第四話:風の導き繋ぐ縁
―如月――
里には厳格な掟がある。成人までは異性と一切関わるな、というものだ。
……無駄な情が生まれては困る。身勝手な大人の都合。
だけど、あの日。
少年の後ろにいた頬を腫らした少女を見過ごせず、声を掛けてしまった。
誰かに見られぬよう注意して、距離は保ったままで。
それからというもの、私は訓練場で時折少年の姿を探すようになった。
無意識に視線を向けてしまう。
やがて彼の父親に関する噂を耳にするようになった。
「また、殴られたらしいぞ……」
「子供に躾と称して、骨が折れるまで叩くって……」
同期たちが小声で交わす言葉は、どれも血の匂いを孕んでいる。
その言葉は、胸に重く残った。
(じゃあ、あの子の頬も……やっぱり、そういう事だったんだ)
思わず唇を噛む。だが他家への干渉はご法度。
口出しすれば礼儀知らずの烙印を押される。
脳裏には、鈴の怯えた様子が焼き付いて離れない。そんな折。
状況が思わぬ形で動いた。
隣国で呉服屋を営む親戚が、久方ぶりに里を訪れたのだ。
儀礼的な挨拶の後、休憩所に着くと彼は茶を啜りながら何気なく呟いた。
「跡継ぎもようやく一人前になってきてな。
次は娘が欲しいんだが……なかなか、授からんのだ。
……私も妻も、もう良い歳だろう?」
そう言って、彼は私を見る。
「なんでな。いっその事。
どこからか引き取って来るのもありかもしれんと話してるとこなんだ。
血には、拘らんしな」
その言葉で、鈴の顔が脳裏に浮かぶ。
(……あの子なら)
だが「出すぎた真似かもしれない」と、もう一人の自分が囁いた。
そう思った瞬間、あの悲しそうな顔が思い出される。
(……一か八か、言ってみるだけでも…………)
掟を破るわけではない。ただ命を繋ぐだけだ。
(今、動かなければきっと後悔する)
「一人、気になる子がいます。
血は繋がっていませんが、利発で、素直で……とても可愛らしい子です」
私の言葉に、親戚は少し目を見開きしばらく考え込む。
数刻後、彼は笑みを浮かべて言った。
「なら、一度その子に会わせてくれ。
……気に入れば、正式にうちに迎えたい」
その一言を聞き、私は思わずホッと胸を撫で下ろしてしまう。
谷を覆う霧の中に、一筋の風が吹いた。
私はあの子の未来に賭ける。




