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燐の硫黄  作者: 虹藤時雨
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第十九話 硫悠の別れ 

硫黄村に、穏やかな朝が訪れた。

怨念は消え去り、「久遠の悠久」は撤廃された。

虹空家への村長家継承も無事に終わり、思想支配からも完全に解放された。

村人たちの表情には久しく見られなかった安堵が浮かんでいる。

それでも……

硫黄神社だけは、どこか寂しげな空気に包まれていた。

本殿の前、

サルファロスは縁側へ腰を下ろし、静かに庭を眺めていた。

その隣へ、一人の青年が歩いてくる。

黒髪を風に揺らしながら。

「隣、いい?」

サルファロスは笑った。

「断っても座るのであろう」

「もちろん」

硫破は隣へ腰掛ける。

しばらく、二人とも何も話さなかった。

鳥のさえずりだけが聞こえる。

やがてサルファロスが口を開いた。

「……長かったな」

硫破は空を見上げる。

「千年くらい?」

「それほどだ」

二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

「あの時は、本気で君を倒すつもりだった」

サルファロスが懐かしそうに言う。

硫破も苦笑する。

「知ってる」

「かなり痛かった」

「お前も容赦なかったではないか」

「まあね」

その会話は、まるで昔話をする旧友のようだった。

敵同士だったとは思えないほど穏やかな時間。

その様子を少し離れた場所から、和悠と燐が見守っていた。

「不思議だね」

燐が呟く。

「神様同士って、もっと怖い人たちだと思ってた」

和悠も頷く。

「でも」

「友達なんだろうね」

その言葉を聞き、硫破が振り返る。

「友達か」

少しだけ考え込む。

「……悪くない」

サルファロスは笑い声を漏らした。

「初めて会った時のお前は、それはもう生意気でな」

「君も偉そうだったじゃん」

「神だからな」

「そこ威張るところ?」

また笑いが起こる。

その笑顔を見て、和悠は胸を撫で下ろした。

やっと……

本当に終わったのだ。

そう思えた。

その時、硫黄神社の境内を、穏やかな風が吹き抜ける。

桜の花びらが二人の間を舞った。

硫破はゆっくりと立ち上がる。

「……もう行くのか」

硫破は小さく頷いた。

「うん」

「こっちの世界でやることは終わった」

和悠が驚く。

「え……」

「行くって」

「どこへ行くんですか?」

硫破は少し考えたあと、困ったように笑った。

「仕事」

「え?」

「世界を巡る仕事」

燐は首を傾げる。

「旅人みたいな?」

「そんな感じ」

本当のことは話せない。

世界線を渡る存在であることも

他の世界が本職であるということも

今はまだ……

和悠たちは知る必要がない。

サルファロスは硫破の肩へ手を置く。

「昔のお前なら」

「最後まで一人で抱え込んでいただろう」

硫破は苦笑する。

「成長したでしょ」

「ああ」

「本当に」

二人は静かに笑い合う。

千年以上前、敵として刃を交えた。

そして今、友として別れを告げる。

不思議な縁だった。

サルファロスは空を見上げる。

「礼を言う」

「この村を残してくれて」

「皆を守ってくれて」

硫破は首を横に振る。

「違う」

「守ったのは」

和悠たちを振り返る。

和悠、燐、悠生、正継……

そして村人たち。

「みんなだよ」

その言葉に、村人たちは照れくさそうに笑った。

そして、サルファロスも静かに立ち上がり、

村人たちの方へ向き直る。

「皆の者」

その声に、境内へいた全員が顔を上げた。

「私も、そろそろ旅立つ」

ざわめきが広がる。

「旅立つ……?」

「どこへ?」

村人の問いに、サルファロスは優しく微笑む。

「役目を終えた神は」

「静かに眠るだけだ」

和悠は思わず前へ出た。

「待ってください!」

サルファロスは振り返る。

「あなたがいなくなったら」

「この村は……」

老人は首を横に振る。

「もう、お前たちがいる」

「私は、もう必要ない」

燐も目に涙を浮かべる。

「でも……」

「まだ一緒に」

サルファロスは二人の頭へ、そっと手を置いた。

「ありがとう」

「和悠」

「燐」

「お前たちは、私が思っていた以上に立派に育った」

「だから安心して任せられる」

和悠は唇を噛み締める。

何か言いたい。

それなのに、言葉にならない。

その時、

硫破は話しかける。

「サルファロス」

「うむ」

「またね」

たった三文字。

それだけだった。

サルファロスは目を細める。

「……ああ」

「また会おう」

「ルパ」

「世界が違っても」

「時代が違っても」

「また、どこかで」

硫破は笑う。

「約束」

その瞬間だった。

サルファロスの身体が淡い金色の光へ包まれる。

村人たちは誰も声を出せない。

光はゆっくりと空へ昇り始める。

風が吹く。

桜が舞う。

その光景を見上げながら、和悠は静かに呟いた。

「ありがとうございました」

誰よりも長く、この村を見守ってきた神へ、

感謝を込めて……

硫破もゆっくりと歩き出し、

鳥居の前で立ち止まる。

振り返ることなく右手を軽く振った。

硫破は一歩踏み出す。

その姿が朝日に溶け込む。

まるで時の流れそのものへ帰っていくように。

和悠はその背中へ向かって叫んだ。

「硫破さん!」

硫破は立ち止まる。

「ありがとうございました!」

「僕たち」

「絶対、この村を守ります!」

硫破は振り返らない。

ただ右手を少しだけ高く上げた。

「期待してる」

その一言だけを残し、ゆっくりと石段を下りていく。

やがて、その姿は朝靄の向こうへ消えた。

境内には静かな沈黙が流れる。

正継は目を閉じ、小さく笑った。

「忙しい男ですね」

和悠も笑う。

「また会えますよね」

正継は力強く頷く。

「ああ」

「きっと会えますよ」

明日、10時に第二十話投稿予定!

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