↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/47

42

9月。

LUMATOMが、巨大スクリーンに帰ってきた。


街中で流れ始めた曲を、私はすでに口ずさめるくらいには知っている。

彼が、凛の人生にいたからだ。


『ニューアルバム、なんと即日完売!〜〜〜』


画面から聞こえる音を、耳が勝手に拾っていく。

映し出された5人の姿に、歩く人たちが立ち止まり携帯を向けた。

彼は、笑顔で手を振っている。

やっぱり、綺麗。


『〜〜〜HARU(ハル)さんのソロ楽曲は、なんとご本人が作詞されたそうですね。』


え?

足が止まる。


『はい!今回初めて作詞に挑戦しました。』


『これ、もしかしてですけどご自身の経験では…』


『いやいや!架空ですよ。イメージを膨らませて膨らませて…』


画面の向こうで、彼が首を振っている。

周りのメンバーや司会者が、盛り上げるように冷やかしを続けた。


「これ、架空じゃなかったら羨ましすぎだろ。」


「な!前世で徳積みすぎてる!」


隣で画面を見ていた女の子たちの雑談が耳に入る。

私も知ってる。

彼のソロ曲は苦しくなるほどに重たかった。

彼の綺麗な声が、さらにこの曲に深みを持たせて…

そうか。

あれは、彼本人が書いた別れの曲だったんだ。

脳内ですぐにでも再生されてしまいそう。

考えるよりも先に、足が動き出した。

止まれない。

だって今夜も、私はまたキャバ嬢の凛として働かないといけなかった。




その日の営業終わり、私はすぐに店を出た。

家に着いて、もらったCDの歌詞カードを引っ張り出す。


“No Name, Still You 作詞:HARU”


なぞった指先が、震える。


「ほんとじゃん…」


携帯で曲を再生して、イヤホンを耳に差し込んだ。

彼の声に、奥底にしまったはずの気持ちが溢れ出そう。

瞑った瞼の裏から、放課後の角の教室、並んで歩いた帰り道、夜の公園、手袋越しの雪の感触、鼻歌を口ずさんだ姿、最後に…一度だけ名前を呼んで手を振る彼。

記憶のかけらが流れるように映し出されてくる。

彼も、彼にも同じ景色が流れていた?

歌詞カードに落ちていく雫を、服で拭った。

私はとんだ罪人かもしれない。

本当に、架空の歌であってほしいものだ。

でも、言えるわけないでしょ?

あの花音が、今この街にいるなんて。

タバコで肺を汚して、寂しさを埋めるために数多の男と夜を明かして、借金取りのヤクザの子を妊娠しないためにピルを飲んで。

弟のためと言いながら、結局自分本位に1人で借金を背負い込んだ。

そう。

花音だと言えないのも、結局自分本位。

堂々と生きていない証拠。

それなのに彼をまた家に入れたのも、全部全部そう。


「もう、逃げ出したい…」


時期に涙が枯れ果てた私は、そのまま眠りについた。

寝る支度も着替えも、何もしなかった。

いっそのこと、この夜が明けなければいいと願った。


けれど、そんな願いは叶わない。

ちゃんと時間通りに太陽は昇って、私を叩き起こしてくる。

動作が組み込まれた機械のように携帯を開いて、客に営業の連絡を始めた。

一通り済んだ後は、何もせず寝た昨夜の自分にため息を漏らしながら冷水のシャワーを浴びた。

腫れた目が私の顔をブサイクにさせている。

とりあえず水をたくさん飲んで、2度目の眠りについた。




「え、まじ?」


アイちゃんが私の顔を見るなり、眉間に皺を寄せた。


「うん。私のメイクテクニックじゃここまで。あとはお願いします。」


そう言って頭を下げた。

アイちゃんは苦笑いをしながら、私の瞼に触れた。


「いや、冷やせ冷やせ!」


そう言って、冷凍庫から保冷剤を持ってきた。

助かる。家の冷蔵庫は電源が入っていないから。


「え、聞いたほうがいいやつ?」


保冷剤で塞がれた目からは、アイちゃんの顔は確認できない。

けれどきっと、まためんどくさそうな顔をしているんだろう。


「アイちゃん…私、もう辞めたいわ。」


アイちゃんの手が止まった。

らしくない。言葉を選んでいるのだろうか。


「私、凛辞めたいわ。借金も、もう返済額とか追わない。一気に終わらせる。」


「それ、そんなすぐできること?」


「わかんない。でも、もう決めた。」


アイちゃんは、黙々と髪を巻き始めた。


「辞めて、どうすんの?辞めたあとは決まってんの?」


辞めたあと…か。

そう言えば、考えたことなかった。

いつからかこの鳥籠から出ることが、私のゴールになっていた。


「あー、どうしよう。考えらんない。」


今更、この私に何ができるんだろうか。


「凛ちゃん、ヘアメイクやる?」


「え?…全然想像できない。できる?私に。」


「うん、できるよ。俺が教えればね。」


保冷剤を少しずらして、自分の手を見た。

久しぶりにこんなまじまじと見たかもしれない。

昔は、ピアノしか触ってこなかった手。

毎日を一緒に乗り越えた、戦友だった。

今はささくれのある、大事にされなくなった手。

この手で、次は誰かを綺麗にできるのかな?


「でも、私この街から出たい。」


「うん。俺も一緒に出るよ。だから、俺の店で働くっていう選択肢も、あり。」


「…考えてみる。」


アイちゃんがヘアメイクを施した私の顔は、まるで腫れていた目が嘘かのようにいつも通りだった。

いや、いつもより可愛いかもしれない。

まじまじと鏡を見る私の後ろで、アイちゃんが満足げに頷いている。

こんな魔法が、私にも使える?

そっと握った手に、思わず力が入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。