3章⑦
管制室に到着するとそこには一人の初老の黒い制服に身なりを包んだ小奇麗な男がこちらを迎え入れるように立っていた。
「ようこそ、ヌミノースの契約者たちよ」
やはり監視されていたか。慌てる様子がまるでないあたり相当な余裕があると伺える。
そしてその顔は以前に資料で見たことがある。そうサドキエルが管理していたヌミノース世界の研究所にあった資料に。
「まさかあなたが今回の首謀者だったとは。警察のサイバーセキュリティ部門トップ、静山公平」
「若いのに私のことを知ってくれているとは勤勉で評価できるね」
「警察の身でありながら誘拐し会社1つを乗っ取らせることに加担する行いをあなたはどう捉える?」
「ほう、そこまで分かった上で来たか。よろしい、出来のいい若者は好きだからね。答えよう。……治安や秩序とは万人を守るためにあるのではない。一握りの管理者がイレギュラーを生まないようにするためにある。AIシップエンジニアリングは公共機関に良い働きをしてくれた。今後も良きパートナーであればと私たちは判断するほどだ。だからこそ管理下に置く必要があった。完全なる我らヤハウェイの組織の1部とするために」
そうか、やはりそういう意図か。
「詭弁だな。仕事相手を信用しないから奪い取る。それだけだろう」
俺の口調が強いものに変わり言葉に怒りが混じったことを察した静山は笑う。
「ははは、その通りだよ。君は本当に聡いね。ここまでに至る行動はすべて見せてもらったよ。頭がいいのはそうだがそれ以上に心が強いね。そして相手の本質が良く見えている。しかしならわかるだろう。大いなる支配が成す意味を。その恩恵を」
「それは一握りだけが私腹を肥やして大勢に奴隷の首輪をはめることに他ならない。そんな世界に何の価値がある」
「価値など見出す必要などないだろう。自分たちが確かな地位を得て安定してさえいればそれでいい。頭がいいなら分かるだろう。良く知りもしない有象無象を何故気にする? それはおかしなことだ」
「違う! ……関りがなくたってそこに人々はいるんだ。彼らを傷つければ腐っていく。それが蔓延しけば社会そのものが腐敗する悪循環に繋がる。だから誰もが奪うことの意味を理解して己を律しなければならない」
言い返すと静山はパチパチと拍手をしてくる。
「素晴らしい。まさにそうだよ。けれど君のように力を持ちながら己を律せる者はいない。僕らがその証拠だ。力を持てば利益を得ようとするのは節理なのだよ」
「なら貴様らは所詮、出来損ないだ。消えろ」
ここまでの言葉は俺の本心だ。
理解はされても引かれることも分かっていた。
けれど口が止まらなかった。
プリンシバティの時もそうだったように上位天使を相手にすると何故か怒りが沸き上がる。私利私欲に不幸をまき散らすことを是とするその思想が許せない。
「おお、怖い、怖い。身を焦がされるほどの眩い意思だ。しかし禍々しい……おしゃべりはここまでとしよう。我はラグエルの座に就きし者。公正なる裁きをもって断罪する」
そう宣言した静山の肉体は闇に溶けて骸骨となり巨大化する。
その背にはいつも見ていた普通の天使の羽ではなく機械の翼が出現した。
機械の翼はいくつものギアで動いており、羽先には天秤と思われるものがぶら下がっている。
「ルクス・アバドン!」
先制攻撃に奴の床下から強烈な光の柱を発生させ直撃させた。
しかしそれはさして効いておらず右羽が下がるだけだった。
「光は効きませんの? 社長、あたくしの後ろにいてくださいまし」
「分かった」
「エアリアル・インパルス」
ユーハは社長を自身の後ろに下げたあと風の衝撃波を発生させてぶち当てる。
「おらぁ」
同時にシュンノスケが浮遊しているラグエルの脚までジャンプして鋭利な爪で足を引っ掻く。
「っ! なんだこの感覚?」
物理と別の魔法の2連続の攻撃だ。何かは効いているだろうと思われたがラグエルは両羽の位置が変わるだけで効いていないままであった。
「サドキエルのように魔法耐性に特化しているわけでもない? 全ての攻撃が効かないなんてありうるのか? 関係あるとすれば攻撃後にあの羽の位置が動いていることくらいか。シュンノスケ、敵は固かった?」
「いや、普通だ。けど爪が当たってそのまま脚を引き裂さこうとするとその手前ですり抜けるんだよ」
「すり抜ける?」
『謎解きを頑張りなよ。でないと一方的な戦いになってしまう。被検体としてもう少し抵抗してもらわないと価値を見出しにくくなるから頼むよ』
そう煽りながら俺たちのいる天井に闇を収束させて固まりにする。その固まりは重力を発生させて俺たちをプレスするように床に一時的に押しつぶした。
『これでは終わらぬよ』
プレス効果が終わって俺たちが立ち上がるとそこで闇の塊は俺たちの方へと降りてくる。
それを交わすも奴の狙いはそこではなかった。
固まりが床に来ると今度は重力が極端になくなって俺たちは天井へと飛ばされる。
