98.導
少しだけ2人の時間が流れた。しかし今は曲がりなりにも迷宮の攻略中である。理性が働き始めてそれを思い出した私はカイトから離れて鏡を見た。
「鏡が割れているわ」
「ああ、本当だ。気付かなかった」
私が戻ってきた時に割れたのだろうか。あの大きな鏡の割れる音を聞き逃すとは、カイトは本当に動揺していたらしい。
「最後の試練内容は何だったんだ?」
「もう1人の自分と戦ったの」
「もう1人の自分?」
「そう、もう1人の抑圧されていた自分。深層心理とか心の奥底の自分自身と戦っていた。それで途中負けかけて首を絞められていたわ」
カイトが眉間に皺を寄せた。先ほどのことを思い出したのかもしれない。
「勝ったのか?」
「ううん、多分勝っても負けても私はここには帰って来られなかった。それは自分の心を壊すことだから」
「ならどうやって」
「和解したの、もう1人の自分と。…その自分はね、私が醜悪だと思っていた心であり、気持ちであり感情だった。それと和解したから、いま少し自分の理性が緩んでいる状態、かな」
「なるほど。それならやっぱりアリサの試練だったんじゃないか?君はいつも自分の気持ちを押し殺しているから」
カイトは労わるように私の頭を撫でた。
「いつも押し殺しているわけじゃないけど」
「でも、抑圧されている自分に説教を食らったんだろう?」
「はい、手痛く」
「それで俺への思いも表出したと」
「うん」
「何だか複雑な気分だよ。アリサが死にかけたのは不服だけど、こうして両想いになるきっかけになったんだから文句も言えない」
私は苦笑した。
話も一段落がつき、十分な休息も取れたので私たちは先に進むことにした。進むと言っても鏡の裏側の壁にあった小さな部屋を確認しに行くだけだ。ここは先ほどまでは開いていなかったらしく、私が最後の試練を乗り越えたことで開いたいわばご褒美部屋といったところである。
簡素な部屋には古びた宝箱が1つ置いてあり、あとは昇降機へ続く扉があるだけだった。
「これが導かな?」
「恐らくな。罠がかけられているかもしれないから俺が開く。アリサは後ろに下がって」
カイトが慎重に開けたが罠は発動しなかった。宝箱の中には薄い魔術書が1冊入っていた。黒いハードカバーで物々しい感じだ。念のためカイトが全ページをパラパラと校閲するが問題なかったようだ。黒いフェアリーがお仲間のように飛んでいる。
(何だろう?)
「これは帰ってから国王陛下と要相談だ」
カイトはそう言うと私に魔術書を渡してきた。最初のページには闇の極大魔法と銘打たれた魔法について記述があった。だから黒いフェアリーが飛んでいたのかと合点する。
『闇の極大魔法
闇の蝶が夜の帳をかけ、
全世界のものを強制的に眠らせる効果がある。
この魔法は膨大な魔力を要求されるが、
術者はこれを1人で行わなければ発動しない。
同日に光の極大魔法と併せて使用するのであれば、
魔力増強のために特別な魔法薬の服用が必須となる。
残りの魔力を2倍にする効果があるため、
魔力が多い状態で服用するのが好ましい。
なお、特別な魔法薬を作製する際には
下記の材料が必要となる。
・マンドレイク王の根
東の果ての地に自生
・湖の主の胆のう
南の果ての島に生息
・雪山の主の鹿茸
北の果ての雪山に生息
煎じ方は下記の通り…』
「闇の極大魔法…」
(サリア様は光の極大魔法だけでは勝てなかった)
それはこの闇の極大魔法がなかったからということか。全世界のものを強制的に眠らせる効果があるなら、きっと混沌にも効果があるに違いない。そして眠らせた後で光の極大魔法を使えば確実に仕留められるということだ。
光の極大魔法がフェアリーアイ1人分の魔力が必要と聞いているから、この闇の極大魔法も同じくらいの魔力を要するということだろう。そのためにフェアリーアイはこの特別な魔法薬で魔力量を2倍にしてから魔法を使用する必要がある。『同日に光の極大魔法と併せて使用するのであれば』なんて書かれてあるが、同日に使用する必要があるからこそ魔法薬の話をご丁寧にしてくれているのだろう。
「このそれぞれの果ての地って国内のことじゃないよね?」
「ああ、きっと不毛の地のことを指しているはずだ」
