3章⑤
5月11日、金曜日
「おはようございますわ!」
ユーハはすっかり回復したようで元気にリビングにやってくる。
「おはよう」
「おはよ~」
「寝巻きになっていますし体もさっぱりした気分ということは、ここに連れてこられたあとシャワーを浴びせてくださったんですね、お母さま」
「え、あ~~~~」
俺は目線で母親にそう言うことにしてくれと訴える。
しかしそれは逆効果なようで母はニヤリとしながらこう返す。
「いや、それやったの私じゃなくてキューセイね」
「え?」
そこで魔が凍り付く。
ユーハはキリキリと言わんばかりに首を曲げてこちらを見てくる。
顔も沸騰するように一気に赤くなった。
「ええええええええ!」
「なんで言うの?」
「女の子の裸見られて良かったわね」
「明星君、あなた涼しい顔しながらケダモノでしたの!?」
「いやそういうことじゃなくて……俺の母さんはひねくれているから」
「失礼な息子ね、わたしは至って普通の母よ。私は迷ったのよ、けど息子がどうしても合法的に女の体を見たいっていうから」
母は雑な演技でヤレヤレと呆れた顔をして煽ってくる。
「なんか殴りたくなってきた」
「お、反抗期? いいわね、相手になるわ」
本当に相手になろうとするからなぁ。
このままこじれ続けると余計に面倒になりかねないため俺は大きくため息をついて気を落ち着かせたあとに答える。
「ユーハ、仮に俺が君の裸を見たとして問題はある? 俺たちは恋人だろう?」
「え、それは仮の……えええええ!」
「あらそうなの? こういう子が好みって意外ね。てっきりリルルちゃんみたいに頭悪い子のほうが好みかと」
「はい、この話はおしまいだ。ユーハ、学校に行こう」
俺は早々に話を打ち切ってさっさと家を出た。
それにユーハが続く。
ある程度家から歩いたところでユーハが尋ねてくる。
「キューセイ、恋人って本気なんですの?」
「ああ、それはあの場を切り抜けるための方便だ。家でも言ったけれど俺の母はひねくれているから話を真に受けない方がいい」
するとちょっと残念でもあり安心した複雑な表情を見せた後に頭を整理してから尋ねてくる。
「そういえば仲悪そうでしたわね」
「悪いというか、同族嫌悪の類かな。お互いに頭がいいと深読み合戦みたいになってなんか楽しくない。合わないって感じるというか」
「あーそういうのありますわよね。あ、遅れましたが私を運びながらの上手く撤退してありがとうございましてよ」
「どういたしまして。あのケルベロスは二人じゃ無理ですね」
「ということは二人に声をかけるしかありませんわね」
俺は頷きつつリルルとシュンノスケに今日の放課後以降で集まれないか連絡を入れる。
すると二人ともOKの返事をすぐに返してきてくれた。
「二人ともOKです」
「初の4人プレイ、目指せ最上階ですわ」
「期限まで残り二日しかないですし到達できないとまずいんですよね。休日を挟んでないから時間もかなり限られる。残りの階層の実態も分からない」
「なんか理不尽ですわね、今回。敵も大天使ほどではないですけれどやたら強いですし」
「それだけあの塔が重要ということなんでしょう」
◆
放課後に俺たちはいつものショッピングモールのカフェに集合し、二人に今回の経緯を説明してまず理解してもらった。
「今度は企業買収って生々しいなぁ、おい」
「う~ん、その株主さんたちが選んだ人が新しい社長になったらなんでダメなの? 会社で働く人たちは変わらないんだよね? あ、勿論誘拐された船田社長のことは心配だよ」
シュンノスケはすぐに背景まで理解してくれたが、リルルはやはり状況が何を意図するかまでは飲み込めていないようだ。
だから俺はもう少し噛み砕いて説明する。
「表向きは変わらないよ。けれど経営方針は変わっていく。株主たちの利益になるようにね。例えば自分たちへの配当金を増やせって命令されたら会社側はそれを捻出するために社員の給料を下げなきゃいけない。もしくは何かしらの材料や経費のコストカットを強いられる。今回の場合はそれがないけど代わりにヤハウェイに都合がいい何かしらの提携が行われるだろうね」
「ええ、それって大変じゃん! というかそんな無茶なお願いする株主さんたちなんて無視すればいいのに」
「それができればいいけど資本がないと会社は回らないんだ。完全無視を決め込むと株主は降りてしまう。だから適度には聞かなきゃいけない」
「う~ん、なんかやだなぁそういうの」
「そうだね、お金の力で倫理や安全性、信用などが損なえる社会はよろしくない。だから俺たち高天原は……いや、この話は今関係ないか。……こほん、ともかく早いうちに船田社長を助けたいけれど今回は長期戦が必須になる。塔の途中で一端戻って態勢を整え直せる保証がないから。だから今日は万全に体制を整えて明日の土曜朝から約1日かける覚悟で挑みたい。どうかな?」
それに3人は頷いた。
「決まりだ」
◆
5月12日、土曜日
AIシップエンジニアリング社の手前で俺たちは、そのビルが船田社長を閉じ込めている牢獄塔だという認識を再度してヌミノース世界の同じ地点へと飛んだのだった。