そこで固まりが弾けて完全に効果が消えると重力が元に戻って俺たちは床にたたきつけられた。
「ふええええ、なにこれ理不尽」
そう悲鳴をあげながらリルルは俺たちへ回復魔法をかける。
「これならどうだ!」
そこでシュンノスケがラグエルの視覚外の真上から落ちてその顔を右手で大きく引き裂く。
『グアっ、どこにいた?』
「あ? んなの重力が戻り切る前に天井を走ってお前の真上まできたんだよ」
骸骨となった顔の左半分が砕けるようになくなっている。
つまり今回は効いている。
何故今回だけ効いた? 視覚外の攻撃だったから? もしくは……
「ユーハ、あれを」
「あれってどれか分かりませんがやりましょう。タービュランス・リポイント」
強烈な逆風を起こしてラジエルの浮遊制御をしにくくしてこちらに引き込む。
「ルクス・アバドン」
そこでもう一度、奴の床下から光の柱を発生させて攻撃する。
当然それは効かないだろうけれどそれでいい。狙いは視界を奪うことだ。
『無駄だ、その攻撃は効きはしない。……ん、少年はどこに?』
「レイ・ベリアル!」
立て続けに奴の真上に光で形成したハンマーを出現させそのまま振り下ろす。
『そこか!』
視認できなければ効くことは間違いないのか、奴は勘良く振り替えって右腕でハンマーを防いで顔面への直撃を防ぐ。
そこでヒットしたハンマーがすり抜けるような感覚が発生した。
一応はヒットしたため高反発の衝撃と高圧縮のレーザーが発生する。
しかしそれらは当たっているのにダメージになっていない。
代わりに左羽が上がったり、右羽が下がったり、上がったりを繰り返している。
もしかしてこの1つの天秤の羽の役割は……
「シュンノスケ、下がった方の羽を叩き壊して」
「なんだかよくわからねぇがそれで勝てるんだな。おらぁ!」
右羽が下がり切るところでシュンノスケがそれを引き裂くと、それは無効化されずにそのまま羽が壊れるにまでに至った。
そこで奴の防御のカラクリ自体が壊れたのか、レイ・ベリアルの効力があとわずかと切れる手前でレーザーが奴の両脚を切断し、高反発が右腕を砕いて奴を床へと叩きつけるように吹き飛ばした。
『ぐおおおおお』
「はぁ、はぁ……これで」
ケルベロス戦までで消耗を少ししていた上で、ここで連続での魔法発動は流石に精神負担がかかる。
まだ胴体部分は残っているがもう1発で削り切れば消せる。
そう判断して俺は奴の目の前に立ちルクス・アバドンを放つために息を整え直す。
だがそこで苦笑される。
『ククク……見事です。これはプリンシバティやサドキエルが負けるはずだ。この身に直に受けて分かりました。その邪悪な光はまさに我が主が恐れるもの。しかしかの光の悪魔との契約は適性者であっても容易ではない。それを成せるあなたはいかような存在か? それは先ほどの会話から察せられた。我らが統制を破壊するに足る器だ。それは今、壊さねばならない!』
そこでラグエルの体が宙に浮いていく。
さらには右腕と両脚が再生していき欠損した左半分の頭蓋まで修復されていく。
「バカな」
『ハハハ、見事でしたよ。翼の天秤の仕様を見抜くとは。そう、特定の攻撃を受けると右羽が下がり、左羽が上がる、別の特定の攻撃を受けると左羽が下がり、右羽が上がる。下がり切った羽を狙われるとそこで防御機構そのものが崩れる。そこまで推理できたのは見事でした。しかし我がそれだけを仕込みとしているとでも思ったか!』
そこでラグエルが指を鳴らすと普通の形をした天秤がどこからともなく出現した。
それは左に傾いていたがラグエルの修復が進むと同時に並行に戻っていった。
つまりあれは使用者を再生する機能がある。
……完全に読み違えた。まさかこんな手まで持っているとは。
だが諦めるわけにもいかない。なんとしても……
『さあ、ここからは被検体となる時間です。覚悟はよろしいですか?』
ラグエルはこちらの疲弊を見抜いて優位を確信しての傲慢な姿勢を取る。
それは自分こそが絶対の裁く側であるという誇示であった。
劣勢を覚悟した。
しかしその時、突如天井に穴が開いて赤い閃光のような存在が降りてくる。
赤いドレスを着た金髪の少女であった。
人形のように幼く美しい。その深紅の目は闇より深い何かを秘めているようだ。
「……」
『なんだ、貴様は? 被検体になりにき――ごぁ!』
少女は無言で何かを唱えた。
するとラグエルは一瞬で氷漬けとなって動けなくなり、彼女が指をパチンと鳴らすと氷は中にいるラジエルごと粉々に砕けて消滅したのだった。
「え、なんですの? なにやつ?」
少女は俺たちを一瞬だけ眺めたあと何も言わずに空いた天井へと飛翔し姿を消してしまった。
窮地を脱することはできた。
しかしそれは予想だにしない結果であり、俺たちはしばらく納得できない空気に悶えることを余儀なくされたのだった。




