第六話:再会の約束は朝日に溶けて
まだ日も昇りきらぬ頃だ。
朝露に濡れた石畳を踏みしめ、俺は屋敷を抜け出した。
向かうのは里の北門――鈴が出発する場所だ。
門前には、旅支度を整えた鈴の姿があった。
荷物は少ない。鈴のものはほとんどなかった。
静かに近づいて、言葉を探しながらその背を見つめる。
すると鈴が気配に気づき、振り返った。
目が合うと一瞬驚くが、すぐに微笑んだ。
「お兄ちゃん……来てくれたの?」
「ああ。黙ってきた」
「あとで怒られん? 大丈夫?」
鈴の心配そうな顔に、俺は小さく眉を顰めた。
「怒られても構わん。行く前に、鈴と話したかったんじゃ」
「……うん。鈴も、ね。
最後にお兄ちゃんと話したいって……思っとった」
鈴はそう言って笑った。
風が、草を撫でるように通り抜けていく。
ぽつりと鈴が話し始めた。
「……この里に来たときは、
ひとりぼっちになっちゃったんだって思ったの。
鈴ね、お兄がいたの。
お兄ちゃんとお顔のそっくりなお兄。
おしゃべりさんで、いつも優しくてね。
だから最初にお兄ちゃんを見た時、
お兄が迎えに来てくれたって思ったの。
死んじゃったのは嘘だったんだって……でも違ってた。
違ってたけど、お兄ちゃんはお兄とおんなじくらい優しくてね。
嬉しかったの。今まで本当にありがとう。
私、お兄ちゃんがいたからがんばれたんだよ?」
「……」
「鈴の事、大事にしてくれた。
あの家で優しくしてくれたのはお兄ちゃんだけだった。
……だから、お兄ちゃんも幸せになってね」
俺は黙って拳を握った。
あの家で、鈴はどれほど息を殺して生きてきたか。
ただでさえ不自由な忍びの里。裏切り者の血を引く子。
「鈴……」
鈴の小さな手をそっと握る。冷たい指先が、少しだけ震えていた。
「お前が笑って生きてくれんのじゃったら、それでよか。
……俺も、お前のお兄もずっとお前の幸せば祈っとるけ」
ずっと伝えたかった想いを言葉にすると、
鈴は目に涙を滲ませて言う。
「お兄ちゃんは、誰よりもがんばってきた鈴のお兄ちゃんだから。
――幸せになれますようにって、私もずっと願ってる」
堪えていたものが胸に溢れた。
言葉が出ず、目に溜まった涙で視界が歪んだ。
「さよならじゃないよ。きっとまた、会えるから」
鈴はそう言って、そっと手を放し門の方へと歩き出した。
その小さな背を俺は最後まで見送る。
すると、一度だけ鈴が振り返り笑って見せた。
……その笑顔を焼き付ける。
門が閉じられ、鈴の姿は朝靄の中に消えていく。
静かに、ゆっくりと……俺の何かが切り離されていった。
いつの間に来たのか、如月が俺の隣に立っている。
彼女も黙って門を見つめていた。沈黙のあと、空を見上げる。
「……こっから先の人生は、ずっと笑っとってくれるとええな」
その後も互いに無言のまま……白く滲む朝の光が二人の肩を包んでいた。