「聞いていた通りすげぇ高さだな」
「ふええ~これを登るの?」
「そのために準備をしてきたんだ。早速だけど変身してフェイスベールを」
俺は二人にフェイスベールを渡し装着させ、3人には事前に変身してもらって塔の内部へと再侵入を始めた。
9階まではすんなりと昇り進められた。
門番が復活する可能性を考えて事前に変身してもらっていたのだが杞憂だったようだ。
そして10階、ケルベロスは変わらずそこに居座っており、俺たちがやってきたことを感知して起き上がる。
「リベンジしますわよ~」
「ユーハは相性悪いから後衛ね、シュンノスケは前を、俺とリルルは中間位置で補助する」
「ぐぬぬ……不服ですがここで躓くわけにもいきませんし言う通りにしますわ」
ケルベロスは真っ向から突っ込んでくる。
「リルル」
「分かってる、せーい、シャボン玉!」
セイレーンに変身したリルルは水の攻撃に長けている。
彼女は大きな水の球体を壁として生成してケルベロスの突進にぶつける。
するとシャボン玉は弾けて強烈な水しぶきとなりケルベロスが纏う炎を全て消化しきった。
これにより直接攻撃で火傷をすることがなくなる。
「せい、おらぁ!」
シュンノスケはすかさずウェアウルフとなった強靭な腕を振るって鋭利なその爪でケルベロスの頭を2つ一気に落とした。
残るは1つ、ケルベロスは優勢でなくなったことを察してバックステップして距離を取ろうとする。
しかしそこで強烈な逆風をユーハが発生させたことで距離を離せなくなる。
「タービュランス・リポイント、ですわ」
そこでケルベロスは判断というものが上手く機能しなくなりたじろいだ。
その好機を逃さない。
「レイ・ベリアル」
光で形成したハンマーをケルベロスの頭上に出現させてそのまま真下に振り落とす。
頭への直撃は避けてきたが胴体にヒットできたため問題ない。
光のハンマーは接触と同時に高反発な衝撃と高圧縮されたレーザーを開放する。
その胴体は高反発の衝撃によって折られるように砕かれていき、高圧縮のレーザーが四肢や関節を切断していく。
それによりケルベロスはバラバラになって自身の形成を保てなくなり闇に帰るように消滅していったのだった。
「えぐっ、キュー君のその技怖いよ」
「気分爽快ですわ、しつけのなっていないワンちゃんにはお似合いの仕置きでしてよ」
「実証はこれが初めてだけど思ったより使える。けど流石に隙が大きいから一人じゃ使えないな。集中力もかなり使うし」
「まあ何はともあれ、ここで無駄に消耗せずに突破できたんだし上々だろ」
「ああ、先に進もう」
ケルベロスの先にある階段を上り11階へと俺たちは進んだ。
◆
門番との連戦が続いていくかと思われたが11階は予想とは違う光景であった。
実験室だ。
このヌミノース世界に生きているとされる生物の死骸?が大型カプセルにいくつも保存されており、資料の棚がいくつもある。
「なんだここは?」
「見た通り実験室なんじゃないかな。10階までで戦った敵は骸骨天使のように中身が人間というほどの知性を持っているとは思えなかった。動物寄りといっていい。もしかしたらここにある生物たちを使って作っているのかもしれない」
「なるほどな、知性はないが番犬にはなるし人間の仲間を増やすよりか手軽だからメリットは多いか。一応資料は読んどくか」
「そうだね、ここから先のヒントがあるかもしれない」
俺とシュンノスケの話がまとまったため、4人で資料を読み漁っていく。
予想は当たっていたようでここにある生物を元に門番を作っていたようだ。
――ヌミノース世界の生物は自然概念の固まりであり、その死は自身の生命力の喪失となる。故に死ぬ際に肉体は残らない。しかし仮死状態とするならば例外的に肉体は残り、さらに本来ならできない天敵となる我らが主との契約も可能となる――
——仮に「天獣」と呼称しよう。これらは知性をほぼ持てず獣の本能に従っての行動をよぎなくされるため、当初は失敗の産物と思えた。しかしいくつかの調教手段を用いることで行動を現実の動物と同じように矯正できたため門番程度なら運用できる目途が付いた。
——この塔の完成にあたり2階を除くすべての階層に天獣を配備し経過を見る。これらを突破できるほどの存在がヌミノース世界の原住民にいるとは思えないがもしいるとするならそれは更なる優秀な素体となるに違いない。故に塔の入り口は開けたままにしておく。強さと知恵……あらゆるものを備えているならきっと私の元に来てくれるはずだ――
読み漁った中に経過日誌があった。これはその一部を抜粋したもの。
これを書いた本人こそケルベロスたちの生みの親だ。
そして侵入の余地を残したのは俺たちのような強い存在をおびき出すためだと分かり納得はできた。
「いい趣味してやがるぜこいつ、俺らが昇ってくることもこいつに取っちゃメリットになるから侵入の余地を残している」
「癪に障る考え方だな。被検体になる気はさらさらないが登らないという選択肢はない。先へ進もう」




