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愛縁奇縁 ― 忘却の魂、再び巡る ―  作者: 里 恵


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第三話:鬼の咆哮が天を切り裂く〈後編〉


 今日はまだ如月が来ていない。朝から妙な胸騒ぎが続いていた。


 落ち着かない。山の気配がざわついてる。

 風の音も鳥の囀りも……すべてがいつもと違う気がした。


 まるで山が俺に何かを訴えている。

 そんな予感がしてならない。


「……なんじゃ、この感覚…………」


 気が付いた時には走り出していた。

 如月を探さなければならない気がして。



 そうしないと、後悔する気がしたんだ。




 ――そして、見つけた。


 木々の間で、数人の男に囲まれ怯える如月の姿を。

 着物は乱れ頬には涙が伝っていた。

 恐怖で声も出せず、必死に拒もうとしている。

 頭の中が、真っ白に焼き切れた。


 次の瞬間には、殺すことしか考えていなかった。


「……離せ」


 言うと同時に、如月の上に跨っていた一人を蹴り飛ばす。

 理性はとっくに吹き飛んでた。


(目ん前が、……真っ赤じゃ。

 如月さ触れた奴ば、一人残らず許す訳にゃいかん。


 ……只では、帰さん……生きては、帰さん)


 如月が震える姿が、頭から離れない。それに、あの怯え切った目。


「お前ら、俺の大事な女によくも……っ、!

 ……地獄さ落ちる覚悟ば、出来とるんじゃろな?!」


 自分の声が、もはや人のものとは思えなかった。

 喉の奥から出た咆哮に、相手が悲鳴を上げる。


 止められなかった。殺さなければ、収まらない。

 俺の中から【鬼】が、溢れ出す。完全に出て来ようとしていた。


 影が刃へと変わる。


 そして、首を切り落とそうとしたその時。

 背後から、静かな声が聞こえた。


「……その辺にしておけ、酒吞童子。

 それ以上やれば、僕は君を滅しなくてはならなくなる」

(……誰じゃ?)


 振り返ると、そこに立っていたのは小さな影。


「……天羅か」


 そこに居たのは、物部天羅《もののべあいら》。


 俺が目覚めて直ぐ、如月を麓まで送った帰りに出会った女。

 俺をこの地に封じた安倍晴明と縁があるらしく、

 この山で俺を止められる唯一の存在。


 相変わらず静かで、よく分からない奴だ。


「こんな奴らに構うより、彼女の傍に居てやれ」


 その一言で、俺ははっと我に返る。

 息が上がり過ぎて、呼吸の仕方も分からなかった。

 男たちは這いつくばって逃げていく。

 俺を見て、怯える目をして山を駆け降りて行った。

 だが、そんなことを気にするより大事なことがある。

 

「如月……っ」


 彼女の元へ駆け寄り、着物をそっと整えると手が震えていることに気づく。

 瞬間、冷水を浴びせられたような気がした。


 如月が、怯えている――【俺】に。


 心臓が痛い。悔しくて、情けなくて、愛おしくて……感情が混ざり、

 気が付いたら抱き締めてしまっていた。

 更に怯えさせるかもしれないと思い離れようとするが。


 それより早く、彼女は俺の胸に顔を埋めて泣き始める。


「……怖、かった……でも。黑が、来てくれて……!」


 その言葉を聞き、

 如月がもう俺に対して怯えていないとわかると心から安堵した。

 優しく背中を撫でていると、背後から天羅の声が届く。


「安心して、殺しはしないから。でも、友の大切な人を傷付けたんだ。

 ……残りの人生は、私の呪いにたっぷり苦しめられなさい」


 どこまでも冷たい、まるで死刑宣告のような淡々とした声だった。

 けれど……俺の怒りを代わりに背負ってくれたようにも感じた。


 如月の小さな背に手を添えて、

 その温もりを確かめながら……――――胸の中で静かに、深く誓った。




 二度と、如月を一人にはさせない。

 二度と、誰にも傷付けさせない。


 今度こそ、絶対に守り抜く……――例え、鬼の俺が傍にいようとも。

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