警察は腐敗して信用できないからここに連れてきた」と俺は事情を説明した。
そして俺と金堂は今日の見回りは終わりということで解散したのだった。




