第十話:すれ違い袖すり合う
川の一件から、しばらくが過ぎた。
如月と顔を合わせぬまま、山の修行にも慣れてきた頃。
ある日、祠の前に小さな紙包みが置かれていた。
(……手紙)
いつもの如月の字で、一行だけ書かれている。
【次の満月、丑の刻。
西の竹林で待っています。
如月】
(……まだ、会ってくれるんじゃな)
心の奥に、小さな灯がともった。次の満月の夜。
早めに約束の場所へ着き木にもたれて彼女を待っていた。
静かな夜気の中、月明かりが足元を銀に染める。
そのとき赤茶の髪が視界の端で揺れた。
「久しぶりね」
「……あぁ」
顔を見た瞬間、胸が強く鳴る。気付かぬふりをして、視線を逸らした。
如月も俯きながら隣に立ち――二人の間には、わずかな距離がある。
「……ごめんなさい。この前は、……その」
「いや、謝るんは俺ん方じゃ。
……まさか、水浴びしちょるとは知らんで……ほんにすまんかった」
互いに謝り、視線を泳がせ黙った。
気まずくはないと――そう自分に言い聞かせる。
いつものように、如月の語る鈴の話に耳を傾けた。
けれど、どこか少しだけ。
以前のように笑えない。目が合えば逸らしてしまう。
声をかけても、少し遅れて返される。
ほんの少しの距離が、ひどく遠く感じられた。
(……なんじゃろ、こげん感じ)
以前は、ただ嬉しかっただけなのに。
顔を見れば胸が騒ぎ、少し離れるだけで不安になる。
(俺……何を、気にしとるんじゃ?)
自分でもわからない。
あの日のことが尾を引いてるだけなのか……あるいは。
「……ねぇ」
「ん?」
「私たち、もう……会わない方が、良いと思う」
「……かもしれんな」
「でも……鈴の事は、あなたにも伝えてあげたい。……それに……」
何かを言いかけ口を閉ざす如月。俺もそのまま目を伏せる。
夜風が二人の間を吹き抜け……――――沈黙だけが残った。
気まずさと、やり切れなさ。その正体に俺は気付いていなかった。
何かを誤魔化すように空を見上げる。




