3章⑨
追うとはいえ近くに既にいないためスマホでアイカに連絡を入れてみる。
『……もしもし、キューセイ君、どうしたの?』
「少し気になることがあってね。さっき俺の家の前で偶然会ったけれど……」
『え、ちょっと待って、何言っているの?』
……電話越しのアイカは嘘を言っていそうな口調ではない。
『……あのね、キューセイ君、私は今おじいちゃんと一緒に急な遠征に出ているの。だからありえないよ』
「だよね、済まない。俺の思い違いだったようだ。忘れてくれ。それじゃあ……」
「キューセイ君が思い違い……あ、待って。隣にいるおじいちゃんが変わりたいって」
しまったな……アイカの言葉を信じるなら先ほど俺たちの前に現れたアイカは偽物ということになる。それが分かったのは収穫だった。
しかし隣に総代がいるというのは想定外だった。
いずれ話し合いをするつもりだったが、それはもう少し俺たちが力に慣れて強くなり、高天原に一方的に利用されない段階でしたかったためだ。
ここで通話を切ってしまえば余計に不信を生んでしまう。ならば会話の上で乗り切るしかない。
『久しきだな、明星の子よ』
重く深い声だ……高天原という宗教は庶民を食い物とする他の宗教から守るための宗教だ。その設立者として苦労し続けてきたことが滲み出ているその声は通話越しでも緊張を誘うほどで気が抜けなくなる
「お久しぶりです。総代。いかなるご用件でしょう?」
『用件とは他人行儀だな。おぬしはいずれワシのあとを継ぐために義理の孫になる予定であろう。しかし今は婚約予定を保留としたいという旨であったか。その心境について聴きとうなった。答えよ』
「年齢的に婚約が早すぎるなどという模範解答は致しません。今はアイカを傍に置かない方がいいと判断したからです」
『何故だ?』
「今、俺は戦っています。どうやってかは申し上げられません。そこにアイカがいると敵の矛先がアイカに向いてしまう可能性がある。だから……」
そう答えると総代は少し考えているのか沈黙を作ったあとに返してくる。
『ワシらの手を借りればその敵を払えるとは考えなかったのか? いや、聡明なおぬしがそれを考えぬはずもないか。2週間以内で話せる予定を空けよ。おぬしの好きな時で構わぬ』
「よろしいのですか? 今も多忙な身であるはず」
『よい、この機を逃して話を有耶無耶にされるほうが困るのでな。仲間の全員が都合の付く日というのはすぐには見つからぬであろう』
仲間全員を連れてこい。そう要求してきたということだ。
何故そのような要求したのか? それは全てではないにせよある程度把握しているからに他ならない。
「……俺の動向はお見通しでしたか」
『全てではないがな、だからこそ相応の事情があると見て婚約保留は不敬とすまい。その代わり打ち明けよ。良いな』
「分かりました」
そこで通話が切れ、シュンノスケが唖然としながら声をかけてくる。
「まずった感じか?」
「遅かれ早かれではあったのだけれど思ったよりも動きが早かったというだけだよ。そういうわけで家に戻ったら予定を合わせて高天原の本家に行かなきゃならない」
「蹴ったらまずいんだよな?」
「しないほうがいい。高天原は腐敗した政府から民を守るために相応の組織力と手段を身に着けている」
「あ~まあそうだよな。お前、そんなところの後釜をやらされようとしてんだな。実は結構お坊ちゃんだったりするのか?」
「父親が宮司で高い地位にいるというだけでそこまでだよ。ただ組織内かつアイカと同年代で総代の求める能力を持っていたから選ばれたそれだけだ。本家に行く話はひとまず置いておくとして……さっき俺たちの目の前に現れたアイカは偽物だってことは分かった。化けたのには何か意味があるはずだ。アイカの身分を利用できることで得られる何かを」
「そうなってくると家に怪しまれずに入れるとかか?」
「その可能性が一番あるね。アイカが普段住んでいる家はここから近くにある神社に付属している。行こう」
アイカの家に到着して尋ねると家政婦さんが応対してくれる。