「じゃあこれを取りに行って、薬を煎じて光と闇の極大魔法を打てば混沌に勝てるってこと?」
カイトが顔を顰めた。
「理論上はそうなるかもしれないが、闇属性魔法を使うのは検討する必要がある。それに不毛の地はほとんど足を踏み入れたことのない土地だ。探索は危険を伴う」
「冬なら魔物の活動も落ち着くんでしょ?」
「そうは言っても安寧の地を踏み荒らしているんだから、ある程度は魔物を起こしながら進むことになるだろうな」
「でもイヒネイカ様はきっとこの魔術書を探すように神託を出したんだわ。そして実際これは混沌を倒す導よ。行かないなんて選択肢はないわよね?」
やっとの思いで手に入れた導を無下にされたらたまったものではない。混沌を倒す策はいくつあっても足りないくらいなのだから。
「陛下だって神の神託を無碍にはできないだろうから、きっと不毛の地に探索隊は出すはずだ」
「そうよね」
「でもアリサには行かせないと思う」
「え?」
自分が行くことになるだろうと思っていたので、それは予想外だった。
「そんな危険な土地にフェアリーアイを派遣すると思うか?」
「それは、そうかもしれないけど…」
「それも含めて陛下に采配を委ねよう。アリサが行くなら当然俺もついていく。だけど俺はあまり危険なことはさせたくないな」
言外に心配だと言っている。過保護だとも思うが先ほど目の前で死にかけているので何も言い返せない。
(まぁ魔法薬を飲むのは私だろうけど、材料を集めるのは私じゃなくても良いのか)
何でも1人で解決しようとするのは自分の悪い癖だ。
「そうね。後のことは国王陛下に委ねるとして、ひとまずこの導が手に入っただけで私たちの遠征は十分な収穫だわ」
「その通り。さぁ、帰ろう」
「うん」
神殿1階に戻ると微妙な時間だった。今から帰ったら最後の方は夜道を走ることになりそうだったので、神殿でもう1泊して明日の朝出立することにした。
「ねぇ、カイト。少し聞いて欲しい話があるんだけど」
「何だ?」
私は心にずっとわだかまっていた両親の死について、自分のせいかもしれないと初めて誰かに話をした。今まではそれを言うことをずっと憚っていた。それは自分のせいじゃないと慰められても仕様のないことだし、悔恨は独りで良いと思っていたのだ。けれどもう1人の自分はそれは自分のせいだと断定されたくないからに過ぎないと言ってきた。そうかもしれない。他人にそう言われたら立ち直れないかもしれなかった。だから今まで怖くて誰にも言えなかったのだ。それが思いの外、自分を傷つけていたとは知らずに。
「それはアリサのせいじゃないよ。最終的に行くと決めたのはご両親だ。酷な言い方かもしれないけれど、決定したのならご両親に責任がある。アリサは悪くない。だけどそう思う気持ちもとてもよく分かる」
「え?」
「俺はサリアを止められなかったから」
「それこそカイトのせいじゃないわ」
「そう思うだろう?だけど俺はサリアを説得出来ていればこんなことにはならなかったのにと思ったんだ」
私とは逆の悔恨だった。私は提案をした。カイトは引き留められなかった。
「アリサはまだ提案したことを悔いているか?」
「そうね、しばらくはまだ自分を責めるのだと思う」
「俺は98年だ。最近ようやく少し、仕方がないことだったのかもしれないと諦めがついてきた」
その年月は比べ物にならないほど重く長い。
「時間や自分の外的環境の変化がきっといつか心の傷を癒してくれるだろう。癒えるまでの間苛み続けてしまうのであれば、心が死なない程度にな。辛くなったらいつでも俺に言ってくれて構わないから」
「うん、ありがとう」
(やっぱりカイトはいつだって私の心を救ってくれる)
苛み続けることを止めるのではなく諾ってくれるとは思わなかった。でも随分と心が軽い。自分がこう思ってしまう気持ちも決して間違いではないのだと寄り添ってくれたことが何より嬉しかった。
その日は少し寒くて、お互いそれぞれの毛布に包まりながら肩を寄せ合って眠った。
次回は今日の20時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




