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9月。
LUMATOMが、巨大スクリーンに帰ってきた。
街中で流れ始めた曲を、私はすでに口ずさめるくらいには知っている。
彼が、凛の人生にいたからだ。
『ニューアルバム、なんと即日完売!〜〜〜』
画面から聞こえる音を、耳が勝手に拾っていく。
映し出された5人の姿に、歩く人たちが立ち止まり携帯を向けた。
彼は、笑顔で手を振っている。
やっぱり、綺麗。
『〜〜〜HARUさんのソロ楽曲は、なんとご本人が作詞されたそうですね。』
え?
足が止まる。
『はい!今回初めて作詞に挑戦しました。』
『これ、もしかしてですけどご自身の経験では…』
『いやいや!架空ですよ。イメージを膨らませて膨らませて…』
画面の向こうで、彼が首を振っている。
周りのメンバーや司会者が、盛り上げるように冷やかしを続けた。
「これ、架空じゃなかったら羨ましすぎだろ。」
「な!前世で徳積みすぎてる!」
隣で画面を見ていた女の子たちの雑談が耳に入る。
私も知ってる。
彼のソロ曲は苦しくなるほどに重たかった。
彼の綺麗な声が、さらにこの曲に深みを持たせて…
そうか。
あれは、彼本人が書いた別れの曲だったんだ。
脳内ですぐにでも再生されてしまいそう。
考えるよりも先に、足が動き出した。
止まれない。
だって今夜も、私はまたキャバ嬢の凛として働かないといけなかった。
その日の営業終わり、私はすぐに店を出た。
家に着いて、もらったCDの歌詞カードを引っ張り出す。
“No Name, Still You 作詞:HARU”
なぞった指先が、震える。
「ほんとじゃん…」
携帯で曲を再生して、イヤホンを耳に差し込んだ。
彼の声に、奥底にしまったはずの気持ちが溢れ出そう。
瞑った瞼の裏から、放課後の角の教室、並んで歩いた帰り道、夜の公園、手袋越しの雪の感触、鼻歌を口ずさんだ姿、最後に…一度だけ名前を呼んで手を振る彼。
記憶のかけらが流れるように映し出されてくる。
彼も、彼にも同じ景色が流れていた?
歌詞カードに落ちていく雫を、服で拭った。
私はとんだ罪人かもしれない。
本当に、架空の歌であってほしいものだ。
でも、言えるわけないでしょ?
あの花音が、今この街にいるなんて。
タバコで肺を汚して、寂しさを埋めるために数多の男と夜を明かして、借金取りのヤクザの子を妊娠しないためにピルを飲んで。
弟のためと言いながら、結局自分本位に1人で借金を背負い込んだ。
そう。
花音だと言えないのも、結局自分本位。
堂々と生きていない証拠。
それなのに彼をまた家に入れたのも、全部全部そう。
「もう、逃げ出したい…」
時期に涙が枯れ果てた私は、そのまま眠りについた。
寝る支度も着替えも、何もしなかった。
いっそのこと、この夜が明けなければいいと願った。
けれど、そんな願いは叶わない。
ちゃんと時間通りに太陽は昇って、私を叩き起こしてくる。
動作が組み込まれた機械のように携帯を開いて、客に営業の連絡を始めた。
一通り済んだ後は、何もせず寝た昨夜の自分にため息を漏らしながら冷水のシャワーを浴びた。
腫れた目が私の顔をブサイクにさせている。
とりあえず水をたくさん飲んで、2度目の眠りについた。
「え、まじ?」
アイちゃんが私の顔を見るなり、眉間に皺を寄せた。
「うん。私のメイクテクニックじゃここまで。あとはお願いします。」
そう言って頭を下げた。
アイちゃんは苦笑いをしながら、私の瞼に触れた。
「いや、冷やせ冷やせ!」
そう言って、冷凍庫から保冷剤を持ってきた。
助かる。家の冷蔵庫は電源が入っていないから。
「え、聞いたほうがいいやつ?」
保冷剤で塞がれた目からは、アイちゃんの顔は確認できない。
けれどきっと、まためんどくさそうな顔をしているんだろう。
「アイちゃん…私、もう辞めたいわ。」
アイちゃんの手が止まった。
らしくない。言葉を選んでいるのだろうか。
「私、凛辞めたいわ。借金も、もう返済額とか追わない。一気に終わらせる。」
「それ、そんなすぐできること?」
「わかんない。でも、もう決めた。」
アイちゃんは、黙々と髪を巻き始めた。
「辞めて、どうすんの?辞めたあとは決まってんの?」
辞めたあと…か。
そう言えば、考えたことなかった。
いつからかこの鳥籠から出ることが、私のゴールになっていた。
「あー、どうしよう。考えらんない。」
今更、この私に何ができるんだろうか。
「凛ちゃん、ヘアメイクやる?」
「え?…全然想像できない。できる?私に。」
「うん、できるよ。俺が教えればね。」
保冷剤を少しずらして、自分の手を見た。
久しぶりにこんなまじまじと見たかもしれない。
昔は、ピアノしか触ってこなかった手。
毎日を一緒に乗り越えた、戦友だった。
今はささくれのある、大事にされなくなった手。
この手で、次は誰かを綺麗にできるのかな?
「でも、私この街から出たい。」
「うん。俺も一緒に出るよ。だから、俺の店で働くっていう選択肢も、あり。」
「…考えてみる。」
アイちゃんがヘアメイクを施した私の顔は、まるで腫れていた目が嘘かのようにいつも通りだった。
いや、いつもより可愛いかもしれない。
まじまじと鏡を見る私の後ろで、アイちゃんが満足げに頷いている。
こんな魔法が、私にも使える?
そっと握った手に、思わず力が入った。




