3章④
天空が真っ黒なほどに濁っている。
広大な平原に天に届きそうなほどの長さを有する機械の塔が打ち立てられていた。
それの外部にところどころある無数のパイプからは黒い蒸気が吹いていた。
それが天へと昇って空を黒く染めているのだろう。
「ながっ、なんですのこの塔」
「かなりの規模だね、東京タワーの2倍以上……700mはありそうだ。さて……」
塔の周辺に骸骨天使はまるでいない。
前回の研究所も周りの電波塔の警備はなく、敵は研究所内に集中していた。
このことから現実世界への干渉が確立できた場所を維持する人員は最低限にする方針なのだろう。
妖精の女王に尋ねて最初に破壊したプリンシパリティと戦った場所には骸骨天使たちが警備として配置されてのはその逆が答えだ・
破壊した巨大な電波装置の現実での運用がまだ安定せず、最低人員で回せる防衛措置も取られていなかったなら説明がつく。
この仮説が正しいかはすぐに分かるだろう。
塔の真下には扉があり、それが開いているためだ。
「正面の扉から中に入って登るのは怠そうですわね」
「中がどういう仕組みかもわからないしね。船田社長がどこに囚われているか謎だけど現実世界との関連を考えるなら上層部にいる方が自然だろう。だから上に飛んで壁を壊してショートカットしたいところだけど……」
「やってみますわ」
ユーハは妖精の姿に変身し背中に生えた妖精の羽で飛翔する。
「うっ、あちち、なんですのこの煙! 不快極まりないですわ」
しかし塔の外壁に近づくと黒い蒸気に触れてそれに耐えられずに引いてこちらに戻ってきた。
「……やはりそういうことか。このヌミノース世界では飛べる生物は多いだろうし、魔法による飛行も容易だ。だとすれば高所への奇襲対策はしているか」
「ちょっと、分かっているなら教えなすってくださいまし!」
「絶対の確信があったわけでもないから。まあ、事前に予測を言わなかったのはごめん」
「やはり正面から挑むしかありませんのね」
「不本意だけれどね。ああそうだこれを」
そこで俺は顔の下半分を隠せる白いフェイスベールを2つ取り出してうち1つをユーハに渡す。
「なんですのこれ?」
「仮に入ってすぐに監視カメラがあってこの塔を指揮している人物に俺たちの顔を見られたとしよう。そうなったらそいつを始末するには塔を登らなければならない。しかしそいつにたどり着く前に顔の情報を伝達されてしまうと、そいつを倒したとしても現実で俺たちは敵に狙われてしまう。それを防ぐためのフェイスベールだ」
「おお、ナイスアイディアですわ。できれば緑色が良かったですけれど」
俺たちはフェイスベールを装着して互いを眺める。
「息がしにくいとかはない?」
「ないですわ。顔が引っ張られる違和感も少ないですし」
「高天原製だからね。昨日は保証する」
「いい仕事しますわね、高天原の職人さんは。けどこれ本来は何のために使うんですの?」
「素顔を晒さない奉納とかで宮司が主に使うのだけれど、それ以外でも信徒の身バレを防ぎながら移動させたいときとかにも使う」
「なるなる。では参りましょうか」
俺たちは塔の中へと足を踏み入れた。
1階には2階へと続く螺旋階段があるだけで何も置かれていない。
強いて言えば骸骨のデカい二つ首をした犬がいるだけだ。
眠っていただろうそれは俺たちの侵入に気付くと両頭の頭蓋の目を光らせて立ち上がり臨戦態勢に入る。
「オルトロスというところか。これも人間……いや分からない」
「どちらにせよ倒すしかありませんのよ。行きますわ。エアリアル・インパルス!」
ユーハは先制をとって空間を震え上がらせるほどの風の衝撃波を発生させる。
しかしオルトロスは飛び上がり衝撃波の一番薄い空中へと逃げながらこちらへと嚙みつこうとしてくる。
「おへっ、かわされましの!」
技後硬直で動けないユーハはこのままだと噛まれて殺されるだろう。
だから彼女の手前にイルミナス・ディアブロを発生させる。
光の鏡はオルトロスの突進を吸収しそして壊れる。
壊れた光の刃は目の前のオルトロスへと全て飛んでいく。
オルトロスはそれに切り刻まれてバラバラとなり消滅していった。
「あ、危なかったですわ~。ナイスアシスト。というか他の魔法も使えるようになっていたんですのね」
