◇ 巻物奪還
成田国際空港に到着して搭乗手続きを済ませたベルベットは、ロビーにある椅子の一番前、左端に座って、バッグを右の座席に置いた。
自分が乗る飛行機が発進するまで、あと二時間ある。
ロッソたちは、部下ともども大阪へ向かっている。
──これほど簡単にいくとはね
笑いが止まらない。スマートフォンを取り出し、目的地であるアメリカの天気などをチェックする。
そのとき、具合が悪そうな外国人の男が、彼女の前を右から左に横切った。
付き添っている女性が、心配そうな顔をして彼に声をかける。
「大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫」
スーツ姿でハットをかぶり、メガネをかけて髭を生やしているその男は、四十歳ぐらいだろうか。
日本人に見える女性は、英語を話している。中年と呼ぶには彼女はまだ若く、親子には見えない二人は、歳のはなれた夫婦だろうかとベルベットは思う。
彼らの様子を見ていたベルベットは、自分のスマートフォンに目を移す。そのとき、バッグを置いている右の座席に違和感を覚えた。
そっちの方に顔を向けた彼女は、すべての思考が吹っ飛んだ。
バッグがちがう。同じようなバッグだが、自分のバッグではない。いつの間にか、すり替わっている。
ベルベットは即座に椅子から立ち上がり、鋭い目で後方を見渡した。
ほんのわずかな時間にこんなことを成し遂げられるのは、ただ者ではない。
精神を集中し、同じ匂いのする者を探そうとする。彼女は自分の背後に、その人物を感じた。
ふり向きざま、右の拳をブンッとふりまわす。後ろにいた相手は、それをしゃがんで避ける。
反撃してくるアッパーを、ベルベットは左へ移動してかわした。立て続けに攻めてくる相手の攻撃が、異様にはやい。ベルベットの着ている窮屈なスーツが彼女の動きを鈍らせ、防戦を強いられる。
圧されるベルベットは飛び下がって距離をとり、相手の女性を見据えた。
「やはり、おまえだったか。クノイチ!」
ローライズのパンツ姿のナナセが、ベルベットに告げる。
「巻物は渡さない」
ナナセは煙玉をフロアに叩きつけた。
「クノイチ、逃がさないっ」
もくもくと立ちのぼる煙を突っ切った向こうに、ナナセが走ってゆくのが見える。ベルベットはナナセを追って行くのだった。
彼女たちの格闘を見ていたヒトミは、ベルベットが座っていた椅子に近づいてゆく。
偽物のバッグを置いてある椅子の下に、ベルベットのバッグが置かれている。置かれているというより、突っ込んでいるといった方が正しいかもしれない。
ヒトミは、右足でバッグのベルトを引っかける。素早い動作で椅子の下から引き出したバッグを手にし、それを左肩にかけると、なにくわぬ顔で空港の出口へ向かって歩いてゆく。
空港から出たヒトミは、待たせてある車の後部座席に乗り込んだ。
「お待たせ、カナエ姉さん」
運転手のカナエが、ヒトミにふり向く。
「どうだった?」
「バッチリよ」
「じゃあ、行くわよ。こんなところに長居は無用だからね」
カナエはそういってエンジンをかけると、空港をあとにするのだった。
ベルベットが夫婦だと思った男女のペアは、空港を出ると、彼らを待っていた車の後部座席に座った。
女性が運転手に伝える。
「病院へ行って、急いで」
「了解」
そして、男の方に顔を向ける。
「ライオットさん、本当に大丈夫?」
「うん……エリナ、限界です」
「もう、無茶するから」
このペアは、ライオットとエリナだった。車の運転手もクノイチだ。
ライオットはベルベットの行動を読んでいた。MI6 の要注意人物である彼女は、絶対にロッソたちの裏をかいてくると思った。
その読みは見事に当たった。発信器でベルベットの動向を確認しながら、ライオットとエリナは巻物奪還の準備を進めたのである。