「あら、キューセイ君どうしたの?」
「アイカは帰ってきましたか?」
「ええ、お嬢様は先ほど「気分が優れないから」という理由で遠征から自分だけ早く帰ってこられまして……今はお部屋におられるかと」
「ありがとうございます。少しアイカに話があるのでお邪魔しますね。シュンノスケはここで待っていて」
「おう」
中に入りアイカの部屋を尋ねる。
するとそこにはアイカではない別の少女が部屋で何かをしようとしていた。
それが誰であるか俺は少し前に知っていた。
そう、ラグエルを倒した金髪で紅の瞳をした少女だ。
「君は……」
「っ、しまった!」
想定外の事態に少女は部屋の窓を開けて外へと飛び出す。
その跳躍力は宙を舞うほどで普通の人間では決してあり得ないほどであった。
彼女はそのまま神社の外へと着地しそのまま逃げおおせてしまう。
駆け足も相当な速さだ。
俺ではまず追いつけないため諦めて部屋で何を得ようとしていたのか眺める。
「……物品を漁った形跡はないな。ではカメラを仕掛けようとしていた? ……いや、そんなことをして部屋にいる時だけのアイカの様子を観察する意味もない。分からないか」
家から出てシュンノスケと合流し、その少女のことを伝える。
「お前の幼馴染に化けていたのはラグエルを倒した金髪の少女ってことか。待てよ、ってことは……」
「その少女には俺たちの正体がバレている。ラグエルを代わりに倒したのもあの時点で俺たちに成すすべがないからこその介入だったとするなら敵ではないのだろうけど。そして当然、ヌミノース世界を行き来できる上に強力な力を行使できるとすれば契約者だ」
「どうするよ? 放っておくか?」
「俺の身近な存在に化けて何か仕込もうとしているのだから放置もよろしくはないんだよね。俺の家で会った時だけど、もしかしたら俺の家のほうにも何か仕込もうとしていたのかもしれない。とはいえ追跡できる方法もない。対策はまた考えるとして戻ろうか」
「分かった……しかしよ……」
「ん? どうしたの?」
「いや、本物お嬢様の幼馴染がいる上でユーハの相手をしていたお前はどういう気持ちだったんだ?って思っただけだよ」
「言いたいことは分かるよ。ユーハのお嬢様口調はキャラ付けだからね。そもそも比べて見ていない」
「そんなもんか」
家に戻って仕掛けられているものがないか確認したあとリルルが作った夕飯を頂いた。
そこから少し雑談した後、俺は総代に2週間以内に高天原の本家へ皆で足を運ぶように命じられたことや、アイカに化けていた金髪の少女のことを話した。
「……そういう訳で悪いけれど2週間以内で日程が合う日を決めたい」
「面倒ですわね。どうして電話をしてしまったんですの?」
「まさか隣にいるなんて思わないからとしか」
「それも予測してこそキューセイでしてよ」
「無茶振りな……まあいつものことか」
「でしてよ!」
シュンノスケはいつも通りのユーハの我儘さに呆れつつ1番に答える。
「良く付き合ってられるな……俺は来週の日曜、8日後が開いている」
「リルルは7,8日後、あ、平日でも理由言えば専門学校はお休みできるから」
「ならあたくしも8日後を開けましょうか。事務所経由で撮影時期をズラしてもらいますわ」
「ありがとう、ユーハ。総代との話は今後の行動に大きく影響する。皆の対応の仕方はあとで考えておくよ。さて、残る問題は金髪の少女についてだ」
「敵ではないなら放っておけばよろしいのではなくて?」
「身の回りをウロウロされているのだからそれは無警戒すぎると思うけれど」
「逆に考えればウロウロしてくるわけですし、そこで捕まえればいいだけではなくて? こっちから探そうにも手がかりはないですし逃げ足も速いのでしょう?」
言われてみればそうだ。
ユーハのこの発想の転換力は俺にはない着想を提示してくれる。
まあ、面倒ごとを投げたいからこそ生まれる発想なのだけれど……
「それもそうだね。幸い俺が相手の意識を見られるということには気付いていないようだし対策はされないだろうから」




