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95.もう1人の私

※キリの良いところがなく、少し長めです

※バトルシーンがあります、苦手な方はご注意ください。

 少しだけ休憩をしてから次に進むことにした。上の迷宮と同じなら次はボス部屋である。


「準備は良いか?」

「大丈夫」


 カイトが扉を開けるとまた円形の部屋だった。しかし闘技場ではなく、もっと神秘的で荘厳な雰囲気の部屋だった。白い大理石の壁や柱、彫刻の配置や緻密さ、デザイン、きっとそういったものがいかにも神殿らしく、厳かさや神々しさを感じさせるのだろう。

 部屋の中央には大きな全身鏡が1つ飾られていた。これだけ少し雰囲気が違い、部屋から浮いているように見える。


(何だろう?)


 私は吸い寄せられるようにその鏡に近づいていった。何の変哲もないただの鏡だ。黒い縁で出来たそれはどちらかといえばゴシック調でそのデザインが少し神殿のデザインと合わなかったのかもしれない。


「何の部屋だろうな?」

「何かあるとすればこの鏡かな?」


 敵が出てきそうな気配もなかった。カイトは鏡の裏側に回って確認している。

 私は興味本位で鏡を触った。その瞬間、鏡の自分に手首を掴まれる。


「えっ」

「何かあったのか?」


 返事をする前に鏡の中の自分に身体を引き摺り込まれていた。



 気が付くと四方真っ暗な場所にいた。ここがどれだけ広い空間なのか分からない。それほど暗闇が延々と続いていた。しかし自分の身体は何故か足の先までしっかり見えた。不思議な空間だ。


「気が付いた?」


 声がする方向を見るとそこにはもう1人の私がいた。


「あなたが私をここに引きずり込んだの?」

「そう。私はあなた。あなたは私。自己紹介はこれで十分」

「随分おざなりなコピーね」


 もう1人の私の顔は酷く爛れていた。両手も爛れていたのでもしかしたら全身そうなのかもしれない。まるで腐食の湖に連れ込まれた時のようだ。いや、あの時よりもなお酷く爛れているように見える。


「酷いわ、やっぱりあなたは私を認めようとしないのね」

「私は私1人で十分だわ」

「きれいは汚い、汚いはきれい」

「マクベスがどうかしたの?」

「私はあなたが押し込めた深層心理そのもの。あなたが醜いと思っている感情、気持ち、心なの。醜いのは当たり前だわ。あなたは綺麗さを保つためにいつも自分の感情は押し殺している」

「押し殺しているものは下らないものばかりだわ」

「でもあなたはずっと多くを押し殺してきている。だから私はこんなに汚いの。あなたは美しいわね、羨ましいわ」

「これは今何の時間なの?」


 まるで禅問答をしているようで私はイライラし始めた。


「要は下剋上よ」

「下剋上?」

「私はいつもあなたに虐げられている。抑圧されている。こんなに頑張っているのに認めてもらえない私。汚いもの、醜いものを追いやられて押し殺されてしまった私。だからあなたに勝って身体を乗っ取ろうと思って?」


 醜い私は歪んだ笑みを見せる。


「は?」

「山月記知っているでしょ?己の内に飼っていた虎が表出するお話。簡単に言うと私もあれがしたい。押し殺していたもの全部、ぜーんぶぶちまけて、曝け出したい。もう限界だわ」

「何言っているの?そんなことさせるわけないじゃない」

「何で?」

「下らないからよ」

「じゃあ勝負しましょう。その方が早いわ。私が勝ったらあなたを乗っ取る」

「私が勝ったら元に戻してくれるのかしら?」

「さぁ、私が死んだらこの世界がどうなるかなんて知らないわ。続くの?」

「哲学被れが」

「あなたもね」


 もう1人の私は余裕そうな笑みを湛えていた。

 私は不意打ちをしかける。


「「バリストラフォトス―光の極太矢―」」

「「フェイキブロビー―神の雷―」」

「「メガリフローガ―大業火炎―」」


 タラタラ戦いを進めるつもりはなかったので、はじめから高火力の魔法をどんどん放っていった。しかし相手はもう1人の私なので奇襲を察知し、鏡合わせのように全く同じ魔法を放ってきて埒が明かない。


(どうするかな…)

「どうしようね?」


 何故か私よりも余裕がありそうなのが癪に障る。


(下剋上を仕掛けてくるだけの勝ち目があるということ?)