「敵が複数の魔法を使えることを考えたら、最初に無意識化で使えた基本の魔法だけしかこっちが使えないのもおかしいからね。契約した時点での基本性質は変えられないけど、それをどう扱いか……俺の場合は光の運用手段は決めていいらしい。ユーハこそ新しい魔法を使っていたけれど同じような理屈で編み出したのかな?」
「いえ、あたくしは現実で一人の時にこっそり色々試してみて「あ、これ行けますわ!」ってフィーリングの手探りでしてよ」
「それって相当な回数試したんじゃ?」
「ですわ」
「……まあ見つかっていないならいいけれど」
ユーハにはそういうやり方があっているというなら止めたら逆効果になるだろうしこの話題は打ち切って2階へと進んだ。
2階には敵がいなかった。
壁にヌミノース世界の地図だろうか? そう思われるマップがあり、その横にはマップの座標を決める操作パネルがあった。
「なんですのこれ?」
「動かしてみないとなんとも」
俺は座標を適当に現在地から近い海岸へと移動させてみる。
するとホログラムが発生して室内に海岸の景色が発生した。
「……なるほど、ここで決定ボタンを押すと恐らく海岸に飛ばされるんだと思う。このマップを見るにヌミノース世界の面積は現実の6分の1あればいいほう。それでも十分に広大で全てを支配下に置くには移動効率を上げる装置が必要なのが分かる」
「なら今回は船田社長を助けて敵を倒した後、これを使って逃げればいいんですのね。移動先は今までで現実に帰還できた場所のいずれかで」
「そうだね、ただ気になるのは敵もこれを定期的に利用しているはずだし、有用な移動システムだから管理しておきたいはず。それが無警戒なのは1階の敵がこの世界の普通住人には倒せないからと鷹をくくっているのか……」
「いずれにせよですわ、帰る方法が他にないならそのつもりで先の階へと進み続けていくしかなくってよ」
「そうだね」
それから俺たちは先の階に出現する骸骨の化け物の敵を相手に倒し続けて3~9階までを制覇していった。
それらの敵は骸骨天使ではなく骸骨の動物の形状をしたものばかりであった。
「……流石に連戦は疲れますわね。敵も強いですし」
特別変わった攻撃や動きをしてくるわけではない。
しかし単純に白衣だけを纏った雑兵の骸骨天使どもと比べるとパワーとスピードがかなり高い。
上手く対応して致命傷を受けないように戦えてはいるが今より強い相手となると厳しい。
「次の階の敵を倒したら一旦休憩して考えよう」
「賛成ですわ」
そしてついに10階に到達する。
そこには1階で見たデカい骸骨の犬がいた。
ただし首は3つ、しかも全身に炎を纏っている。
「ケルベロスというところかな」
「ははん、警戒して損しましたわ。同じワンちゃんなら楽勝でしてよ。エアリアル・インパルス!」
ユーハは空中に飛ばれてもいいように風の衝撃波を2段構えで発生させた。
しかしケルベロスはそれを避けようとせずに余裕で受けきる。
身に纏う炎が風の衝撃をほぼ通さないためだ。
「これは不味い、ルクス・アバドン!」
ケルベロスの真下から光の柱を発生させる。
これは多少効いているようだがそれでも焼き切ることはできずに堪えきられて反撃に3つの頭の口から業火球をこちらに放ってくる。
業火球は俺に2つ、ユーハに1つだ。
ともに技後硬直で避けられない。
「ぐっ」
俺の方は案外受けてもそこまでの衝撃とならなかった。
しかしユーハの方はそうではない。
「あばばばば!」
放たれた威力は同じ。数は半分のはずだ。しかしユーハは受け入れずに吹っ飛ばされて地面に膝をつく。
そこにケルベロスは容赦なく追い打ちをかけるように突っ込んで右前足でユーハを押し出すように引っ搔いた。
「うげぇ!」
さらにゴロゴロと吹き飛ばされて地面に転がされる。
そこで変身が解けてユーハは目を回して気を失ってしまった。
「きゅ~~~~~~~~~~ですわ」
「ええ! ユーハ!」
まずい、これは勝てない。
俺はユーハを抱えて上がってきた階段を下り逃げるしかなかった。
ケルベロスは階段を下るまでを見ると追うのを止めて見逃した。
……やはり門番としての知能はあるのか。
追いかけ続けて塔の外に出てしまうと門番が不在になってしまうのを避けるためにそうしたのだろう。
2階まで戻って転送装置を起動させる。
座標を妖精の森の近くに固定。
ホログラムが室内に映し出されたところで俺はユーハを確認する。
ケルベロスの大きな爪がある右手足で引っかかれたというのに服が裂ける程度で目立った外傷はないようだ。
変身している状態だと致命傷になりにくいのだろうか?
