◇ 周到な計画
ライオットがヘレン長官から任務をいいわたされる数日前──
日本の京都、クノイチの里の屋敷にナナセが呼び出される。
彼女を呼んだのは、クノイチを束ねる頭首の春風だ。春風は、ナナセに MI6 から受けた任務の内容を語った。
「イギリスの女王が求めるものが、わたしたちの保管している巻物に書かれています。あれは本来、クノイチのものではありません。イギリスこそが持つにふさわしいと考えていました」
ナナセは訊いてみる。
「それは、どんな巻物なんですか?」
「英語で書かれています」
かなりめずらしい代物だ。春風は告げる。
「いまこそ、あの巻物をイギリスに返すときでしょう。しかし、問題があります」
ナナセの顔が、ひきしまる。
「問題とは?」
「この知らせは、すでに多方面に漏れているようです」
イギリス女王が求める巻物を、たいへん価値のある物だと思って狙ってくる輩がいるだろうことは、想像に難くない。
ナナセは春風に問う。
「敵を迎え討つ必要があるということですね」
「そうです。ただ……」
春風の次の言葉に、ナナセは唖然となった。
「あの巻物に、それほどの価値はないのですけどね」
ちょっと信じられないことだ。年代物の巻物というだけで、それなりの価値があると考えるのがふつうだろう。しかも、イギリス女王が求めているのである。
ナナセは、そのあたりの疑問に対する答えを知りたい。
「価値がないと断言できる根拠は、なんですか?」
春風は答える。
「ずっと以前に、ルーデス協会がわれらクノイチに告げたのです。『この巻物は、われわれには価値が見いだせない』と」
決定的な理由があった。
「いつ、誰が書いたのか、わからないのです」
これが歴史を検証する資料とするならば、一次資料にはなりえない。
なお、この点について、ベルベットは情報屋のトニーからきいている。それは、ゴルドーの始末に行く前日だった。
トニーは説明する。
「クノイチの巻物は、ルーデス協会がその価値を否定しているので、関わらなくてもいいと思いますよ」
「イギリスの女王が関係しているのに?」
「ルーデス協会がそういっている以上、闇オークションでも高く売れることはないでしょう」
ゆえに、ゴルドーの一味を片づけたベルベットは、巻物を無理に探そうとはしなかったのである。
しかも、ゴルドーが手に入れた巻物は偽物だった。
MI6 の長官の部屋では、マフィアのゴルドーに横取りされた巻物が偽物だったことに、ライオットが驚いていた。
「アメリカのマフィアに取られた巻物が、偽物?」
ヘレンは、ニコニコ微笑みながら答える。
「そうよ。いかにも本物であるかのように信じさせることが重要だったけど、上手くいったわ」
ライオットは、心の中で叫んだ。
──自分は殺されそうになったんですが!
ジムも、ふつうの人間と同じく心臓が左側にあったなら、ベルベットに撃たれた時点で死んでいるだろう。
偽物の巻物に、ここまでふり回されるものなのか。
どうしても気になる。女王が求める巻物には、いったいなにが書かれていたのか。
女王が絡む重要案件をヘレンに尋ねたところで、素直に答えてくれるとは思わない。だが、ライオットは無理を承知で訊いてみる。
「長官、あの巻物にはどんなことが書かれていたのですか?」
ライオットの予想に反し、ヘレンはあっさりと返答した。
「レシピよ」
「レシピ?」
「そう。フィッシュアンドチップスのレシピ」
ライオットは愕然となり、頭の中が真っ白になる。そんな彼に、ヘレンは言葉を続ける。
「女王が『日本の醤油という調味料を使ったフィッシュアンドチップスを食べてみたい』っていったのよ。そのレシピが、日本の女ニンジャが保有する巻物に書かれているのがわかったので、今回のミッションが考えられたわけ」
しばらく固まっていたライオットは、ふたたび心の中で叫んだ。
──そんなの、電話でレシピの内容を伝えればいいじゃん!
ところが、クノイチの方がそれを良しとしなかったのである。