「そうよ」

「私の心の中を読まないで!」

「「ドーリーシデロー―鉄の槍―」」

「「アミナフォトス―光の防御―」」


 やはり互角だった。


「あなたは私に勝てないわ」

「何言っているの、互角じゃない」

「そうかなぁ。ねぇ、両親はご健在?」

「聞き方が悪趣味だわ。忘れているなら思い出させてあげる。あなたの両親は6年前に死んでいるの」

「思い出したわ、あなたのせいで死んだのだものね」


 私の顔は引き攣った。


「レピダフォトス―光の刃―」

「くっ! フェラペヴォ―治癒せよ―」


 ほんの一瞬の隙をつかれて出遅れた私は身体を切り刻まれた。手加減されたのか深手はなかったのがまた腹立たしい。


(精神攻撃ってこと?)

「そう。ねぇ、でも私、あれは仕方ないと思うのよ」

「何が?」

「だって、両親が死んだのはあなたのせいじゃないわ」

「事故を起こした加害者のせいだって?」

「そう」

「直接的な原因はそうね。でも遠因は私。私があの時あんなこと言わなければ両親は死なずに済んだのよ!」

「「レピダアネモス―風の刃―」」

「「アミナフォトス―光の防御―」」


 私が攻撃する時は簡単に相殺されてしまう。


(冷静にならないと、こんな揺さぶりなんて子供騙し。だってあれが私ならどう来るのかなんて大体分かるはず)


「あなたはそうやって苛むけれど、自分は痛がってない。痛いのはいつも私、辛いのはいつも私。無責任だと思わない?」

「え?」

「ハリキペトラ―石の礫―」

「っつぅ!」


 防御が張れなかったので腕で庇ったが、まともに食らってしまった。


「フェラペヴォ―治癒せよ―」

「自分のせい自分のせいって苛む癖に心に蓋をして、痛みから遠ざかっている。痛みを切り離している。あなたは痛みと向き合っていない。苛んでばかりで、心の傷を治す努力をしていないわ」

「心の傷なんて時間が解決してくれる…」

「怖くて誰にも話せていないのに?」

「……」

「バラフォトス―火の球―」

「アミナフォトス―光の防御―」


 今度はギリギリ間に合った。


「本当に時間だけで解決できると思う?」

「人に話して何になるの?「それはあなたのせいじゃない」って慰められて終わりじゃない」

「違うわ、あなたは「そうだね、お前のせいだ」って言われるのが怖いだけよ」

「っ!!」


(そうなのだろうか?)


 分からない。自分のことなのに。


「レピダフォトス―光の刃―」

「ああああああっ!!!!」


 今度は容赦されなかった。右足を太ももから切断される。立っていられずに地面に倒れ込んだ。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!)


「エピスケヴィ―修復せよ― フェラペヴォ―治癒せよ―」

「痛いでしょう?私はずっと痛い思いをしてきたの。あなたは心に蓋をするのが上手いから。痛みも苦しみも辛さも悲しみも全部私に押し付けて、自分は平然とした顔で笑っている。もっと苦しんで? ドーリーブロビー―雷の槍―」

「アミナフォトス!―光の防御―」


 完全に押されていた。動揺を隠しきれない。まるで知らない自分と相対しているようだ。


「知らないんじゃない。知ろうとしていないの。あなたは自分の心には全く無頓着だから。痛い苦しい辛い悲しいって私がどれだけ悲鳴を上げてもまるで助けてくれない。ゴミ箱みたいに押し込めて、臭い物に蓋をする。だから私のことを知らないのよ。フェアリーアイのこともそう」

