3.適応
◇グロテスクな表現を含みます、気分の悪い方や、苦手な方はお気をつけください◇
〈迷宮探索 7日目〉
…今日で、7日目になる。まるまる1週間が経った訳だが…特にこれと言った進捗はなく。ようやくスライムを食うことへの嫌悪感がなくなったぐらいだ。
まぁ、なんの糸口にもならないことだが。
HPも100%まで回復…
身体の痛みもほぼ消えた。…自然治癒というにしては、少し早すぎるぐらいだ。働いていた頃の腰痛すら消えている。
ここには、なにかステータスやスキル以外にも不思議な事があるのかもしれない。
今は確かめる術がないのが、なんともむず痒いが。
ザラザラとした床から体を起こして、軽く伸びをする。柔らかなベッドが恋しい…。
今は小部屋に身を寄せている。入口も小さくて、気づかれにくそうだったから、ここを拠点…とは言い難いかもしれないが、使っている。
そして、目を覚ます度に、壁に石で線を刻んでいく。
…日付感覚がなくなるのが、怖い。世界から切り離されるような気がして恐ろしいので、一応刻んでいるものだ。
別に朝も夜もないのだから、不要だけど…何度眠ったかの目安ぐらいにはなるはずだ。
…この七日のカレンダー、どこまで刻まれるのか…未だ想像がつかないのが、少し恐ろしい。
拾った石を放り投げ、それがぶつかる音と、俺の吐き出す息は、重なっていた。
…今日も出口を探して探索開始…だな。
◇◇◇◇◇◇
ここを歩いていると、唐突に息が詰まる時がある。
どこまで歩いても代わり映えせず、ただ冷たい石の壁と、分岐する通路。なんの必然性も機能性も持たない空間ばかりだ。
時折現れるスライムの姿に、不思議と安心感というか、なにか恐怖以外の感情を抱くようになったのは、つい数日前からの事だ。
スライムでも、腹に入れていると活力になるからなのか。それとも、殺すことを楽しみ始めているのか…理由すら、俺には分からない。
そんなことを考えながら、ぼーっと歩いていると、不意にどこかから音が聞こえた気がした。
かつん、と。固いものが当たるような音。
─スライムか?……いや違う。スライムはそんな音を立てない。もっと粘ついた音を立てるはずだ。
別種?…それとも、他の人間か?
…この数日で変わらなかった状況、今それが動こうとしている。俺の足はもう動きはじめていた。
耳を澄ませながら、迷宮を走る。
感覚を研ぎ澄ませると、この生活の中で成長しているのを感じる。音の波形が反響して、進む方向が分かるようになりつつあった。
なんというか、少し前よりも体が軽いような、そんな感覚だ。
──音の方向は……こっちか。
十字の岐路を、迷わず突き進んだ。
そして、息が上がりはじめた頃に、更なる異変が起こる。
ひたひたと、素足で石を踏むような音、俺は慌てて息を殺して、身を曲がり角の隅に身を預けた。早る鼓動を抑えつけて、ゆっくりと、しかし深く息を整える。
足音は、静かで…ゆっくりとしていた。
四足ではなく、二足て歩いている。人だろうか…それとも…。
俺は胸の不安を晴らすために、相手に気が付かれぬよう、ぬーっと…角の先を覗き見る。
角の先には…子供が歩いていた。
─子供が一人で…こんな所に?
危険だ! 一緒に連れていったほうが…!
