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営業終わりに着替えていた時、携帯が震え出した。

映し出された“ハル”という名前に、急いで携帯を耳に当てる。


「もしもし?」


「あ、凛ちゃん!ごめん連絡するの忘れてた。忙しいの終わったー?」


「ああ、まあ一応…」


携帯を耳に当てながら、再び着替え始めた。

電話の奥から車のクラクションの音がする。


「よかった!じゃあ行くね。…っていうかもう着いてんだよね。」


電話越しに彼が笑い出す。


「えっ!?」


つい、普段出さないような大きな声が出た。

着替えていた女の子たちの視線が刺さる。

私は急いで靴を履き替えて、更衣室を出た。

つくづく、気の抜けない男だ。

確かに来るなと言った1週間は来なかった。

しかし週が明けた途端、彼はまた私を訪ねてきた。

今日はたまたまアフターがなかったからよかったものの、アフターが入っていたらどうするつもりだったのか。

……もしもそうだった時、私はちゃんと客を優先できる?

彼との時間を1番惜しんでいるのは、結局私。

忙しなく動く足に、ため息が漏れる。

ついに駆け出す一歩を踏み出した時、鞄の中の携帯が震えた。


“藤村さん”


画面を確認したあと、携帯を鞄の中に放り込んだ。

勢いのまま数歩進んで、立ち止まる。

私はまた携帯を取り出して、通話ボタンを押した。


「もしも〜し!藤村さん?どうしたの?」


「あ、凛ちゃん?ごめんね夜遅くに…」


「全然!さっきまでお店だったからまだ起きてるよ!」


再びゆっくりと歩き出すと、額からじわりと流れる汗を感じて拭った。


「よかった!実は明後日、仕事が早く終わりそうだからご飯どうかな?って。」


「あー…ごめんなさい!明後日は予定があって…」


同伴は必ず毎日入れている私の次の空きは再来週だ。

それに、藤村さんとは来週に同伴の予定がある。

期待以上に来店頻度は高そうだ。


「あー、そうなんだ。」


「うん。ご飯は行けないけど、会えたら嬉しい。次のご飯まで1週間以上あるから…」


「…凛ちゃんも?じゃあ明後日ちょっと顔出すよ。」


「ほんと?やったー!じゃあまた明後日に!」


わざとらしいほどの大きな声で、喜んでみせた。

全ては金のため。

私はこの男に恋焦がれているのだと、自分の脳を騙す。


「うん。…また、明後日に。」


「うん!楽しみにしてる〜!おやすみ!」


「…もう、切っちゃうよね?もう少し、凛ちゃんの声聞きたいな…なんて…」


漏れ出そうなため息を、唇をかみしめて堪えた。


「私もそう思ってた!もう少し話そう!」


この言葉を蔑ろにできるほど、私に余裕はない。

家はもうすぐそばなのに、足を止め、背を向けて客と電話をする。

夏の暑さで、脳も煮えてしまいそう。

これが、私の現実。

あとどのくらい、こんな生活なのだろうか。

早く逃げ出したい。

瞳さんもいない。

アイちゃんだって、もうそんなに長くはいない気がする。

壁にもたれて、タバコを咥えた。

藤村さんの言葉などほとんど脳に届いていないのに、本能のようにペラペラと口から出てくる薄っぺらくて甘ったるい声に辟易とした。



やっと切られた電話。

“通話時間28分”

再び動き出した足は、ひどく重たかった。

やっと辿り着いた家の外階段を3段登ると、彼の頭が見える。

顔、肩、腰。1段登るごとに視界に入る彼の姿。

私に気がついて、笑う顔。


「おつかれさま。」


優しい声に、眩しすぎる彼に、なんだか夢を見ているようでしばらく声が出なかった。


「…ねえ、いつも何時に来てるわけ?」


鍵を出しながら、先ほどの沈黙を誤魔化すように笑った。


「あー、何時だろ。日によってまちまちだけどまあこのくらい?」


「え?私いつも帰ってくるの4時とかだけど…」


「うん。そうだね。」


彼は平然とそう返しながら、靴を脱いだ。

なんとなく申し訳ないような気持ちにさせられる。

勝手に来ているのはそっちなのに…。


「先に連絡してよ。大体の時間言うし。」


「え、別にいいよ。俺待つの嫌いじゃないし、帰りたきゃ帰るし。」


「いやいや…」


「そんな顔しないでよ。…ごめん、迷惑だった?」


弱々しい彼の言葉に、自分の眉間に寄せられた皺に気がついた。

なんだか腹が立つ。

何も知らないくせに。

自分だけ傷を負ったような顔をしないで。


「いや、違うし。待たせんの悪いと思っただけ。」


そう言って、背を向けた。

彼の目が、私の目を捉えようとする気配がしたからだ。


「そっか。…よかった。」


後ろで彼が小さく呟いた。

いや、よくねえし。

そう思いながら少しだけ彼を見ると、彼は笑っていた。

眉を少しだけ下げて、まるで自分を落ち着かせるかのように何度も小さく頷きながら。

安心しきっているように、私の前では傷を隠さない彼が羨ましい。

どうせすぐに来なくなるくせに。

自分を嘲笑うかのように、笑みが溢れた。

口角が重い。

仕事では商売道具である自慢の笑顔が、彼の前ではなかなか作れない。

早く、この時間が終わって欲しい。

疲れ切った自分の身体が、上手に機能しない。


「CDはいつから発売すんの?」


「あー、あと2ヶ月切ったところ。」


「ふーん。そこで活動再開?」


「うん。」


あと2ヶ月。

これが私と彼の時間のリミットだろう。

その頃には、もう少し涼しくなっているはずだ。

私は何をしている?

まだこの街で、同じように笑顔を貼り付けて過ごしているだろう。


彼はまた前に進み出す。

置いていかれるのは、きっとまた私だけ。

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