「「レピダフォトス―光の刃―」」

「「アミナフォトス―光の防御―」」


 駄目だ、やはり当たらない。


「皆勝手よね、知らない異世界に突然連れて来られたのに、あなたフェアリーアイだから魔物討伐してください、混沌も討伐してくださいって。そのくせ勝手に期待されていると思ったら失望されて、あるいは懐疑の目を向けられて。期待に応えるように必死に頑張ってもそれが及第点。認められたことなんてわずかしかない」

「それは、自分が未熟だから…」

「こんなに頑張っているのに!?皆それができて当然だと思っているわ!!そしてできなかったら失望するの。そして「ああ、やっぱりサリア様だったら良かったのに」って比較されて終わり」

「止めてっ!」

「ベロスフォトス―光の矢―」

「うっ!!」


 腹部に刺さった。内臓が焼けるように痛い。


「フェラペヴォ―治癒せよ―」

「あなたはサリア様と比較されるのが大嫌い。サリア様に畏敬の念を抱いているというのは本当だけれど、自分にはないものを全て持っている気がするから比較されると劣等感が凄いのよね。いつも針の筵。ダンスパーティーの時なんて本当は大声で怒鳴って料理をひっくり返してシャンパンぶちまけたかったでしょ?」

「でも、私にはどうもできないじゃない…」

「だからサリア様でも成し得なかったことをやりたかった。それがドラゴンとの正式な和平とこの神殿の踏破。サリア様のためでもこの国のためでもない。サリア様と同じくらい優秀なフェアリーアイだと認めてほしいという自己顕示欲のため」


(もう、分からない…)


 醜い自分が言っていることが嘘なのか本当なのか判然としない。そうと言われればそうという気もしてくる。私はアルトゥリストではないのだから。


「でも、サリア様といえばやっぱりカイトのことかな」


 先ほどから治癒を繰り返していて疲弊し跪いている私を、醜い私がせせら笑っている。


「カイトのこと大好きだよね。いつだって優しくて甘やかしてくれる。どんな時でも助けてくれて、心まで救ってくれる。頼りになって男前で格好良い。本当は自分のものにしたい。振り向いて欲しい。こっちを見てほしい。サリア様じゃなくて!」

「うるさい!」

「独占欲なんて見苦しい?サリア様に嫉妬する自分は醜い?ああ、死んでもなお愛してもらえるサリア様はなんて羨ましいんだろう?私は生きてここにいるのに、カイトはサリア様しか見ていない!」

「黙れ! プトシブラフォス―岩よ降り注げ―」

「アミナフォトス―光の防御― でも、この気持ちを言葉にしたらきっと今の関係ではいられなくなる。彼はきっとサリア様しか見ていないのだから!それなら今のこの微妙な距離感のままで満足している方が良い。時折甘い汁を吸わせてもらうだけで満足だわ。でもサリア様の代わりをしたいわけじゃない」

「喋るな!!」


 私は醜い自分に向かって走り出した。胸ぐらを掴んで殴りかかる。彼女は無抵抗で殴らせてくれた。私は人生で初めて人を殴った。手が痛い。こんなにもジンジンと痺れるのだと思った。


「でもサリア様の代わりをしたいわけじゃないのに甘い汁は啜りたいって、自分勝手が過ぎると思わない?カイトのサリア様への欲求は満たそうとしないくせに自分の欲求は満たそうとするの?それこそ浅ましいことじゃない?」


 そう言うともう1人の自分は私の後頭部に両手をかけて思いっきり頭突きをかましてきた。彼女は手で殴ると痛いということを知っていたのだろうか。


「がっ!!」


 鼻に強烈な痛みが走って頽れる。鼻血が止まらなかった。治癒魔法を使ってそれを治すが、いつの間にか私は彼女に馬乗りになって身体を押さえつけられていた。


「さぁ、もうそろそろ終わりにしましょうか。これで私は表に出ることができる。あなたに抑えつけられていたもの全てをぶちまけられる」

「や、やめ」

「汝、痛みを知れ」


 私はもう1人の自分に首を絞められ、殺されようとしていた。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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