最終話 未来へ続く燐
春、
硫黄村には、新しい季節が訪れていた。
噴水広場では子どもたちが元気よく走り回っている。
笑い声が村中へ響く。
その中には、一人の男の子もいた。
「待てー!」
「捕まえてみろー!」
楽しそうに走る子どもたち。
その一人を、母親が優しく呼んだ。
「悠!」
「転ぶわよ!」
その名を聞いても。
誰も驚かない。
誰も顔を曇らせない。
誰も恐れない。
「はーい!」
少年は満面の笑みで手を振った。
和悠は、その光景を静かに見つめていた。
「……変わったね」
隣へ燐が歩いてくる。
「うん」
「すごく」
村長となった燐は、以前より少し忙しそうだった。
それでも笑顔は変わらない。
「仕事は慣れた?」
和悠が尋ねる。
燐は苦笑した。
「まだまだ」
「悠成さんや正継さんに助けてもらってばっかり」
噴水の向こうでは、正継と悠成が村人たちと談笑している。
正継の表情には、もうあの日の苦しさはない。
迷うこともある。
後悔も消えない。
それでも、自分の意思で未来を選んでいる。
それが今の硫門正継だった。
悠生も神影家当主として村を支え、五大名家は互いに協力しながら新しい村づくりを進めている。
「ねぇ」
燐が空を見上げる。
「硫破さん」
「今頃どこにいるんだろうね」
和悠も空を見る。
青く澄み切った空。
「あの人なら」
「きっと、また誰かを助けてる」
「そうだね」
二人は笑い合った。
ふと、和悠は懐から一冊の本を取り出す。
『燐の硫黄』
表紙は少しだけ色あせている。
だが、その文字だけは今も美しく輝いていた。
「村の図書館に置くことにしたんだ」
「えっ?」
燐が驚く。
「いいの?」
「うん」
「歴史は隠すものじゃない」
「知ってもらうものだから」
燐は静かに頷いた。
「そうだね」
「きっと、その方が虹燐さんたちも喜ぶ」
和悠は本をそっと閉じる。
その時だった。
一枚の紙が、本の間からひらりと落ちた。
「ん?」
拾い上げる。
そこには見覚えのない文字が記されていた。
未来へ。
もし、この書を読む者がいるなら。
君たちはきっと、私たちより良い時代を生きているのだろう。
過去は消せない。
後悔も消えない。
それでも、
人は前へ進める。
一人では小さな燐でも。
集まれば、大きな光になる。
だから歩み続けてほしい。
真実を恐れず。
誰かを憎まず。
未来を信じて。
――硫破
和悠は静かに微笑んだ。
「最後まで」
「あの人らしい」
燐も笑う。
「うん」
二人は噴水の縁へ腰掛ける。
それは、物語の始まりと同じ場所。
初めて二人が、この村はおかしいと話した場所だった。
しばらく沈黙が続く。
風が吹く。
桜が舞う。
やがて和悠が口を開いた。
「燐」
「なに?」
「覚えてる?」
「あの日」
「噴水で話したこと」
燐は優しく笑った。
「もちろん」
「あの時、俺たち」
「この村、おかしいって言ってた」
和悠は頷く。
「本当に、おかしかったね」
「うん」
「でも」
燐は村を見渡した。
子どもたちの笑顔。
穏やかな村人たち。
新しい時代。
「もう、大丈夫」
和悠も笑う。
「そうだね」
その時、
春風が『燐の硫黄』のページをめくる。
開かれたのは、あの序文だった。
燐とは小さな光である。
闇の中でもなお消えず、
真実を照らす光である。
和悠は静かに本を閉じ、空を見上げる。
どこか遠くで、
きっと今日も硫破は歩いている。
別の世界で、
別の時代で、
また誰かの小さな燐を守るために。
硫黄村の物語は終わった。
けれど、
人から人へ受け継がれる小さな光は、これからも決して消えない。
硫に祝福を。
刻に祝福を。
虹に祝福を。
そして――
すべての"燐"に、祝福を。
――『燐の硫黄』 完
いやぁ、終わってしまうと感慨深い。
作者視点ですが、ここまで続けられるとは思ってませんでした。
作者自身、飽きっぽい性格もあるため、作品が長続きはしないだろう。
と思っていました。
最後までお読みいただき、本当に、ありがとうございました!!
最後に余計かもですが、評価していただけると作者は本当に嬉しいです。
最後ですが、よろしくお願いいたします。




