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「お前、随分調子よさそうだな。」


1ヶ月ぶりに訪ねてきたクニさんは、私の顔を見るなりそう言った。


「…え?なんも変わんないけど…」


そう言った私の横を目もくれずに通り過ぎる。

そういえば、私は最近睡眠薬を飲まなくなった。

いつからだったか覚えてはいないが、“眠れないなら飲め。”とクニさんは定期的に睡眠薬を置いていった。

クニさんが、睡眠薬が入っている引き出しをガラリと開けて、何も言わずに閉めた。

また彼が家に訪れるようになってから、つまり約1ヶ月。

私は薬の力を使っていない。

クニさんはきっと、薬が減っていないことに気がついただろう。

今何を思っているのか、表情の乏しいこの男のことは全く見抜けない。


「かわいくなったってこと?」


笑いながら、私はクニさんの体にまとわりついた。

タバコ臭い。

けれど、この体温が心地いい。

いつものように鼻で笑われると思ったけれど、クニさんは無反応だった。

私は少し怖くなって、クニさんの熱を確かめるかのように唇を重ねた。

少しだけ開けた瞼から至近距離で目が合う。

まるで全てを見透かしているかのような、冷たい瞳。

心臓がヒヤリとした時、唇の間から舌が入り込んできた。

クニさんが、私のキスに答えるのは初めてだった。

冷え切ったような温度で、私たちはいつもより情熱的な夜を明かした。




「ねえ、今さらだけどクニさんはどうして私を東京に連れてきてくれたの?他の人たちはありえないって感じだったよね。」


事が終わり、いつものようにタバコを吸いながら、私はクニさんに問いかけた。

クニさんはいつも以上に表情を変えない。

続く沈黙に、私の声が聞こえていたのか疑ってしまう。


「気に入らなかったから。」


そう呟いたクニさんに、訳が分からず首を傾げた。


「お前の、まだ生きようとしてる目が、気に入らなかった。早くドン底を見て、現実を知ればいいと思った。」


まあ、そうか。

この人は私に親切をしようとしたわけではない。

そんなことは分かりきっていた。

でも、なんとなく期待外れの答えをもらったような気分だ。

聞かなければよかったかも知れない。

クニさんも今日はあまり話したい気分ではなさそうだ。

私ももう無駄話をするのはやめよう。

ただ、静かに隣で煙を吸って吐き出した。


「でも、お前の目は濁らなかった。絶望しても、屈辱を与えられても、お前は生きることをやめない。」


「なにそれ、褒めてんの?」


私の言葉を聞いたクニさんは、急に笑い声を上げた。

私はギョッとして、眉間に皺を寄せながらクニさんを見た。


「ちげえよ。俺と同じ目にならなくて、残念だって話。」


「え?」


「最近はあれだな、なんか楽しそうじゃねえか。いい客でも捕まえたか?」


そう言ってクニさんは、右頬を上げて笑った。


「あー、まあ育てがいのありそうな客は何人かいるよ。」


「じゃ、ここを出るのも遠くねえな。」


クニさんがタバコを押し付けた灰皿が、カタンッと音を立てて動いた。

私の頭をポンポンと2回叩いて、服を着始める。


「え、もう帰るの?」


いつもはこの後も一緒に布団に入るのに、今日はもう帰るような気配だ。


「おお、用事がある。1人の方が寝れんだろ。」


そう言ってスタスタと玄関に向かう。

急いでタバコの火を消して、後を追って玄関に向かう。


「あ、でも明日も来るから。」


そう言い残して、クニさんは部屋を後にした。

心なしか広くなった部屋と、残されたクニさんの香り。

予想外の1人の夜に、少しだけ寂しさを感じた。

外では蝉がうるさいくらいに鳴いている。

その音のせいか、その日はなかなか眠りにつけなかった。





「凛、フリー3名。」


黒服に案内されてフリー客につく。

一時期はフリーにつく暇がないほど自分の指名客で溢れていたはずなのに、今はそんなこともない。

新しい客を掴む機会なのだから、悪くない話。

しかし、歯がゆい。


「凛ちゃん?お姉さんだね。いくつ?」


「27でーす!たまには綺麗なお姉さんもいいでしょ?」


そう言って膝を寄せる。

客が分かりやすく苦笑いをした。

若くない。もう、可愛さやハリの良さは通用しないのだ。

嫌でも実感させられる。

私の代わりなど、この街にいくらでもいるのだから。

返済額を割ってしまった時は、売上が良かった日の貯金を崩した。

それももう、あの時律に渡してしまってからカラだ。

時は平等で、無情。

ため息が無意識に漏れ出る。

私は自分の心を誤魔化すように、タバコを咥えた。

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