96.心の奥底の思い
※バトルシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
※軽微な女性同士のスキンシップ表現があります。苦手な方はご注意ください。
醜い自分はゆっくりといたぶるように私の首を締め上げてきた。
「く、苦し…」
徐々に力が強くなってきて、本格的に気道を塞がれ始める。
「痛みも苦しみも辛さも悲しみもあなたが下らないといった感情、気持ち、心、その全てを表に出そう」
「っ……」
もう声も出せない。私は必死で腕に手をかけて外そうとするが全く外れなかった。
「きれいは汚い、汚いはきれい」
(私、ここで死ぬの?)
身体が死ぬわけじゃないが、山月記の李徴のように私の意識はここで途絶えるということだろう。
(それはもう、私じゃないよね?)
心臓が激しく脈を打つ。締め上げられて頭がボーっとしてくる。手に力が入らなくなって抵抗もできなくなってしまった。
(本当にこんなところで何も為せないまま、もう1人の自分に殺されてしまうの?)
こんな惨めな死に方があって良いのだろうか。
(あ、れ…私なんで私と戦っているの?)
ここで何か違和感を覚える。この醜い私は私の深層心理だと言っていなかったか。だったらなんで私はこんなにも必死に戦って、そして負けようとしているのだ?
(これは抑圧していた…私……なんだ…)
一滴涙が伝った。情けない。私は本当に彼女のことを、いや自分のことを何も分かっていなかったのだ。最後の力を振り絞って私は彼女の首の後ろに両手を回した。彼女は何かに気付いたようで少し手の力が弱まった。そのまま私に引き寄せられる。私は醜い自分に口づけをした。そして両手でぎゅっと抱きしめる。
「ごめんね。たくさんヒントをくれていたのに」
「気付くのが遅いわ」
もう1人の私は最初に『酷いわ、やっぱりあなたは私を認めようとしないのね』と言っていたではないか。それに『きれいは汚い、汚いはきれい』、これはコインの表と裏の関係にあるものを指す。つまりは二面性のことだ。どちらかがかけても成立しない。だから彼女は私が彼女を殺してもどうなるか知らないと答えた。きっとそれは自分自身の心を破壊する行為だったのだ。私が彼女を打ちのめしていたら今頃心が死んで廃人になっていたかもしれないし、きっと私が殺されても彼女が李徴の虎のように表出することはなかっただろう。鎌をかけられただけだ。
彼女は私で、私は彼女だ。つまり、私はもう1人の私と戦う必要などはじめからどこにもなかった。認めて、受け入れればそれで良かったのである。
「もっと、自分のことを大事にして」
「ごめん」
「あなたは鋼の理性を持っている。その分自分の心に蓋をしてなかったことにしてしまう」
「うん」
「本当は凄く傷ついているのよ」
「そうだね」
「誰かを思う気持ちは下らなくないわ。それに自分の心を守ることも決して卑しいことじゃない。あんまり我が強すぎると考えものだけど、あなたは節度を知っている」
「そうだと良いけど」
「あんまり押し込めているとまた襲うわよ。そして今度は本当に道連れにする」
「…気を付ける」
醜いもう1人の私はすぅっと私の胸の上からいなくなった。
私はそれを見守った後、ゆっくりと目を閉じた。
誰かが誰かを必死に呼んでいる。意識がふわっと上がってきて、自分の名前を懸命に呼ばれているのだと分かった。
「…リサ、アリサ!!」
「カイト…」
目を開けるとすぐにカイトと目が合った。私は仰向けで寝かされていて、カイトは上から私を覗き込んでいる。必死の表情だったのが私と目が合った瞬間、驚きに変わり、そして泣いてしまった。彼が泣くところなんて初めて見た。どうやらまた心配をかけてしまったらしい。私は頬を伝う涙をそっと拭った。彼に泣き顔なんて似合わない。
「アリサ!」
カイトにしては珍しく強引に私の上半身を抱き上げたと思ったら、強く掻き抱かれた。慰めの抱擁なら何度か受けているがこれはそれとは違う気がする。まるで求められているような。
(そんなわけないか)
私はまた自分の思い過ごしだと思った。
「カイト、ごめんね、また心配させた?」
「鏡の前で急に倒れたんだ!いくら呼び掛けても意識は戻らないし、そのうち呼吸をしなくなって…」
あちらの世界で首を絞められていた時だろう。
「俺、どうしたら良いか分からなかった。なす術もなくアリサが死んでいくのを見ることしかできないのかって思ったら目の前が真っ暗になって……。でも呼吸が戻ったんだ。必死に呼びかけていたら君の意識が戻った。…ごめん俺いま冷静でいられない、とにかくアリサを失うのが怖かったんだ」
カイトが冷静でないのもまた珍しい。私はいつも彼がそうしてくれるように、片腕は背中に回して、もう片方の手で優しく頭を撫でた。
「ごめん、心配かけて。もう大丈夫だから」
「本当に?」
「うん、多分最後の試練は終わったと思う」
「またアリサの方にいくなんて偏りすぎだろう」
「鏡を触ったら発動したみたいだから、カイトが先に触っていたらそっちだったかも」
「だったら次からはもう怪しいものは触らないでくれ!」
「ご、ごめん」
でももしかしたらあの試練はカイトが触れても発動しなかったかもしれない。
この後はお互いしばらく会話がなかった。カイトは時折「良かった」「アリサ」と一言呟いては抱きしめ直していた。
(ああ、怖かったんだろうな)
サリア様が死ぬ時と重なってしまったのだろう。トラウマを呼び起こしてしまったのだとしたら申し訳なかった。私はそんなカイトをひたすら慰めるように背中をさすり、頭を撫でる。腕の中で少しずつカイトの興奮が鎮まっていくのが分かった。
やがてカイトが落ち着いた頃、私は意を決して思いを伝えることにした。もうカイトがサリア様しか見ていなくとも関係ない。先ほどから好きだという感情が溢れて止まなかった。自分の気持ちを素直に言葉にしたかったのだ。
「アリサ」「カイト」
同時に呼び合っていた。どちらからともなく自然と顔を見つめ合う。お互い真剣な眼差しが交錯した。
「俺から先に話しても良いか?」
「どうぞ」
「聞いて欲しいことがある。とても大事な話だ。本当ならいきなりこんな話をこんな状況でするのは間違っているということは分かっているんだが、もう後悔したくない。この気持ちを抑えることができないんだ」
カイトが真っ直ぐに私を見てきた。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




