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燐の硫黄  作者: 虹藤時雨
番外編
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番外編 硫破、硫黄村へ帰る

春風が吹く。

どこまでも澄み切った青空の下、一人の青年が石畳の道を歩いていた。

黒髪を揺らし、白い羽織を羽織ったその青年は、村の入り口に立ち止まる。

「……久しぶり」

その声は、懐かしさを含んでいた。

目の前にある石碑には、大きくこう刻まれている。


硫黄村


青年、硫破は、小さく笑った。

「ずいぶん変わったな」

昔は土の道だった。

今は石畳が整備され、家々も建て替えられている。

子どもたちの笑い声が村中に響いていた。

「ねぇねぇ!」

「鬼ごっこしよう!」

「待てー!」

硫破は足を止める。

その中に、一人の少年がいた。

友達に向かって笑いながら叫ぶ。

「悠!」

「早く来いよ!」

「今行く!」

硫破は思わず目を細めた。

「……そうか」

もう誰も、

「悠」という名前を恐れない。

その光景だけで、胸が温かくなった。

「お兄さん!」

突然、女の子が硫破を見上げる。

「観光?」

「まあ、そんなところ」

「初めて?」

硫破は少し考えてから笑った。

「いや」

「昔、住んでた」

「へぇ!」

少女は目を丸くする。

「じゃあ、図書館行った?」

「図書館?」

「うん!」

「この村で一番すごいところ!」

少女は硫破の手を引っ張る。

「案内してあげる!」

硫破は苦笑しながら、その後を歩いた。

村の中央。

そこには、昔はなかった立派な建物が建っていた。

入口には木の看板。


硫黄村歴史図書館


硫破は思わず笑う。

「こんなの作ったんだ」

館内へ入る。

静かな空気。

木の香り。

そして中央の展示室。

一冊の本が、大切そうにガラスケースへ収められていた。

『燐の硫黄』

その隣には、もう一冊。

『燐の硫黄 零』

硫破はゆっくり近づく。

ガラス瓶越しに本を見つめる。

「ちゃんと残したんだね」

その時、一人の司書が近づいてきた。

「ご覧になりますか?」

「いいんですか?」

「もちろんです」

司書は白い手袋をはめ、本を丁寧に取り出した。

「この本は、この村で一番大切な本なんです」

硫破は静かに受け取る。

ページを開く。

そこには見覚えのある文字。


燐とは小さな光である。

闇の中でもなお消えず、

真実を照らす光である。


硫破は静かに笑った。

「懐かしい」

司書は首を傾げる。

「読まれたことがあるんですか?」

「少しだけ」

嘘ではない。

ほんの少しどころではないが。

ページをめくる。

そこには和悠が後世へ残した注釈がある。

燐がまとめた歴史。

悠成が追記した資料。

正継が記した反省録。

歴代当主たちが少しずつ書き加えた記録。

『燐の硫黄』は、一冊の本ではなくなっていた。

村そのものの歴史書へと成長していた。

硫破は静かに本を閉じる。

「ありがとう」

誰へ向けた言葉だったのか。

誰にも分からない。

図書館を出る。

夕日が村を赤く染めていた。

噴水広場。

硫破は自然とそこへ足を運ぶ。

ベンチへ腰掛ける。

昔、

和悠と燐がここで語り合っていた。

「この村は、おかしい」

そう話していたあの日。

硫破は空を見上げた。

「二人とも」

「ちゃんと約束を守ったね」

春風が吹く。

桜が舞う。

その花びらが一枚、硫破の肩へ落ちた。

「……ん?」

硫破は花びらを手に取る。

すると、

どこからか、聞き覚えのある笑い声がした。

『硫破さん!』

『またね!』

和悠、

燐、

二人の声だった。

硫破は目を閉じる。

幻だったのか。

風だったのか。

それは分からない。

それでも、

「うん」

「またね」

そう答えた。

立ち上がる。

次に向かう世界が待っている。

歩き出したその時、

振り返ることなく、小さく手を振った。

「虹に祝福を」

「刻に祝福を」

「硫に祝福を」

「そして」

「すべての"燐"に、祝福を」

夕日に照らされた硫黄村は、穏やかに笑っているようだった。

硫破もまた、小さく微笑む。

その姿は、やがて春風の中へ溶けるように消えていく。

旅は終わらない。

またどこかの世界で、

また誰かの小さな燐を見つけるために。

        ― 番外編 硫破、硫黄村へ帰る 完 ―

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