◇ 任務達成
ライオットとジムの会話は、誰かが長官室のドアをノックする音で中断される。
ヘレン長官が「どうぞ」というと、白衣を着た女性が入ってくる。
彼女を見たライオットは、眉を寄せた。
──解析班?
メガネをかけたブロンドヘアの女性は、解析班のウィンディだ。
彼女がなぜ長官室に来たのか、ライオットにはわからない。解析班は、仕事中に解析室から出ることはめったにないのだ。
ヘレンが呼び出したのだろう。主任の立場にあるウィンディは、長官に報告すべき重要なことでもあるのだろうか。
ヘレンがライオットを指さしながら、部屋に来たばかりのウィンディに告げる。
「彼の右腕よ」
「わかりました」
ウィンディはライオットの前まで来ると、彼にいった。
「右腕を出してください」
「右腕?」
ライオットの右腕にはクノイチの秘薬が処方されており、包帯が巻かれている。エリナから、薬を外す時期は MI6 の上官に伝えるときいている。
──いま、外すのか?
そう思いながら右腕を出す。
ウィンディはスーツの袖を捲ろうとするが、スーツを脱いだ方がいいと考えてそのようにした。
彼女はライオットの腕に巻きついている包帯を、慎重に取りはずす。腕に巻く包帯にしては大きい。どちらかというと、足に使用するサイズではないかとライオットは思う。
包帯を取り終わると、それと同じくらいの幅のある白っぽい紙のようなものが、腕にぐるぐると巻かれてある。
ウィンディは真剣な表情で丁寧にはずしてゆく。けっこう長い。
すべて取り去ると、彼女はライオットに背を向けてヘレンの方へ足を進ませる。
ライオットの右腕には、まだ薄い布のようなものが貼りついている。シップ薬ではない。これがクノイチの秘薬とは思えない。
彼はウィンディに問いかけた。
「まだ腕にのこってるけど、これはどうするの?」
彼女はライオットにふり向いて答える。
「ああ、それは要らないので捨ててください」
やっぱり薬ではないのか?
──だとすると
ライオットの頭が混乱する。
ウィンディはそんな彼を意に介さず、ヘレンに伝える。
「機械を使わなくてもわかりますね。大丈夫です」
「そう。じゃあ、あとは解析室でお願いね」
「了解しました」
ウィンディは、ライオットの腕から取りはずした長い紙を持って、長官室を辞して解析室へともどって行くのだった。
脱いだスーツに腕をとおすライオットは、なにがなんだかわけがわからない。困惑した顔で、ヘレンに訊いてみる。
「長官、さっきの解析室の彼女は、いったい……」
ヘレンは微笑んで答えた。
「あれが、日本からゆずり受けた巻物よ」
「はい?」
混乱に拍車がかかる。ニタニタ笑っているジムが、ライオットにわかるように説明するのだった。
「巻物に書かれている英語の文章を一行づつ切り取って、それをつなげて君の右腕に巻いたんだ。ライオット、君はりっぱに任務を果たしたんだよ」
ライオットは絶句する。そんな話は、日本にいるときには、ひと言もきいていない。
──いや、巻物はアメリカのマフィアに……
それは偽物だった。
日本では──ロッドマンの部屋で、彼女とクノイチたちがこの話題で盛り上がっていた。
部屋に来ているクノイチは、ナナセにエリナそしてヒトミだ。
イギリスとの時差が八時間ある日本は、もう夜だ。
大人はビールを片手に、ヒトミはジュースで、今回の任務の話に花が咲く。
エリナが真面目そうな顔つきで、口をひらいた。
「敵を騙すにはまず味方から、ということわざが確かにありますが」
ロッドマンが、ニヤニヤした笑顔をみんなに向ける。
「だからね、思ったとおりにひっかかってくれるのよ、彼は。もう、完璧にね」
ヒトミが、気の毒そうな声で話す。
「ライオットさん、最後までわからなかったみたいですね」
ロッドマンはクスクス笑いながらいった。
「彼、仲間を疑うことが絶対にないの。どこまでも信じるから、今回の任務には彼がいちばん、うってつけだったのよ」
ナナセは、ふりかえって思う。
「今回は、予想外のことが多かったです。ふつうなら、巻物をあんな形で送り届けることはないのですが」
江戸時代の年代物である。それを変則的な方法で MI6 の元へ届くようにしたのには、わけがあった。




