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燐の硫黄  作者: 虹藤時雨
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第十五話 怨念との戦いⅡ

「……やはり、お前はあやつの子孫だ」

サルファロスは、和悠の右手に浮かぶ刻印を見つめ、小さく微笑んだ。

その紋様は、千年以上前に一人の青年が授かったものと寸分違わぬ形をしていた。

和悠はその意味をまだ知らない。

だが、その刻印は確かに始祖へと繋がる証だった。

黒い霧が再び膨れ上がる。

巨大な怨念はゆっくりと腕を持ち上げ、空を覆うほどの黒い瘴気を放った。

「ギィィィィィ……!」

耳を裂くような叫びが境内を震わせる。

村人たちはその場へ崩れ落ちた。

「頭が……!」

「苦しい……!」

「みんな、耳を塞いで!」

燐が叫ぶ。

その瞬間、燐の瞳が淡い虹色に輝いた。

「虹空家固有能力――高速演算」

一瞬で周囲の状況を把握する。

怨念の数、動き、攻撃範囲、逃げ遅れた村人の位置。

全てが頭の中へ流れ込む。

「和悠!」

「北側に七人!」

「西に三人!」

「子どもが二人取り残されてる!」

「分かった!」

和悠が駆け出そうとした、その時だった。

「私が行く」

正継が前へ出て、右手を静かに掲げる。

「硫門家固有能力――万物支配」

境内を囲む石垣が砕け、無数の岩塊となって宙へ舞う。

「守れ」

その一言で岩塊は意思を持つように飛び回り、怨念の攻撃を受け止めていく。

「急ぎなさい」

正継は振り返らない。

「私はここを支えます」

和悠は一瞬だけ正継を見つめた。

考え方は違う。

制度についても、まだ何一つ決着はついていない。

それでも今だけは、同じ方向を向いている。

「ありがとうございます!」

和悠は走った。

その横を一つの影が駆け抜ける。

「遅れるな」

悠生だった。

「神影家固有能力――陰影操作」

影が地面を走る。

黒い帯となって村人の足元へ伸びると、次の瞬間、影は柔らかな壁となり怨念の一撃を受け止めた。

「武蔵家!」

正継が叫ぶ。

「はい!」

武蔵家当主が両手を合わせる。

「武具錬成!」

白銀の光が弾ける。

十数本の刀と槍が空中へ現れ、村の若者たちの前へ降り立った。

「戦える者は他の村人を守れ!」

続いて岩倉家当主が地面へ手をつく。

「鉱物生成!」

境内の外周へ巨大な岩壁が築かれていく。

避難する村人たちの道が確保された。

燐は次々と指示を飛ばす。

「左へ!」

「そこ危ない!」

「三歩下がって!」

高速演算による未来予測。

村人たちは燐の声だけを頼りに避難していく。

硫破は静かにその様子を見つめていた。

サルファロスが隣で呟く。

「手を貸さぬのか」

硫破は苦笑する。

「貸してるよ」

「え?」

「信じて見守るのも、神の役目だ」

サルファロスは少しだけ笑った。

「……そうであったな」

その時だった。

巨大な怨念の胸が赤黒く光る。

燐の表情が変わる。

「和悠!」

「来る!」

巨大な腕が振り下ろされる。

その先には、逃げ遅れた幼い兄妹。

””間に合わない””

そう誰もが思った瞬間。

和悠の右手の刻印が眩く輝いた。

「刻印――!」

右手で空中へ文字を書く。

『護』

その一文字が光となって兄妹の前へ刻まれる。

直後、透明な結界が生まれた。

轟音が響き渡る。

怨念の一撃は結界に弾かれ、霧となって四散する。

村中が静まり返った。

「刻印……」

悠成が目を見開く。

「あれが……始祖より伝わる、本当の刻印」

和悠は自分の右手を見つめる。

一文字刻むだけで、身体中の力が奪われるような感覚。

決して万能な能力ではない。

だが、その一文字には、人を守る力が宿っていた。

硫破は静かに微笑む。

「そう」

「その力は、誰かを倒すためじゃない」

「未来を残すための力だ」

そして、巨大な怨念の額に、かすかに亀裂が入る。

浄化への道は、まだ始まったばかりだった。

巨大な怨念の額に入った小さな亀裂。

それは一瞬で塞がった。

「やっぱり……!」

和悠は息を整えながら呟く。

「刻印だけじゃ足りない」

硫破は静かに頷いた。

「そうだ」

「怨念は力じゃない」

「心だから」

その言葉を聞いた瞬間、和悠は何かを思い出した。

刻印家の蔵、時継の記録。

「あ……」

和悠の瞳が見開かれる。

「そういうことだったのか」

その頃、正継は一人で数十体の怨念を食い止めていた。

「硫門家固有能力――万物支配!」

境内の石畳が波のようにうねり、黒い霧を押し返す。

しかし、能力の消耗は激しい。

額から汗が流れ落ち、呼吸も荒い。

悠生が駆け寄る。

「正継様!」

「まだ戦えます」

「無茶です!」

正継は苦笑した。

「私は村長です」

「村長が最後まで立っていなければ」

「村人は安心できません」

その時だった。

巨大な怨念が咆哮を上げる。

境内中の黒い霧が一つへ集まり始めた。

燐が高速演算を発動する。

虹色の瞳に未来が映し出される。

「まずい!」

「全部集まる!」

「あと十五秒で来る!」

和悠は右手を見る。

刻印。

この力だけでは届かない。

その時、サルファロスが静かに言った。

「和悠」

「刻印とは何だ」

突然の問いだった。

「え……」

「答えなさい」

和悠は右手を見つめる。

刻む力、記録する力、受け継ぐ力。

その全てが頭の中を巡る。

やがて、小さく答えた。

「……人と人を繋ぐ力」

サルファロスは優しく笑った。

「正解だ」

「ならば」

「繋ぎなさい」

その一言だった。

和悠ははっと顔を上げる。

「繋ぐ……」

「能力を」

右手の刻印が輝き始める。

「刻印」

空中へ一文字。

『繋』

光の文字が現れる。

その文字は五つに分かれ、それぞれ仲間たちの前へ飛んでいく。

正継、悠生、燐、武蔵家当主、岩倉家当主。

五人の右手に淡い刻印が浮かび上がった。

「これは……!」

燐が驚く。

和悠は叫ぶ。

「みんな!」

「力を貸してください!」

正継は一瞬だけ和悠を見る。

静かに頷いた。

「承知しました」

悠生も刀を構える。

「最後まで付き合う」

武蔵家当主が笑う。

「任せろ!」

岩倉家当主も拳を握る。

「村は俺たちが守る!」

その瞬間、五つの能力が刻印を通じて共鳴した。

高速演算、陰影操作、武具錬成、鉱物生成、万物支配。

それぞれの力が和悠の刻印によって調和し、一つの大きな術式となって境内を包み込む。

硫破は目を細めた。

「これが……」

「刻印の本当の使い方」

サルファロスも静かに頷く。

「あやつが目指した力が、今ここに蘇った」

巨大な怨念が黒い腕を振り上げる。

和悠は一歩前へ出た。

右手を空へ掲げる。

「この村は」

「もう誰も見捨てない」

刻印が眩く輝く。

五大名家の力が一つとなり、白銀の光が夜空を貫いた。

その光は巨大な怨念を包み込み、黒い霧の奥に眠る無数の魂へと届いていく。

長い年月、救われることのなかった人々。

その心へと、

静かに、

優しく、

光が差し込んだ⋯⋯

お読みいただきありがとうございます。

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