3章⑧
「んぬ……ぬぬぬぬ~ああああああ! 勝ちは勝ち! 大天使は倒しましたし船田社長は救援済みですわ。さっさと次に移りますわよ」
会話の切り出しに困る沈黙を破ってくれたのはユーハだった。
「うん、そうだね。リルル、ヘトヘトだよ。早く終わらせて帰りたいな」
「だな、キューセイ、納得いかねぇのは俺もだが今はこの塔を何とかして帰ることを優先しようぜ」
「……そうだね、じゃあまずはこの管制室の操作機器を操作して塔の外側に発生している黒い蒸気を止めよう。その次は閉じられた階段の解放だ。船田社長、手伝ってもらえます?」
「ああ、勿論だ」
それから俺たちは機器を操作して閉じられた階段を開け直すことには成功した。
ただ、そのあと黒い蒸気を止めようとすると警告が発生する。
警告の説明をよく読むと、あの黒い蒸気は塔の内部に発生している重力システムを生み出す際に出るもので、ヌミノース世界の生物がこれを浴びて被害を受ける効力は副次的なもののようだ。
そして黒い蒸気を止めるためには重力システムを停止しなければならない。
しかしその場合、この塔自体が相当重く、そして脆く重力システムありきの支えになっているため、それがなくなると各部がパージして塔が崩壊するようだ。
「……塔が崩壊することはむしろ願うところだけれど、問題は時間設定による遅延操作や遠隔操作ができないから、重力システムを停止した瞬間、俺たちは塔の倒壊に巻き込まれる」
「めんどくせぇな。抜け道ねぇのか? この室内に現実と認識できるホログラムを発生させたりするもんとか」
「その機能を探してみたけれど何故かないんだ。恐らくラグエル……いや静山は自分が万が一に負けた時、もしくは管理できなくなった時を想定して塔をリスクなしで破壊できないように考えてシステム設計をしたのだろう」
そこで船田社長が付け加える。
「静山とは警察との取引で何度か顔を合わせたことがある。保険を常にかける性格だと分かる話し方だったし救世君の見解は当たっているだろうね」
「となると誰かが残ってシステムを止めるしかない。シュンノスケ、リルルと船田社長を連れて塔から出てもらえる?」
「そりゃいいが……」
「分かっている。この中で完全に飛行できるのはユーハしかいない。都合よく天井に穴が開いているしそこから抜けられる。けれどユーハだけに責任は負わせられない」
「キューセイを抱えて飛ぶのは疲れますのよ」
「じゃあ一人でやってくれる?」
「お断りしますわ! 面倒ごとはぶん投げるタチでしてよ」
「うん、だからだよ。俺を運んでくれるだけでいい」
これが落としどころだろうということを相手に納得させるには、相手に言い分をあえて言わせてからのほうがいい。
ユーハは自分の扱いを良く分かっているといった顔をして笑顔を作り、俺へと手を伸ばす。
「ふぅ……仕方ありませんわね、優雅な空の旅へと招待して差し上げてよ」
「招かれよう」
俺はその差し出された手に手を重ねた。
それを見ていた船田社長はぽつりと呟く。
「私はまた負けたのか……ああ、それもそうか」
「ん、まさかやはりあたくしを狙っていましたの!?」
「ああ、違う、違う、そういう意味じゃないよ。単に振り向いてくれないなってだけのことさ。その理由が今やっとわかった。ユーハ君、ブランドと括って君を見なかったことを今ここで再び詫びよう。けれどやはり君とお母さんは似ているよ」
船田社長はすっきりした顔でそう言った。
彼が何を納得できたのかは俺にも分からない。
けれどそれを深く聞き出す必要はないだろう。
「さ、早く帰ろうじゃないか。モタモタしていると代表の座を解任されてしまうからね」
そう、自らの内に秘めたものを悟らせぬよう話を振って彼はシュンノスケに付いていき一足先にこの塔を脱出した。
そしてそれを塔のカメラで確認した俺たちは重力システムを止めて塔を倒壊させる。
倒壊しきる前にユーハに抱えてもらいながら天井から抜けて空へと脱出する。
上から塔の倒壊する様というものは想像以上に喪失性を搔き立てる
パージしたパーツが地上へと降り注ぎ無作為に衝撃を生む。
嫌な鉄の鈍い音が幾重にも重なりあう不協和音も相まってとても印象に残るものとなった。
「さあ、ここからは空中ショーですわ。楽しみながら降りますわよ」
「振り落とさないでね」
「モチロン! あ、たまに片手持ちになりますのでしっかり握ってくださいまし」