現代に馴染んだ俺の頭の中は、声高々にそう叫ぶ。が、しかしもう一人、この生活の中で芽を伸ばしている俺が警鐘を鳴らす。
…落ち着いて、様子を見るべきだと。
薄暗い中、目を凝らして、先を見据えた。
少し、その影が近づくにつれて、光る苔がその姿を照らし始めた。まるで闇がぬらりと溶けるように、その輪郭がハッキリとしていく。
確かに体躯は、人間の子供のそれに等しいものだった。頭身にして4.5といった程度で、ずんぐりとした印象を感じさせる。
しかし、その背はまるで肉食獣のように曲がっていて、色味の悪い葉のような肌を持っていた。そしてぶっくりと出た下腹は、やせ細った手足と比べて、異質さを放っている。
まるで、緑肌の餓鬼のようだった。
─あれは、ゴブリンってやつだよな…
しっかり確認してよかった…もし駆け寄って声をかけていたら、襲われていたかもしれない。
今は、気づかれていないらしい…動くには最適だ…。
どうするか少し考えている最中、俺はある事に気がついた。もはや余計な考えは削ぎ落とされて、拳には石を握りこんでいる事実。
殺される前に、殺す。食われる前に、食う。
俺がここに来て理解した、絶対的法則だ。
……相手が人型をしていたとしても、関係の無いことだ。ここはそういう場所なんだから。
再び、様子を伺うと、小鬼は、壁にもたれかかって、その場に座り込んでいた。疲れているのかもしれない。チャンスだ。
息を殺して…近寄る、奴は目を閉じているようだから、音を立てなければ…気が付かれないはず。
そうして、俺との距離が縮まっていくとき…。
《スキル 忍び足Lv1 を獲得しました》
「…ごほッ?!」
突然、頭の中に響くアナウンス。途切れる集中と、吹き切れる緊張の糸。乾いた咳が通路に響く。
───やばい、気付かれた。
口を塞ごうとした手から、正面へ視線を向ける。
案の定、相手も目を覚ましたようで、慌てた様子で、起き上がろうとしていた。
「…ッ!」
逃げ…いや、殺さなきゃダメだ。
そう思った。
俺は全力で走る、小鬼の目が、暗闇で反射して、ぎらりとこちらを見ていた。
「…うぉああああッ!」
怯みそうになった、はじめてあんな目で睨まれた。
恐ろしかった、足が止まりそうになった。
でも、走り出した足は、もう止めるには遅すぎた。
叫び声に恐れる心も混ぜて、腕を振り上げた。そして、振り下ろす。
「…ッ…ああぁッ…!」
石が、なにかすこし硬いものを、打ち据えた。
短い悲鳴が、俺のものではない声が、聞こえた。
潰れた、カエルみたいな。そんな声が。
叫びながら、倒れた相手に、覆いかぶさる。
子供みたいに、小さな身体は軽かった。きっと、人の子供も、これぐらいの──────
「ギェアァッ!」
地面に押し付ける、足が熱い。
一瞬、躊躇した、その時、力が少し抜けた。
でも、間違いだった。俺は自分の足を見た。
ボロボロのスラックスに、何かが真っ直ぐにくっついていた。
いや、”突き刺さっていた”。
熱の正体が、なんなのか。理解してしまって、背筋が凍る。
指先まで。
悪寒がして。しびれる。
全部が、熱く。ぼんやりとしていて。白昼夢みたいだった─────
───握りしめた、石の冷たさ以外は。
「ぅおァッ!!……うぁあッ!!」
振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす。
もう、視線は、何も見据えていない。辺りに飛び散る飛沫が、命中を知らせてくれる。
はやく、殺さないと。じゃないと、殺される。
脳裏が、それだけで満たされる。
俺の下で、痙攣する身体も、途切れ途切れの悲鳴も、瞳の乾きも。認識しても、理解すらせず。
響く叫び声と、叩き潰す拳は。何一つ変わらないものだった。
そして、喉が枯れて、叫べなくなった時。
「……ぁ……っ…」
俺は、やっと気がついた。感覚が、背筋を伝うように実感する。
錆臭い、生臭い。
眼下には、緑の表皮すら分からないほど、赤に染まった死体があった。
顔が、陥没して、潰れたトマトのようだった。
中から、鮮烈な果肉が零れ落ちている。
立ち上がることもできず、俺は、ただ呆然とそれを見た。
「………うぇ……ッ」
あぁ、ダメだ…
本当に、本当に─────
───────────腹が減った
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・MP増強
・スキルポイント+1
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