◇ 雇い主
頬がげっそりとやせて青い顔をしたライオットは、まるで別人のようだ。ベルベットは、彼のちょっとした変装を見破ることができなかった。
また、ベルベットがエリナの存在を知らないことも幸いだった。
ベルベットがロビーで彼らを見ている間に、気配を消したヒトミがベルベットの席に後ろから近づいて、バッグを交換したのである。
ナナセを追っていたベルベットは、完全にナナセを見失ってしまう。
彼女は、ギリッと歯ぎしりする。
──ここまでコケにされたのは、はじめてだわっ
巻物が入ったバッグは奪われ、ナナセも逃がしてしまった。
──このままじゃ済まさないわよ
怒りのたぎる彼女の後ろを、スチュワーデスに扮したナナセが通り過ぎてゆく。
警察が空港にわらわらと集まってくる。テロが起きたという情報も流れている。
ベルベットは、足止めを食らうまえに空港を出ると、雇い主に連絡する。
雇い主から直に手渡された、専用のスマートフォンである。その電話に相手がでる。
「俺だ。ベルベットか?」
「わたしよ。邪魔が入って、予定が狂ったわ。もう少し時間がかかりそう」
「なにがあったんだ?」
「クノイチよ。彼女たち、思ったよりやっかいな相手だわ」
「いま、どこにいる」
「成田よ、空港から出たところ。ここは、しばらく封鎖されるかもね」
「わかった。とにかく、はやいとこ巻物を頼む」
「ええ。わたしもあまり、時間をかけたくないからね」
そういって、彼女は通話を切った。
ベルベットは、胸の前で腕を組んで考える。クノイチの存在が、これほどやっかいなことになるとは思わなかった。
ロッソたちも現地に到着すれば、騙されたことに気づくだろう。
「大失敗だわっ」
彼女の眉間に、怒りのシワが刻まれる。
ベルベットの雇い主は、別の人物に電話をかける。数秒後、相手が応答に出た。
「ロッソです」
「ロッソ、いまどこにいる」
「新幹線の中です。ボス、ベルベットは大阪から飛行機で……」
「ベルベットは成田にいるぞ。クノイチに邪魔されて、飛行機には乗れなかったようだがな」
「なんですって?」
「一杯、食わされたな。すぐに引き返すんだ」
通話を終えたロッソは、渋い顔をバルゴに向ける。
「やられたよ。ベルベットは成田にいるってよ」
「本当か?」
「ボスが、そういってる。東京へもどるぞ」
「やれやれだ」
ベルベットの雇い主は、ロッソたちのボスだった。
ゴルドーファミリーのボス、ダリアン・ゴルドーは、巻物の奪取と同時にベルベットの殺害を目論んでいた。
いかにも組織のボスだと思わせる恰幅の良い彼は、ベルベットに恨みがあるのだ。
数年前、大きな取引が完了する直前に、見えない位置から取引相手のグッデンが殺害され、それがゴルドーの仕業だと勘違いされる。
取引は失敗に終わり、腕利きの部下たちを何人も失った。
どうにか生き延びた彼は、誰がグッデンを殺したかのか調べさせる。数ヶ月後、グッデンに恨みをもつ事業家が、殺し屋を雇ったことがわかった。
情報屋がゴルドーに説明する。
「ファミリーどうしの遺恨を当たっていたのですが、さっぱりだったんで苦労しました。まさか、個人的な怨恨だったとは」
「雇った殺し屋というのは、誰だ?」
「ベルベットという、国際指名手配犯です」
名前はきいたことがある。
──絶対に、ただでは済まさんぞ
ゴルドーは、まずベルベットを雇った事業家を亡き者にする。
そして、ベルベットをどうやって葬るかを考えていたとき、予期せぬ情報が入ってきた。情報屋がゴルドーに伝える。
「 MI6 が、日本のニンジャと取引するそうです」
「ニンジャ?」
「イギリスの女王直々の命令で、巻物というものを日本で受け取るようです。歴史的にも、かなりの価値があるみたいですよ」
ゴルドーは考えた。
──これを利用しよう




