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「凛ちゃん、明日ランチどうかな?」
シャンパンを飲みながら、藤村が私の顔を見て微笑んだ。
相変わらず私には藤村しか頼みの綱がない。
あの看板の女性がサキさんだと認識して見上げた時、心の靄が吹き飛んだような澄んだ気持ちになった。
昇り始めた朝日に照らされたその姿が、あまりにも綺麗だったからだろうか。
そしてそれと同時に、私の心にはぽっかりと穴が空いた。
なぜだかこの世界にたった1人だけ取り残されたような、孤独を感じる。
抜け出せないこの日常に飽き飽きした。
そして、私に利用されていると微塵も思っていないであろう藤村との時間が苦痛だった。
藤村の目に映る自分の姿から、目を背けたくなる。
それでも、ランチには行く。
だってここで止まるわけにはいかないから。
芝さんはというと、あれから音沙汰がない。
私はやっぱりまた間違ったのかもしれない。
でももう戻ることもできないし、ここまでだったということ。
どっちみち、もう時間の問題だっただろうから。
私から連絡することも、必死にしがみつく気持ちもなかった。
頑張れない。
気力が、全然湧いてこない。
営業終わりの帰り道。
気がつけば私はサキさんの看板の前に立っていた。
まだ暗い空の下で、たくさんのライトに当てられて光っている。
サキさんは、この街を愛していたんだ。
私は…一刻も早くこの街から逃げたいのに。
芝さんは似ていると言ったけれど、そんなはずはないだろう。
「サキさん…私、間違ってますよね。」
自分の口からポツリと漏れ出た言葉に、考えさせられた。
私はどんな答えを望んでいるんだろうか。
間違っている?
なにが?
芝さん?藤村?…律?
ああ、瞳さんにも間違えたことがある。
そして、彼にも。
まあ、うん。きっと全てだ。
私は正解を選んだことの方が少ない。
自分でも本当に情けなくて、笑えてきちゃう。
「ニャーオ」
俯いた私の足に、何かが触れた。
猫だ。
薄汚れた毛色から、おそらく野良猫だろう。
すりすりと私の足に頭を擦り付けている。
警戒心が無さすぎて、こちらが心配になってしまいそうだ。
私はしゃがみ込んで、猫の頭を撫でてみた。
思ったよりも温かい。
そういえば、素手で猫を撫でたのは初めてだ。
ゴロゴロと喉を鳴らすその猫の温もりを、しばらく感じさせてもらった。
ふと、瞳さんが“野良猫”と呼ばれていたことを思い出した。
確かに上品で、ペルシャ猫のような雰囲気はあるかもしれない。
けどやっぱり野良猫とは違うような…
そんなことを考えていると、猫が気持ち良さそうに目を細めてこちらに首を伸ばした。
ああ、この顔は笑った時の瞳さんに少し似てるかも。
頭の中で瞳さんの顔と野良猫の顔がリンクしたその時だった。
“自分をもっと大事にしてね。自分のことを愛せるのは自分だけなのよ”
ふと、瞳さんの言葉を思い出した。
というよりもサキさんが瞳さんに伝えた言葉だ。
私は愛せるだろうか。
嘘と現実を行き来する自分を。
でもそうかもしれない。
こんな私を心から愛してくれる人なんて、きっと存在しない。
私だけはせめて、私を嫌いにならないでいてあげようか。
たとえ好きにはなれなくても。
喉の奥から出た乾いた笑いに、猫が目を開けた。
挨拶もなしに立ち上がり、スタスタと歩いて行ってしまう。
私は手に残った温もりを、そっと握り締めた。
立ち止まりたくても、まだ生きなきゃいけないんだ。
明日も明後日も。