「はいはい」
ユーハは倒壊した塔の上空から螺旋を描くように降りていく。
妖精の羽から出る銀の鱗粉が螺旋の移動により塔を描き直しているかのように見える。
支配の塔から脱しあるべき姿を描き出すように……
それはすなわち現実にあるAIシップエンジニアリングのビルが解放されたという認識に繋がる。
だから俺たちと、そして地上でそれを見ていた3人が現実へと戻る要素に繋がったのだった。
◆
現実のAIシップエンジニアビルの手前まで俺たちは戻ってきた。
そこでユーハのスマホに連絡が入る。
相手は船田社長だ。
ユーハは俺たちにも聞こえるようにスマホを向けたところで社長は現状報告をする。
『無事、社長室に戻れたよ。ありがとう。秘書の面舵が丁度そこにいてね、急に出てきてビックリさせたものだから腰抜かせてしまったよ。ヌミノース世界や君たちのことを言う訳にもいかないし適当に誤魔化しておくさ。……さて、面舵にも確認を今取ったけれどまだ私の解任に至るまで話は進んでいない。とはいえ猶予もあまりない。株主たちを黙らせる手を早々に打たなければね。キューセイ君』
「はい」
「敵への対策について色々話したいことがある。買収問題が片付いて落ち着けたらまた話せないかな?」
「分かりました。ご武運を」
「ああ、それじゃあ。それと……僕が手に入れられなかった女性の娘を君は手にしているんだ。その価値を忘れないでくれよ」
と最後に嫌味を込めたセリフを吐いて彼は通話を切った。
そこでユーハを見るとため息をついていた。
「はぁ、未練がましいですわね」
「そうだね、けれど今の彼はちゃんとユーハを見ている」
「……そうですわね。苦手なのは変わりませんが前よりはマシにはなりましてよ」
そこで流れを切るようにリルルが話を振る。
「ねーねー、おなか空かない? 凄く長い塔を長い時間登っていたからリルル疲れたよぉ」
「だな。んで今昼か。あっちだと1日近く塔であれこれしていた気がするが、こっちだと4時間しか経っていないのマジなんだな。そりゃ腹が余り減らないわけだ。まあでもリルルほどじゃねぇがなんか食って落ち着きたい」
「じゃあ近場のレストランでもいきましょうか? あたくしが奢って差し上げてもよろしくてよ。最近仕事で稼ぎまくりなため余裕あるもので! 戦いの後の労いを込めて奮発したい気分ですわ」
「え、ホント、ありがとユーハちゃん」
「そうだね、昼はそうしようか。けれどレストランだとゆっくり落ち着けはしない……早めに片付いたけれどみんなこの後の予定ある」
それに3人はないと答えた。
「じゃあレストランのあと俺のうちでくつろぐ? 勿論、夕飯も含めて」
「いいですわね、おうちパーティーしましょう」
「するする」
「ありがたいが家族に迷惑とか掛からねぇのか?」
「母親はむしろかけてくれた方が喜ぶだろうから気にしないで」
「なんだそりゃ」
「俺が自分に似て頭良くて迷惑かけずに上手くやろうとするのが気に入らないって人なんだ」
「お、おう。変わってんなぁ」
それから予定通りレストランで食事を済ませた後、夕飯の買い出しのためにいつものショッピングモールへと移動した。
そこでユーハとシュンノスケには適当に暇を潰してもらいつつ、リルルに付き添ってもらって食材マーケットで何を作るか話し合う。
「付き合わせてごめんね。俺も両親も料理はそこまで得意じゃないから調理まで含めてリルルを頼りたい。そのほうがいい夕食が振舞えるだろうし」
「いいよ、いいよ。リルル、今回あまり役に立たなかったからこっちで挽回できるならしたいし。前は中華料理だったし、今回はスパゲッティーやシチューとか洋風でいかない?」
「いいね。それで」
「えへへ……」
そこでリルルはただ俺を見ながら楽しそうに笑う。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないんだけど……キュー君と知り合えて良かったなぁって思って」
「巻き込んで迷惑もかけてもいるけれどね」
「うん、それは分かっているんだけどそれでも今の方がいいな。キュー君と出会わなかったらリルルはきっと今より心が納得いっていないんじゃないかなって思うし。それはシュンちゃんも同じだと思う。4つ離れた知らない男の子との接点なんて普通ないもんね」
「確かにね」
