第八話:宵桜に祈りの舞
奉納演舞の会場には、夕暮れの朱が滲み始めていた。
しんと静まり返った空気の中、舞姫が舞台上に姿を現す。
凛と研ぎ澄まされた気配を纏っていた。
風にひらめく装束の裾。彼女が舞うたび、
それに合わせるように舞い散る桜の花びらすら、
彼女の一部のように溶け込んでいる。
舞姫……彼女の周りだけ、まるで別世界のような美しさがあった。
その姿に見入っていると隣に立つ如月がぽつりと呟いた。
「……綺麗な人」
「ああ」
舞う度に桜が揺れ、空気が徐々に澄んでいくようだった。
夏の夜に桜の花びらが舞う光景は最初こそ驚いたが、
タカネザクラ……夏に咲く桜だと村人に教えられたのを思い出す。
舞台の周りに咲く紫陽花と桜。
本来なら交わるはずのない夏と春の花々が舞い、より幻想的に見えた。
演舞というより、魂の祈りのように感じられる。
――と、そのとき。
不意に、背後から微かな気配を感じる。
振り向くと、少し離れた人垣の後ろに一際目を引く女性の姿を見つけた。
白い着物に黒の帯。
整えられた黒髪の女性は、俺の視線に気付くとゆっくりと歩み寄ってきた。
「……天羅」
俺が名を呼ぶと、彼女はそっと微笑んだ。
変わらない、どこか温かでそれでいて冷たい気配を纏ったまま。
「久しぶり、黑。如月ちゃんも、元気そうでよかった」
彼女は俺たちのすぐ後ろに並び立ち、演舞の方へと視線を向ける。
巫女服の少女が両手を広げて回旋するたび、風が巻き、鈴の音が鳴った。
「……探し物は、見つかったんか?」
小声で訊ねると、天羅はふと目を伏せた。
「いや、まだだ。でも……何だかとても、嫌な胸騒ぎがしてね。
落ち着かなかったから、一度戻ってきたんだ」
「……嫌な予感がした、っちことか?」
「はっきりした理由はないんだけど……うん。
こういう感覚、前にもあったから念の為」
天羅の言葉を聞きながら、ふっと思い出す。
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如月が俺の封印を解いてしまった直後のこと。
『初めまして、妙な予感がして来てみたんだ。今日からよろしくね』
そう言って当然のように訪ねて来たのが、俺と天羅の出会いだった。
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だからこそ、天羅の直感は信じるに値する。
「それに……君たちの様子も気になってね。しばらくここに居ようと思う。
構わないよね?」
如月は黙っていたが、その横顔には安堵と緊張が入り混じっていた。
天羅は彼女をそっと見つめ、何も言わずに微笑んで頷く。
舞台では、舞姫の最後の一振りが空を裂き、白い袖がふわりと宙を舞う。
鈴の音が止み、拍手が静かに広がった。
「……」
そんな舞姫の姿を、桜の木の上から見つめる人影が一つ。
雪色の髪に、白い布で口元を隠す男。
その頭には黑とぶつかったときにはなかった青い角が、
月の光を反射して冷たく光る。
「なぁ、君は誰なんや?
僕は君を知ってる気がするのに、何も思い出せん……僕は……――――」
誰にともなく呟いた彼の問いは、夜風に揺らめく桜だけが聞いていた。




