2.貪食
「…ごちそう、さまでした」
拒否反応を示す胃を、腹を抑えながらなんとか押しとどめる。そうでないと、せっかく飲み込んだスライムを吐き出すことになってしまう。
…もうあの青臭いゲルのような食感を、味わいたくない…。
人が活動するためには、エネルギーが要る。こんな状況では、栄養価のあるものなら選り好みせず、食べるべき……だと。
そう考えないと、頭がおかしくなりそうだ。
「…ステータス」
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残HP:8%
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…あぁ、よかった。回復している。
しっかりと、食ったものを糧として、命を繋ぐことはできるらしい。
すごいゆっくりとしたペースだけど、着実に体力が戻っているのを感じる。こうやって数値化されると、なんだか分かりやすくていい。
このまま、俺の胃がスライムを消化してくれるのを待つとしよう。ここから動くのも、それからだ。
……ついでに、調べ物も済ませてしまおう。
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[貪食]
:飢え、足掻く者。
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…足掻く者…か、俺にはピッタリだ。
まったく、皮肉なものだが、生き残った俺にとっては最高の褒め言葉かもしれない。
俺は足掻く、生きる為に……なんて。
…ははは、なんか、カッコイイじゃないか。まるで主人公にでもなったみたいで。
…あぁ、でも、疲れたな……
壁へともたれかかって、瞼が鉛になったように、重たくなる。
疲れきった身体は、まるで落ちるように眠りに落ちていく
そして。
〈迷宮探索 1日目〉
目を覚ました時、周りに敵が居なかったことは幸いだった。襲われることを考えていなかった。
今回は、無傷で眠れたことに感謝しないとな…。
そして…ステータスは──
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残HP:26%
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全快には遠いが、全体の4分の1程には回復していた。普通に立ち上がれるし、歩く程度なら問題はない。
やっと、冷たい石室の中を歩くことができるようになった。
手で触れて、足で歩き回って調べていく。
壁面は人工物、切り出された石で組み上げられた壁のように見える。固くて、ほんの微かに光を放っている。
床も同様だ、この光のおかげでなんとか部屋の形を認識することが出来る。
俺が落ちてきた穴が無いかと思い、天井を見上げてみたが、部屋の何処にも穴は見当たらなかった。
勝手に動く、仕掛けのようなものも見当たらないが…どういう仕組みになっているんだろうか。
…まぁ、ステータスなんてものがあるんだから、そんな現実的な所を考えても仕方がないだろう。MPというもあるから、何らかの魔法とか、そういうものなんだ。
時間は有限、考え込みすぎる訳にはいかない。こうしてる間にも敵が迫ってるかもしれないし、行動を急ぐべきだろう。
外には、もっと安全な場所もあるかもしれない。
俺は、暗い通路の先に目を向ける。暗がりに目が慣れてきたのか、少しは先が見えるようになった気がする。通路は、左に曲がって続いているらしい。
恐れを抱きながらも、俺は通路へ足を伸ばした。その先に出口がある。そう思わなければ前になんて進めなかった。
◇◇◇◇◇◇
暗い通路、人が5人は通れるほどに、広い通路だ。
通路には、所々に分かれ道があるが、俺は今のところ真っ直ぐ歩くことに専念している。あまり複雑に動くと、迷ってしまいそうだ。
まるで、迷路だ。
人を迷わすためだけに、この通路は作られている。目印もなく、運用目的もなく、ただ惑わすためだけの迷路だ。
きっと、ファンタジー的に言えば、ダンジョンとでも呼ばれるのだろう。
そして、ダンジョンの定番と言えば、宝箱や、階段など。そういったギミックがプレイヤーを楽しませてくれるわけなのだが…。
俺の運が悪いのか、そういった類のものは見受けられなかった。
時間が分からないので、どれほど経ったのか分からない。足には疲労が溜まり、1歩踏み出すにも倦怠感を感じている。
詰め込めるだけ詰め込んだスライムも、今となっては消え失せた。また腹が空く。
しかし、…食べ物を見つけることは、まだ出来ていない。
「…鑑定だ」
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[苔]
:発光し、有毒
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せめて、食べれそうな苔さえ、毒を持っている。石を齧るのも、土を口にするのも不可能だ。
ここで…俺が知っている、食べられるものは…
……いや、ダメだ。あれを食べ物として考える事は…。それ以外を探そう。時間の許す限りは……。
─しかしそんな事を許してくれるほど、状況が好転することはなかった。
どこを見ても無機質、石ばかりで作られた通路には生命の気配すら感じず。空腹を覚える頃にさえ、草ひとつさえ見つけることは出来なかった。
…代わりに見つけたものは、1つ。
通路の先、まだこちらに気がついていない、1体のスライムの姿だった。
……やるしか、ないんだろう。
背に腹はかえられない、これ以上腹が減ると、きっとこの手段を取ることもできない。もう猶予は残されていない。
…覚悟を決めろ、生きるためだ。
俺は、足元に落ちている石を拾いあげる。素手で戦うのは愚策…、せめて何か武器があれば話は変わるはずだ…。
石を握りしめる、狙うのは、あの核の場所。
前の奴に比べて、一回りほど小さいから、場所が違うかもしれないが…生き物である以上、構造が違うことはないはずだ。
身体の中央、気が付かれる前にそこへ渾身の一撃を叩き込む。それが一番リスクを抑えられるだろう。
息を殺して、忍び寄る。楕円形の身体のどこが視覚なのかわからないが、悟られることのないように。
距離、おおよそ15m、まだこちらには気がついていない。もし気が付かれたらと、頭の中で嫌な想像が過ぎる。
が、生きるために、恐怖を押し殺して、ただありのままを見る。殺すためにはそれぐらいの覚悟が必要だった。
距離は3m、未だに気づかれてはいない。息が苦しくなってくる、集中力が途切れそうになるが、拳を握りしめて。
「…うぉおおぁッ!!」
雄叫びをあげながら、拳をスライムの中央目がけて、突き刺した。石を握りしめた拳が、何か硬いものにぶつかる。
拳に鋭い痛みが走る。
スライムの青い身体に、赤が混じる。しかし、俺は自分の拳のことなど気にもとめず、何度も拳を叩き込む。
「死ねッ!死ねッ!…死ねェッ!!」
殺意を振りまき、なりふり構わずに俺は殴り続けた。上に覆い被さるようになっている俺をどかそうと、スライムがびくびくと身体を震わせるが。体重を全て乗せて、スライムを抑え込む。
そうして、なにか、バキッと砕けるような音がして。俺は正気を取り戻す。血が沸騰するぐらい鼓動は激しく、視界はまるで焦点のあわないカメラのようにボケている。
しかし、そんな中でも、スライムの死はハッキリと理解できた。
「…はは、やった、やったぞ」
乾いた言葉に、歪んだ音が混ざる。喉を痛めていたらしい、気が付かなかった。高揚と、緊張のせいか、痛みを感じられない。
それでも、違和感の残る拳を見る、皮膚が火傷のように爛れて、ひび割れていた。
「…は、はは」
なんだか、楽しい。
何も分からないが、とても楽しかった。
そうだと、思い込んだ。
そうでなければ、生きていけない。
俺は食料を確保できて、喜んでいるのだ。
そうなんだ。