「同じ学校の友達を仲間にしようとは考えなかったの? そのほうが話せる時間も多いし」
「それは考えたけれど意識が正常という前提があるしそれに……」
「それに?」
「フィーリング的な話になるけどリルルやシュンノスケとのほうが上手くやっていけると感じたのはあるかな」
「そっかぁ、えへへ、嬉しいな~」
そこでリルルは俺を撫でながら抱きしめてくる。
「重い」
……そう、仲間の選択肢はいくらでもあった。力を扱うことを調べる成り行き上、仲間にするしかなかったユーハ以外は。
学校内を選んだ方が直接の話し合いの効率は良くなる。
しかしそれでこれまでの敵を効率よく倒せるのか? そもそも敵を見つめられるのか? というと違うだろう。
恐らくは上手くいっていない可能性が高い。
一見合理的に思える判断は実のところ合理的な結果にならないということだ。
勿論、別の敵と遭遇できた可能性もあり得るから全てにおいて今の選択が最善だとも言い切れないのだが。
◆
買い出しが終わり駅を跨いで俺の家へとやってくる。
しかし玄関前で良く知る少女が待っていた。
アイカだ。
家に来ること自体は昔からよくあったし、今は距離を置いているとしても別に家に来てはいけないとい取り決めをしたわけでもないから尋ねてくるのはおかしくはないのだが……
「アイカ」
「あ、キューセイ君、えっと生徒会長とそっちの二人はお友達?」
そこでリルルが興味津々に前に出てくる。
「小っちゃくてかわいい~、うん、リルルとシュンちゃんはお友達だよ」
「そうなんですか。初めまして、天童愛華と申します。キューセイ君とは幼馴染です」
「何か用があったんだよね? 家絡み?」
と俺が用件を尋ねるとアイカは首を横に振って否定する。
「ううん、暇だから何となく無意識にきちゃっただけ。それだけ食材を買い込んだってことは今から家でパーティーでもするの?」
「ああ、アイカも暇ならどう?」
「いいや、キューセイ君、最近楽しそうだね」
「ああ、アイカの好きな俺に戻れてきているから」
「良かった。じゃあ婚約保留は正解だね」
「そうだ、そのことなんだけどまた時間のある時に話さない? このことはいずれ総代に向き合ってどうすべきか結論を出して報告しないといけないし」
「うん、そうだね。キューセイ君がそうしたい時に連絡して」
「ありがとう」
そしてアイカは去っていった。
……そう、限りなくアイカではあった。けれど……
家の中に入りリルルは早速夕飯の支度にとりかかる。
「よーし、腕によりをかけちゃうもんね~」
「高級店にも負けない味を期待しますわ」
「うん、負かせて~」
リルルとユーハがはしゃぎだしている横で俺が思慮を巡らせているとシュンノスケが尋ねてくる。
「どうした、浮かない顔して? ラグエルを倒したちっこい女を気にしてんのか?」
「小さい少女を気にしているというのは合っているね。けれど今気になるのはアイカのほうだ」
「幼馴染がどうかしたのか? 特に変わった感じはなかったが」
「アイカの意識はかなり正常なんだ。そしてさっき見たアイカの意識もまた正常だった。けれど正常の質が微妙に違ったんだ」
「あ~、他人の意識が見えるんだったな、お前。それで」
「簡単に言うと若くなかった。経験の浅い子供の純粋な正常さじゃなくて、何もかも知った上で正しさを得ている正常さというか」
「言いたいことは分かったがなんでそうなる?」
「それについて考えてみたけど契約者は現実でも制限付きで能力を扱えるようになる。シュンノスケやリルルも契約したことで何かしらの能力恩恵は受けているよね?」
「まあ身体能力が上がったな~とは思うが。リルルはどうだ?」
「う~ん、そういうのはないかな? あ、けど眠くなりにくくなったし傷がついてもすぐ直るようにはなったよ」
「治癒力の上昇だね。敵側にしても現実で能力を使えているのは空田清美で分かっている。だよね、シュンノスケ」
「ん、まあそうだな」
「それでここからは推測なんだけれど俺たちがさっき会ったアイカはアイカじゃなかったのではないか? 俺たちがアイカと認識させられていたに過ぎないのではないか?ってことなんだ」
「ややこしいが理解できた。んでどうすんだ?」
「確かめたい」
「なら俺も付き合うわ。夕飯ができるまでにはまだ時間かかるしな」
「ありがとう」
こうして俺とシュンノスケは一旦外に出てアイカを追うことにした。