ともかく命に別状はないだろうと踏んで叩き起こす。
「すぐに起こして申し訳ないんですけど、一旦逃げるために装置を使います」
「ええ、分かりましたわ」
そして二人でその景色を妖精の森だと認識してワープボタンを実行して飛んだのだった。
◆
妖精の森まで飛んだ俺たちはそのまま大樹のある方角へと進んで大樹内の都へとやってくる。
「久しきですね、キューセイ。ユーハは随分と疲れておりますね」
快く出迎えてくれた妖精の女王はユーハを心配する。
「攻撃を受けてからクタクタになってしまいましたわ。致命傷になっていないのが幸いですけれど」
「……いえ、致命傷ですよ。契約によって妖精の力を得たあなたは変身中、性質自体が妖精へと変わっているのです。そんな状況で骸骨天使どもの闇の攻撃は勿論のこと火や打撃といったと特定の攻撃を受けたら精神と生命力を大きく消耗します」
なるほど、俺がケルベロスの業火球を2つも耐えられて、ユーハが1つも耐えられなかった理由はそれか。その後に打撃の追撃まで受けたのだからクタクタなのは当然だ。
ユーハがこれなら他の契約者も当然、得手不得手があるのだろう。
「数日経ちましたがあれから妖精の森への襲撃はありましたか?」
「いえ、何も。あなたたちの活躍は風の噂で聞き及んでおりますよ。プリンシパリティ、サドキエル……上位天使を狩る謎の存在。それが今まで劣勢で意気消沈気味であった我々の希望となり活力となってヌミノース世界全体の抵抗力と繋がりました。それもあってか敵は今、直接的な攻勢に乗り出す素振りをまるで見せていません」
たった2体しか倒せてはいない。しかしそれでも今まで倒せない方が自然であって存在を倒せているその意味は大きい。
なら俺たちがやっていることは契約を果たしていっているということなのだろう。
「すぐに現実世界に戻って休ませたほうが良いです」
「ご忠告感謝します」
俺たちはすぐに妖精の都を出て南にある泉に映る現実の快晴の夜空の景色を認識すると現実へと帰る。
今回はこちらに来た元の座標からかなり遠い場所からの帰還となる。
現実のどこに飛ばされるか見当が付かないため不安はあったが他に確実な当てがあるわけでもないため覚悟をするしかなかった。
結果としては……森林公園の池に帰ってきた。
どうやらヌミノース世界で元の座標から離れすぎると同じ場所に帰らないようだ。
元の場所に戻るのは、精神だけヌミノース世界に飛んでいて肉体はそこに残っているからなのでは?とも考えていたが、その仮説は外れたようだ。
これは結構な収穫だ。
今後は現実に帰還する場所をこっちの都合のいいところに指定できるのだから。とはいえそこまでの移動方法は考えなくてはならないが。
ユーハは疲労困憊のようでこのまま電車に一人で乗せて上手く帰れるか怪しいほどだった。
現実に戻った安心感でか寝てしまったため、背中に担いで俺の家へと連れていき、泊まらせることにする。
「今度はえらく美人な子を連れて来たわね」
今日は家に母さんがいる日だ。ユーハとは初対面なので当然こういう反応になる。
「うちの学校の生徒会長で仲間だ。戦いで相当疲れている。とはいえこのまま寝かせるわけにもいかないし風呂を浴びせたい。母さん頼める?」
「嫌よ、それくらい自分でやんなさい」
「いや、女同士じゃないとまずいでしょ」
「何言ってんの? 高校生にもなったら男と女でも気にしないでやれなきゃ駄目でしょ」
「……本音は?」
「あんたが慌てふためくところ見たいから」
こういう人だと分かっていたし期待はしていなかった。
「分かった。自分でやる」
女の裸を見たことあるかというと小学校高学年でのアイカの裸は見たことある。
ユーハは胸も大きくないしそこまで意識しないで行けるだろうと踏んで俺はユーハを脱がして風呂に着けて体を洗い、乾かして服を着せた。
そして俺の部屋のベッドに寝かせる。
俺は床に予備の布団を敷いて寝ることにした。




